第2話 綻び
雨が降り始めた。
水滴が屋根を叩く音がロビーに
そんな中、私の前にいる帽子をかぶった子、かばんさんは切なさで塗りつぶされたような顔で私にこう言った。
「少し、相談に乗ってくれませんか?」
やっぱりそうか、と私は思った。
さっきの私の言葉で吹っ切れたのか、もしくは同じ悩みを抱えるフレンズがいて少し安心したのか。
かばんさんが相談をしたいと言ってきた明確な理由は分からないけど、これだけは確実だ。
かばんさんはサーバルと結ばれたい。
サーバルと一線を越えたい。
かばんさんは心のどこかでそう思いつつも、それを必死に封じ込めているのだ。
また、それは私も同じだった。
最初は破天荒なアライさんにただついていくのが楽しくてしょうがなかったけど、いつからかその好意が別の何かへと変貌し、謎の胸の苦しさに襲われるようになったからだ。
…一度だけ、この事を博士たちにこっそり相談したことがある。
―――――――――――――――
「―――という風に、かくかくしかじかでこういうことなんだけどー、おかげでちょっと寝不足なんだよねー」
「なるほど…」
「……これはまさしく"恋"ですね、博士」
「確かに合ってることは合ってのですが惜しいのです、助手。お前はアライグマを"性的"に見ているのです」
「こい…?せいてき…?」
「分かりやすく言うと、アライグマを食べたくなるくらいに好き、ということなのです」
「…流石にアライさんを食べたりはしないけどさー、なんとなくだけどわかる気がするよー」
「その気持ちに身を任せてアライさんを食べるのか、抑えてこのまま過ごすのかはお前の自由なのです」
「ただし、その行為で何が起こったとしても我々は責任を負いかねるのですよ」
「……うん、話を聞いてくれてありがとー、それと今の話は他言無用でお願いするよー」
「しょうがないですね、このことは秘密にしておいてやるです」
「その代わりに…、口止め料としてジャパリまんをよこすのです」
―――――――――――――――
…最後はいいとして、博士たちが言うにはこの何とも言えない気持ちのことを"恋"というらしい。
つまり、私はアライさんに"恋"をしているということだ。
でも、今の私にはこれは当てはまらない気がする。
なぜなら、この何とも言えない気持ちである"恋"の更に奥に蠢く、黒く濁った感情が徐々に大きくなってきているのを感じるからだ。
そしてこれは"恋"ではないもう一つの、"性的"な感情だということは直感でわかる。
…かばんさんは今、私と同じようなこの黒く濁った"性的"な感情に心を揺さぶられているようだった。
「…フェネックさん、ボクはどうしてしまったんでしょうか」
「…」
「サーバルちゃんのことを思った時に走るこの胸の痛みはなんなんでしょうか」
「……それはね、"恋"だよ、かばんさん」
「…"恋"?」
わたしはあえて"性的"ではなく"恋"という言葉を選ぶ。
こっちの方がかばんさんを傷つけないで済むと思ったから。
「かばんさんはサーバルのことが好きなんだよねー?」
「…それはもちろんです!」
「でも今のかばんさんのそれは、友達として、パートナーとしてじゃない…、また別の好きという感情なんだよー」
「…それが"恋"、ということですか」
わたしの言っていることは間違ってはいない。
確かにかばんさんはサーバルに"恋"をしているはずだ。
ここで私は一つ、例え話をしてみることにした。
かばんさんの本心を確かめるための、意地悪な話。
「例えばさー、こはんでプレーリーから変なあいさつをされたことあるでしょー?」
「ぇえ?!ななな何で知ってるんですか!」
「まーまー、それは今はいいとしてー、突然プレーリー式のあいさつをされた時、どんな気持ちだったー?」
「え、えっと、そうですね…、その時は突然だったのでびっくりしましたね。まさかボクもされるとは思ってなかったですけど……」
「その時はびっくりしただけ?」
「はい。そのあと色々あってあの行為はヒトからするとキスという特別な行為だっていうことも分かりました。」
「じゃあさー、もし今まさに目の前でサーバルが別の誰かとキスをしてたらどう思う?」
「っ!……そ、それは…………」
かばんさんがひどく動揺した。
やはり例え話であってもサーバルへの独占欲は強いようだ。
「ただの冗談だよー、かばんさん落ち着いてー」
「…趣味が悪いですよ、フェネックさん」
「でもそういう反応がサーバルに"恋"をしてるっていう証拠なんだよー」
「そう…なんですか……?」
……でも、これじゃだめだ。
このままだと、いつかばんさんの黒い感情が暴走するかわからないし、かばんさんにもそれを止める術はないのだ。
……どうすれば…………
その時、私の中に別の黒い感情が芽を出した。
それは身勝手で、何も生まれず、誰も幸せにはなれない、最低な感情。
でも、サーバルを守りたいかばんさんと、アライさんに手を出したくない私、2つの暴走しかねない穢れた感情を抑えてくれるはず。
こんな感情が芽生えてしまった自分に無性に腹が立つ。
しかし、今にも崩れかねない2組の関係を維持するにはこの方法しか思いつかなかった。
私は最後に確認したいことをかばんさんに問いかける。
「……かばんさん、自分に正直に話してね」
「どうしました?フェネックさん」
「かばんさんは、サーバルに、何をしたい?」
「……え?」
かばんさんの奥底に眠る感情を、表に引っ張り出す。
そのために、私の感情も露わにする。
「な、なんでそんなこと――」
「自分に嘘はつかないで、本当はサーバルに、何を求めてるの?」
「……」
「私はね、アライさんのすべてを知りたい」
「………」
「キスの感触、服の内側、その触り心地、それに対する反応まで、全部」
「…………」
こんなこと、するべきではない、卑怯だとは分かっている。
でも、もう止まらない。
そうやって、かばんさんのサーバルに対するすべての感情を目の前に集約していく。
「……もう一度聞くよ、かばんさんは、サーバルに、何をしたい?」
「……………っ」
かばんさんは、目を固く瞑った。
一時の静寂が流れた。
そして……
「………………ボクは――
――サーバルちゃんを、めちゃくちゃに、したい……っ」
……かばんさんは、涙を流していた。
当たり前だ。
自分の中の許せない感情を無理やり表に出したのだから。
かばんさんには酷なことをさせてしまった。
でも、今から私がする行為は、もっと、もっと、もっと酷い行為だ。
アライさん……
サーバル……
かばんさん……
………ごめんね。
「……それ、わたしじゃ、ダメかな」
「え――――」
……強引に奪ったかばんさんの唇は、
2人分の涙のしょっぱい味がした。
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