第14話 悪寒
「────ちょっと元気になった?」
……その声で目を覚ますと、そこは見覚えのある光景だった。
じりじりと照りつける太陽。
丈の高い草の広がる平原。
不思議な形の樹木。
……酷いデジャブに頭が痛くなる。
「いえ、はい……大丈夫です」
無意識に口が動き喉を震わせる。
まるで、既にこうなることが決まっていたかのように。
「あなたは、ここのひとですか?……ここ、何処なんでしょうか」
ボクは彼女を知っているし、ここが何処なのかも知っている。
それなのに、身体が勝手に話を進めていく。
……その光景に強烈な違和感を覚えながら。
そして……耳の大きな彼女は言う。
「ここはジャパ パー よ、私 は───────
──────────
──────────
──────────
──────────
──────────ちょっと元気になった?」
……その声で目を覚ますと、そこは見覚えのある光景だった。
じりじりと照りつける太陽。
丈の高い草の広がる平原。
不思議な形の樹木。
……酷いデジャブに頭が痛くなる。
「いえ、はい……大丈夫です」
無意識に口が動き喉を震わせる。
まるで、既にこうなることが決まっていたかのように。
「あなたは、ここのひとですか?……ここ、何処なんでしょうか」
ボクは彼女を知っているし、ここが何処なのかも知っている。
それなのに、身体が勝手に話を進めていく。
……その光景に強烈な違和感を覚えながら。
そして……耳の大きな彼女は、落ち着いた声で言う。
「ここはジャパ リパークだ よ、私 は─────
─────
─────
─────
─────ちょっと元気になった?」
────────────────────
「────ん、──かばん――――」
……誰かの声が聞こえる……
薄らとまぶたの隙間から光が差す。
「…………あ……れ………?」
その目に映るのは、心配そうに僕の顔を覗き込む博士さんと助手さんの顔。
「やっと目を覚ましましたか」
「かばん、体調はどうですか?」
徐々に意識がハッキリしていく。
……どうやらボクは図書館の床に仰向けで寝かされているようだ。
日は既に暮れ、月明かりが図書館内を薄く照らしていた。
その光が、ボクの横に添える様に置いてある鞄の白を際立たせる。
「なんでボク……寝て………」
「もう少し横になっておくと良いのです」
「無理は禁物なのです、体が資本?……ですからね」
徐々に記憶が戻ってくる。
確かボクは図書館から出て……サーバルちゃんを探して………それから――――――――
「――――――サーバルちゃんっ!」
……思い出した。
サーバルちゃんの涙と、笑顔と、そして痛みを。
ボクは慌てて飛び起きようとする……が、
「……っく……ぁ………」
「かばん!話を聞いてなかったのですか!」
「もう少し安静にしているのです、お前はけが人なのですよ?」
肩に意識を向けた瞬間強烈な痛みがボクを襲い、違和感と苦痛で顔が歪む。
その傷口は巻き過ぎではないかと思わんばかりの包帯で覆われていたが、動かせば流石に痛い。
ここに、さっきまで鋭い牙が突き刺さっていたのだ。
例えそれが大好きなサーバルちゃんだったとしても………ボクはその事実が怖かった。
「す、すみません………」
「お前の気持ちは分かるですが、今は大人しくするのが吉なのです」
博士さんに諭され、何とか落ち着こうとす。
しかし、気になるものは気になる。
「因みにサーバルならここには今いないのです、そんなに頻りに首を回しても無駄なのです」
助手さんがボクの内心を悟ったかのように言った。
……無意識のうちにサーバルちゃんの姿を探していた僕は、ぴたりと動きを止める。
そしてまた刺さるような痛み。
「っ………さ、サーバルちゃんは今どこに……?」
「さっきまでお前たちがいた場所なのです、サーバルは特に消耗が激しかったので運ばずにそのままその場で寝かせているのです」
「傍にフェネックがついてるから心配ご無用なのですよ………まあ、それだと別の意味で心配なのに変わりはありませんが」
そう言って外をちらりと見る助手さん。
ボクも同じ方向を見るが座っているせいか高さが足りず、無数の星が浮かぶ夜空が覗くのみ。
そのまま立ち上がって見たいとも思ったが、また博士さんたちにこっ酷く言われるのも面倒だった為諦めた。
「………そういえば、この包帯は誰が……」
「われわれが巻いたのです、群れの長として部下の面倒を見るのは当然の務めなのです」
……その巻き具合はとても緩い。
力の入れ方が分からなかったのだろうか……。
しかしそれはとても丁寧に巻かれており、博士さんたちの優しさが伝わってくる様だ。
「………なんですか、何かまずかったですか?」
じっとその包帯を見ていた為か、博士さんが少し気まずそうな声で言った。
「いえ……何て言うか、暖かいなって」
「……それはずっとそこに巻いているから体温が移っただけなのです」
「あ、あはは……」
ボクの素直な気持ちを理屈で返し、そのままそっぽを向いてしまう。
……まあ、それも博士さんらしいか。
「博士もかばんみたく素直になればいいのでは?」
「う、ううるさいのです!」
助手さんの意見に耳を真っ赤に染める博士さん。
その様子が微笑ましく、思わず笑みが零れる。
「全く……、助手といいかばんといい、バカにしないで欲しいのです……」
「そんなことないですよ、心配してくれてありがとうございます」
「…………ど、どういたしましてなのです……」
……と、博士さんがすこしだけ素直になったところで、図書館内に誰かが入ってくるのを視界の端に捉えた。
「博士ー、かばんさんの様子は────あ、目が覚めたみたいだねー」
「……フ、フェネックさ…………っ!」
───突然、頭に鈍い痛みが走った。
ボクを見つけて安堵の表情を浮かべた彼女だったが、その様子を見るなり血相を変えて駆け寄ってくる。
「かばんさん大丈夫?」
「……すいません、心配かけてしまって……」
大丈夫だ、と手でサインをする。
しかし痛みは肩ではなく頭。
思い当たる節なら一つだけあった。
「……眠ってる間、なんだか嫌な夢を見ていたような気がするんです、……肝心の内容は覚えて無いんですけどね……」
何かが、何度も繰り返されるような……そんな夢。
肝心なところまで来ては戻るを延々と繰り返す、異様な夢。
そんなイメージだけがかすかに残っていた。
「そういえば、かばんはずっと何かに魘されていたのです」
ふと、助手さんが会話に割り込んでくる。
「結構辛そうだったので起こそうと思ったのですが、いくら揺さぶっても起きなかったので諦めたのです」
「そうだったんですか……」
「きっとたくさん体力を使ったせいで疲れてたんだよー」
………ボクもそう思いたかったが、最近の夢にはいい思い出が無いのだ。
それも――――――フェネックさんとの異質な関係が始まってから、頻繁に。
その殆どが、サバンナでサーバルちゃんと会話をする夢。
その内容も、起きた時には微かなイメージだけが残り、その他は全く思い出せない。
始めは夢だからと割り切ってはいたが、どうも様子が変なのだ。
「……かばんさん?」
「――――――あ……ご、ごめんなさい……少しボーっとしてました」
「どうしたのさー、……なんだか顔色も悪いし、もうちょっと寝てた方が良いんじゃないかなー」
フェネックさんが心配そうにボクの顔を見つめる。
いつにも増して真剣そうに見えるその表情に思わずビクッとするが、このまま再び寝る訳にはいかない。
「いえ、大丈夫です………それより、サーバルちゃんをずっと見てたって博士さんから聞いたんですけど、様子はどうなんですか?」
「うーん……、それが、体力やサンドスターを結構消耗してるからか、まだ目を覚ましてないんだよねー」
「……えっ、そ、それって大丈夫なんですか?」
目を覚まさない―――――。
その言葉にボクの心はひどく動揺する。
まさかこのまま目を覚まさないのではないか……、そんな考えまで浮かんできてしまう。
しかし、心配はいらないと博士は言う。
「さっき頬をぺちぺちしてきたのですが、ちゃんと反応はしていたのです」
「ぺちぺちって博士……、その場に誰もいないからって何やってるのさ……」
よかった、と胸をひと撫で。
博士さんのその行動にフェネックさんは怪訝な顔を浮かべるが、ボクの不安を和らげてくれた事に変わりはない。
……でもやはり気になる。
「――――ボク、やっぱりサーバルちゃんが心配です、様子を見てきますね」
「……まあ、安静にしろと言ったは言ったですが、われわれも少々気になりますね、助手」
「そうですね博士、どうせなら全員で様子を見に行きましょう……今のサーバルを外に独りで置いておくのは抵抗があるのです」
そういって博士さんたちはそそくさと図書館の外に出て行ってしまった。
ボクも後を追おうと立ち上がろうとする。
しかしそこでも、肩の痛みが邪魔をした。
上手く力が入らない。
「かばんさん、怪我してない方の肩、支えるよ」
真横から、声がかかる。
……ボクの様子を見かねたフェネックさんは、無事なほうの腕を自らの肩に回す。
「すいません……フェネックさん」
「そこはありがとうじゃないかなー」
「あ……す、すいませ…………あっ」
「……そういうところがかばんさんらしいんだけどねー」
顔を真っ赤にして俯くボクを、フェネックさんよいしょと立ち上がらせる。
「じゃあ、いこっか」
―――――――――――――――――――――――――――
こっちと連れられ向かったのは、今日の出来事が起こったその場所……台所だ。
そして、石畳の上で横になるサーバルちゃんの姿を見つけた。
その身体は、前日雪山でギンギツネに教えてもらったふとんを真似てか少し厚手で大き目の布の上に乗っており、さらにもう一枚丁寧に上からも布をかけられていた。
「この布はフェネックさんが?」
「アイデアはそうなのです、因みにこの布は図書館の奥から引っ張り出してきたのです」
すやすやと寝息を立てているサーバルちゃんの様子を見るに、博士さんの言った通り下手な心配はいらないようだ。
その寝顔は、先ほどの荒れようがまるで嘘だったかのように穏やかだった。
「しかし、最初は大変だったのですよ? とりあえず大事を避けるためにお前とサーバルを離さないといけなかったですし……」
博士さんはそう愚痴をこぼしながら肩をぐるぐると回す。
また、いつものように助手さんも話に乗る。
「そうなのです、おまけにフェネックも使い物にな――――――――――ひっ……」
……と思ったら、突然声が止まった。
それと同時に、すぐ横のフェネックさんから謎の威圧感が漂い始める。
「………そうさせたのは、博士たちでしょー?」
いつもの三倍増し程の平坦な声でゆっくりと喋り始めたフェネックさん。
その声に当てられ、挙動不審になる博士さんと助手さん。
そしてボクを置いてけぼりにしたまま、何かの言い訳が始まった。
「あ、ああああれは助手の命中精度の問題なのです!」
「やれと言ったのは博士じゃないですか……責任転嫁もいいところなのです」
「助手が吹く時に目を瞑らなければうまくいった筈なのです!」
「あれはしょうがないのです、逆に目を瞑らなくてどうやって力を込めるのですか」
「歯を食いしばれば――――――――」
「ちょ、ちょ……ちょっと待ってください! いったい何の話ですか!?」
目の前で繰り広げられる謎の言い争いに戸惑いを隠せない。
しかしフェネックさんは……
「かばんさんは気にしなくていいことだよー、これは博士たちとわたしの問題だからねー」
……といって教えてくれなかった。
「そ、そういえばさっきわれわれから奪ったあれはどうし――――」
「埋めた。」
「「―――――――――は?」」
フェネックさんの食い気味な短い回答に、声をそろえて唖然とする二人。
「う、うう埋めたって……どこにですか………?」
「教える訳ないよー、あれはこのまま時間と共に土へと還っていく運命なのさー」
「そ、そんな…………せっかく見つけた貴重なヒトの遺物が……土に………」
「きっとわれわれが土を掘るのがあまり得意ではない事を知っての所業なのです………鬼畜なのです………」
博士さんが膝から崩れ落ち、地面を叩く。
手と石畳がぶつかるぺちぺちという音が空しく屋根に反響した。
その様子を見て、フェネックさんは続ける。
「ねえねえ博士ー、今日はもう遅いから図書館に泊まってもいい? もちろん私たちの分のふとんも用意してくれるでしょー?」
「………お、お安い御用……なのです……」
「……博士、今度プレーリーでも雇って探させるのです……」
理由は全く分からないが、フェネックさんがこの二人に対してかなり怒っていることだけは理解できた。
……深くは聞かないでおこう。
────それよりも、だ。
「……ほんとに起きないですね」
ボクはポツリと呟く。
博士さんたちがあんなに騒ぎ立てても、サーバルちゃんはそれに反応する気配すら見せなかったのだ。
「やっぱり不安?」
「……はい……」
すぐ側に腰を下ろし、その姿をじっと見つめる。
呼吸の度に上下する胸が心を安心させるも、やはり僕は先程から抱く不安を拭いきれないでいた。
大丈夫と自分に言い聞かせるように、サーバルちゃんの頭を撫でる。
サラサラの髪が指の間をすり抜け、ふわりと風に靡いた。
「ごめんなさいフェネックさん―――――約束は守れそうにありません……」
「仕方ないよ、また今度しっかり話そっか」
「………そうですね、しっかり……」
……
―――――――それから、どれくらい経っただろうか。
すっかり夜も更け、博士さんやフェネックさんは今頃図書館の中で寝息を立てている事だろう。
そんな中、ボクはずっとサーバルちゃんの側を離れることができなかった。
いつ目を開くか分からないこの状況で、眠る事なんてできない。
例え瞼が重くなろうと、怪我をした肩を無理やり動かし、その痛みで意識を覚醒させた。
……結局、サーバルちゃんが何故ボクを襲ったのかは分からないままだ。
フェネックさんも、切羽詰っていたから記憶に残す暇が無かった、という。
だが、分かる事はある。
ボクの肩を貫いたあの牙には、暴力というものを感じなかった。
本当の野生の動物であれば、ボクの肩は呆気なく抉り取られていたことだろうが、サーバルちゃんはただ噛み付いているだけ、という印象。
そこに、ボクはサーバルちゃんの心を垣間見た。
あの時のサーバルちゃんはまるでまだ夢の中にいるような、そんな様子だった。
俗にいえば、寝ぼけていたのだ。
その後、何かの拍子でサーバルちゃんの様子が豹変してから。
サーバルちゃんはその時ボクに対してこんなことを呟いていた。
「いかないで……」と。
そしてボクに噛み付いた後、サーバルちゃんの身体から少しずつ虹色……サンドスターの粒子が舞うのを見た。
悪い夢でも見ていたのかわからないが、その様子はよく考えてみるとボクとずっと一緒に居たいという気持ちの暴走、と捉えることができる。
そして、それはボクも同じだ。
今更サーバルちゃんと別れるなんてこと、できるはずがない。
例えこの島の外にボク以外のヒト……例えばミライさんがいたとしても、ボクはここを離れることはできないだろう。
ここが、ボクの唯一の居場所なのだ………。
そんな、ボクにとって最高の居場所を作ってくれたフレンズ。
今では一番のパートナーでもある彼女。
目を覚ましたら、真っ先にこう言おう。
"ありがとう"……と。
―――――――――しかし、その瞬間が訪れる前に、ボクは目撃してしまう。
「………うそ…………あれ…は………」
大きくて無機質な目が、最悪の時を運んで来る瞬間を。
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