第3章
1
漆黒の闇。冷たい闇。
地面もなく、空もない。
「えぐっ……えぐっ……」
祐樹がうずくまって泣いていた。
ブレザーの制服を着ている。前のボタンが千切れ飛んでいる。
ベルタは歩み寄った。
「どうしたの? またいじめられたんですか?」
祐樹はゆっくりと顔を上げた。
手も一緒に上げた。
指の全てが切り落とされた手。
「もうマンガをかけないんだよ……」
涙声。手をベルタの顔面に押しつける。
「……あんたがやったんだよぉ!」
2
ベルタは目を開けた。そのとたん、額を流れる汗が眼に入った。痛かった。
コンクリートむき出しの天井が見えた。胸の奥で、心臓が爆発しそうに激しく脈打っている。体に何かが密着している。汗まみれになった裸の体を、何十本ものバンドできつく締め上げられている。
「うう……」
うめき声をもらした。だが口の中に固いボールのようなものが突っこまれている。うまく声が出せない。
コッチ、コッチと時計の音がする。空調機が立てるフォーンという音もする。有機脳の演算リソースを聴覚に優先配分、音の反響でここがどんな場所なのか知ろうとする。どうやら硬い壁に囲まれているらしい。広さは五メートル四方か。周囲に心音と呼吸音がある。人がいるようだ。
自分の肉体状態をチェックした。痛みはない。体温も平常。砕かれた膝の皿も治っている。腕の火傷ももう治っている。体内時計が『現在、六時三十分』と告げていた。
動こうとした。首をめぐらせて周りを見ようとした。
その瞬間、全身に激痛の針が数千本つきたった。首から足の先まで、すべての筋肉が硬直する。
高圧電流を流されたのだ。
「あっ……アゥッ」
かすれた声で呻いた。口内を埋めつくすボールのせいで口を閉じられず、唇の端からよだれが垂れてしまった。
「あら、お目覚めですの。ねえさま、おはようございます」
かわいらしい少女の声がかけられた。ドーラだ。
視界の中にドーラの顔が入ってくる。
いまのドーラは服装を変えていた。白いブラウスとプリーツスカートを脱ぎ捨て、都市迷彩の野戦服に身を包んでいる。軍服を着ておきながら、金色の長い髪だけは結ばずにそのまま背中へ流しているのが不思議だ。
「むぐう……」
なにがどうなっている?
ベルタは思い出した。
そうだ、間違いない。あれは現実なのだ。
自分が祐樹の手を潰したのは、夢じゃない。
「おや、どうしたのですか、ねえさま。いとしのユウキくんと会いたいですか?」
ドーラはベルタの体を起こした。首根っこをつかんで、空中でぐるりと回す。
室内の光景が見えた。ソファは部屋の片隅に置かれている。部屋の半分以上を占領しているのは安いスチール製のデスクだ。デスクの上にはパソコンが並んでいる。スーツ姿の白人たちがパソコンに向かってなにやら作業してる。ベルタと眼が合うと、冷たい眼を向けてきた。恐怖と軽蔑の混ざったまなざしだ。
「ここはフェルトヘルンハレが東京に作った拠点ですわ」
そう言いつつ、ドーラはさらにベルタの体を回す。
自分は今までソファに座っていたらしい。ソファの向こう端には祐樹が座っていた。手錠と猿ぐつわをかけられている。
祐樹の目はうつろだった。
青ざめた顔には涙の跡が幾筋も残っていた。ベルタを見ようともしない。空中を見ている。
ベルタは眼球だけを動かして祐樹の手を見る。
息が止まった。赤茶けた包帯に覆われた手。握り拳が異常に小さい。指が全部なくなっているからだ。
(まったく治療を受けていない?)
いてもたってもいられなくなった。暴れようとする。ドーラの手から逃れようとする。
また背中に稲妻が打ちこまれた。全身の筋肉が瞬間的に数十回も痙攣。ドーラが手を離した。体が落下。背もたれに頭を打ち付けてソファに墜落する。
ドーラが頭上から冷たい声を投げつけてくる。
「動いちゃだめですわ、ねえさま。その服は、『エインヘリヤル専用拘束服』ですもの。少しでも動いたら、脊髄に撃ちこまれた七十二本のスパイクが高圧電流を流します。アフリカ象が即死するくらいの電流ですのよ?」
「うっ……あっ……う……」
筋肉の痙攣が止まらない。口が半開きになって、よだれが垂れて喉をつたっていく。
みじめだった。
「ぬぐうっ、めぐうっ」
目を動かして、祐樹のほうを見る。
(もうわたしはどうなってもいい、ユウキさんだけでもたすけて)
そう伝えたかった。
「あら、ねえさま、どうしたんですの?」
ドーラはベルタの首筋から顎にかけてを、細い指で撫でさする。
「おなかがすいたんですの? それとも……おしっこ?」
クスクス笑いながら小首を傾げるドーラ。カエサルが割りこんでくる。彼も軍服に着替えている。
「うーん、『この人をたすけて』って言ってるんじゃないかな?」
「ああ、そうかも知れませんわね」
「そいつはできねェ相談だな」
野太い男の声。視界の外から響いてくる。アントンもいるらしい。
「言っておきますが、ねえさま。降伏してもムダですのよ」
「そもそも、もうボクたちはべルタねえさんを必要としていないんだ。『貴重なサンプルだから回収したかった』のは昔の話。今のフェルトへルンハレは方針が変わった」
「世界各所で行った実戦テストで、あまりにもすばらしい成績を上げたのですわ。だからフェルトへルンハレの幹部は思った。もう傭兵派遣でせせこましく稼ぐ必要はないと」
(では、いったい何をする気?)
当惑するべルタ。ドーラはしゃがみこんで目線をあわせ、ぞっとするほど美しい白面に愉悦の表情を浮かべ、
「……わたくしたちは世界を掌握します」
(……え?)
ドーラはその言葉を残し、振り向いて歩み去ってゆく。
カエサルも軽薄な笑みを浮かべて手を振って、
「さよなら、姉さん。ボクたちの戦いを見ているといいよ」
そして視界の外へ去っていった。ドーラとカエサルの足音が遠ざかる。大きく重いアントンの足音も遠ざかる。そしてすぐにバタンとドアの閉まる音。
3
それから二時間後。
新宿アルタ前。
平日の午前十時ということもあって、町を歩いている人々は背広姿が多かった。カバン片手のサラリーマンがアルタの前に立ち、六百インチ巨大画面に映し出される携帯電話のCMをボンヤリと見上げている。
そのかたわらで若い男が携帯を取り、「あ、おれおれ。サヨコいまどこ? えー? キャンセル? なんか先週のデートの時も……わかったよ、また今度な……」肩を落として歩き出す。
と、そのときだ。
突然、画面が乱れた。
携帯のCMが消え、ニュース映像に切り替わる。
スタジオ内にいるはずなのにアナウンサーは汗だくだった。
「……臨時ニュースを申し上げます。ただいま、静岡県の浜岡原子力発電所が、武装集団に占拠されました」
通行人が立ち止まる。サラリーマンは口をぽかんと開けて画面に見入る。かたわらの若い男も、そのとなりと歩いていた若い女も、なぜかセーラー服姿でアイス片手にうろついていた女子高生も、すべて立ち止まって画面に注目する。
画像が切り替わる。アナウンサーが消える。「浜岡原発」というテロップとともに、「森の中に白い建物、煙突五本」の映像が出てくる。
「この浜岡原発は日本第二の規模を持つ大型原発です。本日九時半ごろ、武装集団が原発内に侵入、警備員を殺害して占拠しました。……ただいま本テレビ局宛に画像が送られてまいりました。放送です。犯人が放送をしています。中継いたします!」
画面がまた切り替わった。
原発の中央制御室をバックに、美少年と美少女がいた。二人とも迷彩服に身を包んでいた。
美少年は巻き毛の金髪で、息を呑むほどに整った容姿。澄んだ青い瞳。
そのとなりにいるのは美少女。ウェーブのかかった金髪に青い目、つんと尖った鼻に、透き通るような真っ白い肌。こちらもかわいらしい。フランス人形と呼んでしまうには瞳に猛々しい光が宿りすぎているが、人間離れした美しさだ。
「……こども?」
通行人のひとりが巨大モニタを見上げてあっけに取られた。確かに二人の顔だちは幼い。せいぜい十五歳。たとえ軍服を着ていても「凶悪なテロリスト」には見えない
金髪美少年は口を開く。
「はじめまして、日本の皆さん」
流暢な日本語だ。口元に笑みを浮かべている。
「ボクの名はカエサル。『エインヘリヤル』の三番目です。こちらは妹のドーラ」
金髪美少女が髪の毛を揺らしてペコリとお辞儀する。
「さてみなさん、突然だけどこの原発はボクたちが占拠しました。はい、これ証拠」
カエサルがカメラのほうに手を伸ばした。手が大きく映る。
画面の中の映像が揺れた。カメラが揺れているのだろう。
ぐるっとカメラが回り、中央制御室の中が映し出される。
部屋は小学校の教室ほどの大きさで、スイッチや計基盤だらけの長い机が並んでいる。机の上には、『作業服姿の首なし死体』が何人も崩れ落ちている。首の切断面が真っ黒く焦げている。床にも死体がいくつも転がってる。血だまりが広がり、画面のこちら側まで臭ってきそうだ。
モニターの映像がカエサルに戻った。カエサルは眼を輝かせ、さも嬉しそうに笑っていた。子供の笑みだ。大好きなオモチャをさんざんねだってやっと買ってもらえたような、屈託のない笑顔だ。
「はいー、わかりましたねー。みなさん死んじゃってます。具体的にはボクが殺しました。いやあ、もう、スカッとしたのなんのって。やっぱり気持ちいいねー」
ぺちっ。マイクに入るくらい大きな音を立てて、ドーラがカエサルのほっぺを叩いた。
「な、なにすんだよ?」
「にいさまは調子に乗りすぎ。何の話をしているのかもう分からなくなっていますわ」
「悪かったよ……さてみなさん。ボクたち三人はこうして原発をジャックしました。あ、もう一人いるんですよ。アントンっていって、ボクたちの長兄に当たるんだけど。これがもー、全身これ筋肉、筋肉の力だけで装甲車を引きちぎっちゃう。すごいねー」
「にいさま、また言わせるのですか」
「ごめんよドーラ。で、要点を先に言っちゃうと、ボクたちは日本政府を脅迫します」
にこやかな笑顔のまま、白い指をカメラに突きつける。
「日本政府は三時間以内に、ボクたちに対して降伏してください。さもないとドカーン! ここにある原子炉を破壊します。破壊したらどうなるか、わかるよねみんな? ねえドーラ?」
小さくうなずいて、ドーラが静かな口調で語りだす。
「ハマオカには百万キロワット級原子炉が五基あります。すべてメルトダウンした場合、放出される放射能はチェルノブイリ事故を凌ぐ一兆キュリー。半径五十キロが永久に居住不能、長期的には四百万人がガンと白血病で死亡します。経済的な損害は、数兆ドルに及びますわ」
まるで資料を読み上げているような淡々とした喋りだ。
「というわけで、わかったかなみんな。ボクたちに従わない限り四百万人が死ぬんだ。楽しみだなあ。あー、会議とかやっても遅いよ、期限は今日の十三時! 一分でも過ぎたらドカーン!」
楽しそうにはしゃいで手をパチパチ叩くカエサル。と、急に我に帰って、
「あ、邪魔をしたって無駄だから。警察も自衛隊もボクたち三人には勝てないよ。
ちょうどいま警察の人が来たみたいだから、そのへんのこと見せてあげるよ。テレビ局の人、しっかり撮るんだよ? じゃあね、また何かあったら連絡するよー」
明るくさわやかに笑ってカエサルはカメラに向かって手を振った。それっきり映像は消える。
モニターの中にはスタジオが戻っていた。
「えー……」
アナウンサーはますますこわばった表情で、コホコホと咳払いをして喋りだす。
「以上のように、『エインヘリヤル』を名乗る武装集団に占拠された浜岡原発ですが、この件につきまして古泉首相は『テロには毅然とした態度で挑み、早期解決に全力を尽くす』と述べております。
たったいま、静岡県警の対テロ部隊・SATが浜岡現地に到着したとの情報が入りました。
空撮映像に切り替えます」
アナウンサーの言葉とともに画面がまた変わった。
空から見下ろす映像が映し出される。
全体が、樹木の多い敷地が広がっている。敷地の中には白い箱型の建物が点在し、建物には煙突のような白い塔が併設されている。
敷地に面した国道に、青く塗られた二両の大型バスが止まっている。屋根には赤灯が取り付けられ、窓には金網が張られている。
ひとつのバスからは、黒いボディディアーマーで身を固めた男たちが次々に降りてくる。背中に『POLICE』と書いてある。数は二十人ほどか。整然と展開する。
4
「整列!」
号令に応じて、部下たち二十人がずらりと並ぶ。
黒いボディアーマーで首から下を固め、防弾バイザーつきのヘルメットをかぶっている。銃も持っている。自衛隊が使っているものと同じアサルトライフル、「89式小銃」だ。
見事に隊列を組んだ男たちを、隊長は自信ありげに見つめた。四角い顎を、グローブをはめた手で撫でさする。
(この日を待っていた)
(我々の実力が発揮できる日を)
彼ら「静岡県警SAT」は創設されて以来、白い眼で見られてきた。
いわく、「いくら空港ができたとはいえ、静岡にはここまでの部隊は不要」。
いわく、「税金の使いすぎだ」。
この事件を解決すれば評価は一転、英雄だ。もちろん手に負えなければ自衛隊の出番となる。警察の威信は丸つぶれとなる。
(なんとしても俺たちの手で)
そのときバスから、インカムを着けた男が顔を出した。
「隊長! 市民の避難完了しました!」
一般市民を避難させるのも警察の重大な役割だ。浜岡原発は住宅地に囲まれている。巨大ショッピングモール・メガマートが隣にある。
隊長は報告を受けて大きくうなずいた。
「すばらしい、実に迅速だ」
部下の一人が笑顔を浮かべて言う。
「このへんは東海地震の件で、みんな避難慣れしてるんですよ」
「ああ、それはあるな。では、まずは交渉を開始する」
隊長は胸の無線機を手にとった。
しかしその瞬間、彼の目が細められる。
「む?」
原発正門の中に、人を見つけたのだ。
正門の向こうにある道を、まっすぐ歩いてくる巨体。数十メートル離れても、その男がプロレスラー並の体格である事がわかった。下半身はアーミーパンツ、上半身はタンクトップ一枚。あらわになった二の腕は丸太のようだ。
だんだん顔が見えてきた。短く刈った金髪、四角い顔に猪のような太い首、太い眉毛に荒々しい顔立ち。白人の若い男だ。隊長は、かつて知り合ったアメリカ海兵隊員を連想した。
「手ぶらだ……投降でしょうか?」
部下の一人が首をかしげる。
「わからん。あれだけの大事をやらかして投降というのも解せんな。気を抜くなよ?」
隊長は部下たちに気合いをいれ、拡声機を大男に向けた。
「警察だ! 投降を望むか?」
大男は答えない。ゆっくり歩いているように見えるがよほど大股らしく、たちまち正門の手前までやってきた。
「よーう!」
大男は片手をあげて挨拶する。
「原発ジャック犯だな?投降を決めてくれて感謝する。我々は無意味な流血を望まない。直ちに投降してくれるなら……」
「アーッハッハッハ! ぐははははーっ!」
突然の笑声に、隊長は呆然とする。
大男は腹を抱え、身をよじって爆笑していた。
「い、いったいどうした?」
「どうしたって、そりゃおめェ……おめェらがあんまりバカだから笑ってんだよ!
投降するだと?
そんなことひとことも言ってねーっつうの、ボケッ!アーヒャヒャ!」
「では、何のつもりだ!」
隊長はバッと片手で大男を指し示す。
隊員二十人が、89式小銃の銃口を上げて大男に向ける。銃と男の間には正門があるだけ、距離わずか五メートル。警官たちが引き金を引けば数百の弾丸が男へと殺到するだろう。
しかし二十ならんだ銃口を前にしても大男の態度はまるでかわらない。
「なんのつもりかって? ……こういうつもりだよ! ウォォォッッ!」
大男は叫んだ。全身の筋肉が膨れ上がる。数十本という血管が浮き上がり破裂する。噴出して真っ黒い液体が体を包む。頭を、顔を、肩を、腕を覆ってゆく。
一瞬にして、男の上半身はすべて黒光りする物質で覆われていた。顔は鉄仮面のようで、目の部分にだけスリットが入っている。
異形と化した男は、跳躍した。二メートルの巨体が羽毛のように軽々と宙を舞った。正門を飛び越えてSATの真っただ中に男が着地。
殺戮を振りまいた。
すべては一瞬のうちに行われた。
まず最初のコンマ一秒。大男は黒光りする両腕を隊員二人の顔に突き出す。防弾バイザーを紙細工のように貫徹。赤ん坊の頭ほどもある拳が隊員ふたりの顔面にめりこむ。まったく速度を減ずることなく後頭部から拳が飛び出し、その後に衝撃で頭が爆発。生卵のように砕け散った頭部が薄紅色の粥を撒き散らす。
次のコンマ一秒。回し蹴りを放った。軍用ブーツに包まれた脚が地上一メートルの空間を時速千キロでなぎ払う。ボディアーマーは何の役にも立たなかった。膝が脇腹に打ちこまれ内臓を潰し、脊椎をへし折って肉を裂く。
隊員の体は、腹のあたりで体をまっぷたつになった。
次のコンマ一秒。
ここまで警察官たちはまったくの無表情だった。あまりにスピードが速すぎて「何が起こったのか」も分からなかった。しかし破砕された人体がしぶきとなって警察官たちの顔面に降りそそぎ、このときやっと彼らは「仲間が一瞬で殺された」と知った。
眼球をむき出し、顔面を恐怖にこわばらせて、いっせいに銃の引き金を引く。
ズガガガガガガッ!
89式小銃の発射音は爆竹を強烈にしたような音だ。
一瞬で数百の鉛弾が吐き出される。大男の上半身が無数の弾丸に包まれる。89式小銃は特殊なスチル弾芯を使用することで貫通力を増している。防弾ベストを身につけた人間でも挽肉に変える威力がある。
一秒、二秒たった。警察官たちが引き金を緩める。
彼らは見た。
硝煙が白く立ち込める中、仁王立ちしている黒い影。
顔面や肩に銃弾の突き刺さった大男の姿。
突き刺さっていただけだった。大男がニヤリと笑って頭を振ると、頬にめりこんでいた銃弾が落ちる。背筋を伸ばし、腰をひねり、胸板をパンパンと叩くと、すべての銃弾が大地に落ちた。体から一滴の血も流していない。ボロ切れと化した服が落ちているだけだ。
「マッサージうまいじゃん、お前ら」
「……!」
隊員たちは唖然とする。
ゼロ距離からライフル弾を数百発撃ちこんで、蚊が刺したほどにも感じていない!
「なんだ? こんなもんなのかよ? こんなもんじゃオレの『ジークフリート』はビクともしねえ」
黒い装甲で覆われた顔を撫でまわし、こともなげに言う大男。
隊員の一人が89式小銃を取り落とす。うめく。
「化け物だ……」
その一言が恐慌の引き金だった。
「ヒ、ヒィィィィ!」
「うわァァッッ」
全員が銃を投げ出し、悲鳴をあげて逃げ出す。
「ま、待て!」
隊長が叫ぶ。
「にがさねえよっ!」
大男も叫んだ。そして駆ける。動きの素早さも超人だった。すぐに追いつき、キックで胴体を両断し、頭を握りつぶし、蹴り倒して胸板を踏み抜いた。そのたびに血しぶきが噴出する。殺戮、また殺戮。
たった数秒で、二十名が皆殺しにされた。
殺し終わったあと、大男はすぐそばにあるバスに近寄る。
防弾装備の施されたバスを、男は素手で破壊した。
「オラッ! オラッ! オラッ!」
蛮声を張り上げ、キックで壁を破り、そこから腕を突っこんで外板を引きはがし、飛びこむ。中にいた隊員が瞬時に抹殺され、窓ガラスに血が飛び散って外から見えた。その直後、ポップコーンのように壁が爆発。内側からのキックだ。今やバスは骨組みだけの状態だ。その骨組みさえもキックの連打を浴びせてへし折り、エンジンを抱えて頭突きで粉砕した。
数十トンもある大型バスがスクラップとなって転がるのに、わずか三十秒。
「ふう。いい運動だぜ」
破壊を終えると、大男はたったひとり生き残った隊長に手を振る。
「よお。勇気あるじゃん、あんた? まだ逃げてねえんだ」
隊長は胸を張った。生唾を飲み込もうとして失敗した。口の中はカラカラで唾など出ない。
「……リーダーだからな」
「へへっ。で、お前一人で何ができんだよ?」
隊長はあたりを見まわす。
国道には死体が散らばっていた。全員、頭や胸などを大きく欠損している。真夏の日差しに照らされたアスファルトの上に、ペースト上の血肉がひろがってじりじりと熱されていた。
もちろん隊長は、ここまでの修羅場を経験した事などない。戦場ですらなく人間屠殺場である。
「『生き物としての格が違う』って感じだろ? ヘヘッ。だからオレは素手で闘ったんだよ」
白い歯を剥きだして笑う。
「……なめやがって」
隊長は悔しげにうめいた。
だが、「たしかに効果はあった」と思った。
拳銃一丁ナイフ一本使わず、素手で殺戮を繰り広げたからこそ絶対的な恐怖をおぼえたのだ。
「というわけで、お前たちはオレたちに勝てない。何人来てもムダ。思い知ったろ? 日本中がビビりまくったね」
しかし隊長は大男の顔から目をそらさず、精一杯の虚勢を張った。
「勝ち誇ってられる野も今のうちだ。自衛隊や米軍がきたら、お前らだって……」
「ハン! 原発を攻撃する度胸なんてあるわけねぇ」
「いや、必ずやってくれる……」
「威勢いいけどさ、あんた。これから自分がどうなるかわかってんの?」
相変わらずの笑顔で言われて、隊長は背筋が凍りつくのを感じた。
震える手を腰のホルスターに伸ばす。そこには予備武器の拳銃がある。
(勝てないのはわかってる。だが、せめて一矢報いたい)
「無駄だっての、拳銃なんて。さーて、どうやって殺してもらいたい? こいつらみたいに一撃じゃつまんないよなあ? 指を一本ずつ千切るってのはどうよ? それでも泣き出さずにいられたら褒めてやるよ?」
両手を合わせてポキンポキンと指を鳴らす。
そのとき電子音が鳴り響く。
大男の腰の辺りから響いている。
大男は腰の後ろに吊り下げていた携帯無線機を取り、なにやら会話を始める。外国語なのでまったく内容が分からない。大男は次第に苦々しい表情になってくる。
「……ちっ。命拾いしたな、あんた。『これ以上殺さなくていい』ってよ」
大男はくるりと後ろをむいて、わざとらしく屍を踏みつけにしながら去っていった。正門を飛び越えて発電所内に消える。
男の姿が見えなくなって、隊長はその場にくずおれた。
「……うう……」
震えて、涙まじりの嗚咽を漏らす。
「動けなかった……」
そうだ、彼は動けなかったのだ。
逃げなかったのは度胸があるせいではなかった。恐怖で体が硬直していたのだ。
あたりに散らばる骸の一つを抱えあげる。
ヘルメットにボディアーマーの黒ずくめ、顔は若々しい。
まだ二十五歳になったばかりの若手隊員だった。子供が生まれたばかりだと明るく語る彼の顔を、隊長は思い出した。
「……なにも……なにもできなかった……俺は何も……」
にらみ返して虚勢を張った、相手が見逃してくれたから死なずにすんだ、それがなんだというのだ。
自分の無力を、深く呪った。
5
液晶ディスプレイは衝撃的なニュース映像を流しつづけていた。
へリコプターで撮り下ろしたのだろう、揺れる画面の真っただ中で殺戮が繰り広げられている。
黒いプロテクター姿のSATが、アントンによって皆殺し。たった数十秒で死体二十とバスの残骸が転がった。
その後、マスコミのヘリがレーザーで撃墜された。まずパイロットが殺され、パニックになる機内。ついでテールローターが破壊され、ヘリはグルグル回りながら落ちてゆく。その様子がテレビ越しに放映された。
不意に視界が涙でにじんだ。
いまのべルタは涙をぬぐうこともできない。
いまべルタはあいかわらずソファに座らせられている。目の前に机が置かれている。机の上にパソコンの液晶ディスプレイがある。
ニュースを強制的に見せられているのだ。
「どうだね、べルタ? 気分のほうは?」
傍らにたつスーツ姿の白人男に声をかけられた。フェルトへルンハレ構成員で、普通の人間だ。
「……」
ベルタが無言でいると、スーツ姿の男は下卑た笑いを顔に貼り付けて、
「最悪かい、フフ……だが俺たちは最高だ。なあみんな」
大げさに腕をふって、室内の仲間たちに呼びかける。机に向かっていた仲間たちはヒューと口笛を吹き、あるものはこぶしを突き上げる。
「さぞくやしいだろうねえ?」
ベルタは、のところ男の挑発などきいていなかった。
液晶テレビの中で繰り広げられる殺戮劇、それも確かに辛かった。
だが……
それより、罪悪感がベルタをさいなんでいた。
すぐ隣に座っている祐樹。ベルタは前を向いたまま体を動かせないからその姿を見ることはできない。だが脳裏に浮かぶ。切り落とされた指。治療も受けられないままの、血まみれの包帯で乱雑に包まれただけの傷痕。自分に向けられたうつろな表情。
それらすべてが脳裏に焼きついてベルタを責めていた。
テレビからも目をそむけたかった。だができなかった。
(お前がやったんだ)
(お前が、あと少しでも配慮していれば)
(あと少し冷静なら)
ひたすら自分を責める。
(平和を求めていたのに、人を傷つけてしまった。最悪のミスで傷つけてしまった)
(いまたくさんの人が殺されようとしている。だが自分には何も出来ない)
(自分はクズだ。自分はダメだ……)
ついに目を閉じた。視界が暗闇となる。かたくかたく目をつむって、何も考えないようにする。だが声はきこえる。かわいらしいドーラの声が責め立てる。
『この無能。できそこないの、ベルタねえさま』
『友達をめちゃくちゃにしたくせに』
胸の奥の一番敏感な部分に何かが突き刺さった。
痛くて痛くて仕方ない。
だから目を閉じた。
ひたすら嫌な現実から目を背けたかった。
そして、背けてしまっている自分が何よりいやだった。
目をかたくつぶり、自分の中の殻に閉じこもった。
ぎゅっ。
誰かがベルタの脚の踏んでいた。靴で強く踏みつけている。
ぎゅう。
また踏まれた。
目を閉じて、外側の世界のことを忘れようとしても、痛みが訴えてくる。
誰が脚を踏んでいるのか。
隣にすわっているのは祐樹だ。おそらく祐樹なんだろう。
ぎゅっ。ぎゅっ。踏んでは、また離れた。
何度も何度も繰り返す。
辛抱強く、何十回も続いた。
不意に疑問に思った。
これは何だ。長い間踏んづけていたり、すぐに離したり。
もしかして……
ベルタは目を見張った。
(モールス信号か?)
ぎゅ……ぎゅ、ぎゅ。
ベルタは反射的に頭の中でモールス信号に変換する。アルファベットのS?
ちがう、これは「トン、ツーツー」だ。カタカナの「ベ」だ。
ぎゅうっ、ぎゅ、ぎゅう、ぎゅう、ぎゅ。
これは「ル」だ。
『べ る た さ ん』
意味がわかった。心臓がドクンと脈打った。
祐樹が、自分に何かを伝えてくれる。
いまの祐樹は声を出せない。そんな状況でなんとか意志を伝えてくれる。
嬉しい。でも恐い。
全身の筋肉がこわばるのを感じる。
だって、責められるに決まっているのだ。
だが聴かなければいけない。聴こうと決めた。
『べ る た さ ん』
返事をしなければいけない。どうしよう。いまの自分は声も出せない。足も動かせない。
そうだ、息なら。
ふう。ふう。ふう。
息のパターンに変化をつけてみる。
『OK』
たった二文字を送るのが実にまだるっこしい。フェルトヘルンハレで受けた戦闘訓練の中にはモールス信号も含まれていたが、実戦で使う機会はまずない。
『べ る』
祐樹の脚の動きが止まった。先ほどより早く、嬉しそうに、まったく別の信号を送ってくる。
『よかった わかってくれたんだ』
さあ、祐樹はなんと言うだろう。何を言われても仕方ない。脳裏にフラッシュして蘇る光景。切断された祐樹の指。空虚に自分を見つめる顔。
すると祐樹は、
『べるたさん かなしまないで』
(え……?)
目を丸くした。あまりに意外な内容だった。
『ぼくは べるたさんのこと うらんでない』
恐る恐るベルタは呼吸音でメッセージを返した。
『どうして わたしは あなたに けがを』
『うん とても いたい』
そこで祐樹はたっぷり三、四秒間沈黙した。
『でも べるたさんにあうまで ぼくは なにもできなかった』
『ただ まいにち いじめられてる だけだった』
『ないてる だけだった』
『べるたさんが かえてくれた』
『このよに たのしいことがあるって ぼくといっしょにいて よろこんでくれるひとがいるって』
『ぜったいに ゆずれないたいせつなものがあるって たたわなきゃいけないって』
『みんな べるたさんが おしえてくれた』
『べるたさんとすごした あの1しゅうかんが たからもの』
『べるたさんが いなければ ぼくはまだ なにもできず ないていた』
『ないたまま じんせいがおわるのを まっていた』
『だから』
『まんが かけたのも しょうをとったのも みんな べるたさんの それだけで』
ここで祐樹からのメッセージがとまった。ぐすり、ぐすり、と涙をすする音が聞こえてくる。
『ごめん なくなんて かっこわるいね』
『とにかく だから なかないで べるたさん』
『まんがなんて くちでも あしでもかけるよ』
『だいじょうぶ ぼくは いじめられっこなんだ くろうするのは なれてるよ』
たどたどしく、途切れ途切れの言葉たちが.。ベルタの皮膚を通して胸の奥へ、心の中へ染みとおっていった。
しだいに目頭が熱くなる。固く閉じたまぶたの間から、幾筋も幾筋も熱い涙がこぼれてくる。
『どうしたの かなしまないで』
ベルタ、答えない。
行動で示した。
ソファに座った状態から、起き上がろうとする。
たちまち拘束衣が反応する。高圧電流放出。灼熱の感覚が背骨の中で爆発する。全身の筋肉が強制収縮。体が自然に丸くなる。背骨がきしみ、膝が笑う。頭の中で白い火花が散る。
(こんな痛みなんて、たいしたことない!)
(ユウキさんは、もっと痛かった!)
「あ……あっ。はぁっ」
耐えた。かすれたあえぎ声を上げ、歯を食いしばって耐えた。背筋を伸ばした。
がり、がり、ばきぃ。
奥歯が、小石をすり合わせたような鈍い音を発して砕けた。脚の筋肉を動かす。立ち上がる。
腕を思い切り突っ張る。上半身の拘束衣がはじけ飛んだ。汗まみれの小さな乳房が空気の中にさらされる。背中から七十二本のスパイクが引き抜かれる。
「ぐうっ!」
「なに?」
机に向かってニュースを鑑賞していたフェルトヘルンハレ構成員、白人の男が驚きに目を見張っている。他の構成員があわててデスクの引き出しから何か黒い塊を取り出す。
(拳銃だ!)
跳躍し、空中で拘束衣を完全に脱ぎ捨て、汗のしぶきを飛ばし太股を高く上げて空中を突進、キック。男の手首がへし折れ拳銃が転がる。別の男が発砲。とっさに手を伸ばし、発射された拳銃弾をつかみ取り、手首をひねって投げ返した。弾丸を眉間にめりこませて男が倒れる。
室内で動くものはなくなった。
べルタ、口からボールギャグを引き抜く。思い切り深呼吸。
祐樹に歩み寄って、彼の手錠を破壊する。猿ぐつわをむしりとる。
「べルタさん」
たちあがった祐樹をベルタは抱きしめて、
「……かなしいんじゃありません。うれしいんです。だから泣いてるんです」
べルタは机の上に並ぶパソコンのディスプレイを指差した。
まだニュースが続いている。
血まみれの管制室で、カエサルが金色の前髪をかきあげる。
『やあ。ボクたちの力、わかってくれたかな?』
ベルタ、画面にハイキックを見舞う。液晶画面が木っ端微塵になる。
「あなたたちは、わたしが止める」
「闘うの?」
不安に満ちた祐樹の声。ベルタは祐樹と抱き合ったまま、
「はい。祐樹さんがおしえてくれたんです。
泣いているだけじゃダメだって」
「でも、相手は三人も……」
「それでも、わたしは行きます」
「ベルタさんが死ぬところなんて見たくない。逃げなきゃだめだ」
「では、約束しましょう。わたしは必ず、あの人たちに勝って、帰ってくる」
「信じていいの?」
「はい」
もちろんベルタにも勝算などない。だが、数センチの距離で祐樹の潤んだ瞳を見つめていると、不思議と力がわいてきた。明るい笑顔を作ってみせる。すると祐樹は緊張した声で、
「約束、必ず守って」
「もちろんです」
ベルタは祐樹の腰に回した腕に、力をこめる。乳房がぎゅっと祐樹に押し当てられる。
6
それから一時間後、ベルタはバイクにまたがって東名高速道路をひた走っていた。
バイクの名はドゥカティ999。目の覚めるような真紅のカウリングに包まれたイタリアのスポーツバイクだ。あのあと祐樹を病院に送り、その足でバイク屋を襲ってバイクとウェアを一式手に入れたのだ。
完全装備だった。フルフェイスヘルメットに、黒いレザーパンツ、上半身はメッシュジャケットに包み、燃料タンクの上に思い切り体を伏せていた。背中には登山用の巨大なリュックを背負っている。リュックはパンパンに膨れ上がっている。
ドゥカティのカウリングは速度を出すためのもので、ライダーの負担を減らすためのものではない。タンクに伏せていてもヘルメットの中にゴウゴウと風が吹きこんできた。尻の下ではエンジンが激しい振動を発している。長距離巡航に向いたバイクではないのだ。
現在、速度は二百五十キロ。もう一時間このスピードを出し続けている。警察はすべて振り切った。前方から乗用車が、トラックが飛ぶような勢いで迫ってくる。蛇行し、間をすり抜けながらまったくスロットルをゆるめずに突き進む。
(もっと速く!)
じれったかった。店で一番速いバイクを選んだはずだが、選択を間違えただろうか。
右手に山、左手に光り輝く海を眺めながら走る。
やがて東京から二百キロ、菊川インターチェンジに到着。
料金所を勢いよく突破し、田んぼとミカン畑の広がる中を、海沿いに向かって駆け下りる。高速から」に下りても猛スピードを緩めなかった。トレーラーが道をふさいでいたら反対車線に飛び出し、百五十キロで対向車を避けて、突き進んだ。
(一秒でも早くつきたい)
原発前の道、国道150号線に入る。
非常によく整備された片側三車線の道路だ。左手は海で、街路樹と防風用の松林が並んでいる。風でねじれた松林の向こうに、まぶしく輝く真っ青な海が広がっている。
前方に視線を移すと原発の白い排気塔が五本、青い空に伸びているのが見える。
(あと少しだ)
カーブを曲がって長い直線に入った。 『この先通行止め』
大きな看板がある。無視してベルタは突っこんでいった。
数百メートル先の道路を何かがふさいでいる。
迷彩色に塗装された八輪式の装甲車が道を占領している。ベルタの視力はその装甲車に日の丸が描かれていることをとらえた。
装甲車の周囲に、迷彩服を着た男たち四、五十人立っている。国道を完全にふさぐ形で展開している。半分が道の向こう側を向いて、残り半分がこちらを向いている。近づいてゆくと、男たちの持っている自動小銃が自衛隊の89式小銃だとわかった。
(自衛隊だ)
ベルタは速度をゆるめる。
よく見れば迷彩服の自衛隊の中に一人だけ違う格好のものが混ざっている。黒のボディアーマーを身に着けた男で、透明なバイザーつきのヘルメットをかぶっている。
「とまれーっ!」
男たちは両腕を広げてベルタのゆく手をさえぎる。
べルタはドゥカティを止め、男たちに問いかけた。
「なにをしているのですか? 住民が入らないように?」
自衛隊員の一人が歩み出て、大声で叫び返した。
「そうだ! あんたも入るな、危険だ!」
ベルタはドゥカティから降りる。バイク用ヘルメットを外し、素顔を見せる。海からの潮気をふくんだ風がショートカットの黒髪をかきまぜた。両手を広げ、武器を持っていないことをアピールして、ゆっくりと自衛隊員たちに歩み寄ってゆく。
「わたしは行かなければいけません。その銃を貸してください」
「あんた、何を言ってるんだ?」
自衛官たちの目に不審の色が宿る。
当然、この反応は予想していた。
「見てください」
次の瞬間、ベルタはジャンプする。
膝を軽く曲げて、垂直に五メートル。
もちろん人間には不可能だ。
着地したベルタに、驚愕と恐怖の視線が突き刺さる。
「……げ……」
「同じだ……あのバケモノと……」
自衛隊員たちは反射的な動作で銃を向けてくる。
ベルタは悲しげに顔をくもらせる。
「……そうです。わたしは『エインヘリヤル』。超人兵士です。あのテロリストたちと同じ生き物です。しかし彼らの仲間ではありません。彼らを倒すために来ました。だから銃を貸して下さい」
自衛隊員たちをもう一度見回し、そのうち何人かが背中に筒を背負っているのに目をつける。
「それはカール・グスタフ無反動砲ですね? 貸してください」
「できるか!」
自衛隊員たちは叫ぶ。銃口はベルタに向けたままだ。
「なぜですか?」
「どこの誰とも知れない奴に渡せるか!」
自衛隊員の中でもひときわ目つきの鋭い、がっしりした体格の男が吼える。
ベルタ、一気に跳んで間合いを詰め、軽く手を伸ばした。吼えたその男の銃を、いとも簡単に奪い、男の頭の上に乗った。
「え……?」
男はあっけにとられて、空になった自分の手を見ている。人間の反射神経では何をされたのか認識することもできない。
きょろきょろと周囲を見回す。自分の頭に手を伸ばす。
「あ! きさま!」
ベルタは頭の上に乗ったまま、自衛隊員たちを見下ろして言う。
「わかったでしょう。わたしのほうが適任です。わたしの能力があってこそ、倒せる」
実際にはそこまでの勝算はなかった。だが、相手も命がけなのだ。絶対の自信をもって振舞うつもりだった。
「くっ、降りろ!」
男は頭を振った。89式小銃を上に向け、ついに発砲する。
ベルタは体を軽くひねって銃撃をよけながら、隊員たちのど真ん中に着地する。
「う、撃て!」
男の号令に従い、隊員たち数十名はいっせいに散開する。角度にして六十度ほどの扇形になる。完全に包囲しないのは、同士討ちを避けるためだ。
(仕方ない、ギャラルホルンを)
ベルタが息を吸ったとき、
「やめてくれっ!」
誰かが叫んだ。
ベルタは声の主を叫んだ。隊員たちも見た。
声の主は、一人だけ黒のボディアーマーに黒ヘルメットの男。
持っている銃を路面に投げつける。
隊員たちが目をむいた。銃をこんなふうに扱うなどよほどのことだ。
彼はヘルメットのバイザーを上げ、顔をさらした。あらわになったのは中年男の四角い顔。眉間に深いシワが刻まれている。隊員全員を見渡して叫ぶ。
「なあみんな……! この人の力がわかっただろう? 俺たちじゃダメなんだよ……あのバケモノを止められないんだ。同じ力だけなんだ、勝てるのは」
自衛隊員が反駁する。
「そんなことはない! 俺たち自衛隊がテロリストを倒す!」
「じゃあ、なんで今すぐやらない! 連中が言い出した『期限』までたったの一時間だ。なんで包囲してるだけなんだよ!」
「それは……」
「打つ手がないんだろう? 歩兵じゃあ、あのレーザーとデカブツにやられちまう。砲撃爆撃は原発を壊すからできない。そうだろう?」
彼は顔をくしゃくしゃにした。泣きそうな顔だ。
「だから……頼るしかないだろう! こいつに!」
しばらくの沈黙があった。
先ほどまで号令していた男が、自らの89式小銃をベルタに渡す。
「使え」
「いいんですか!?」
「俺たちは謎のテロリストに襲撃されて装備を奪われた、歴史に残る間抜け部隊だ。グスタフも持っていけ」
他の隊員が背中の筒を差し出す。長さ一メートル太さ八センチ、天体望遠鏡を思わせる筒で、緑色に塗られている。引き金と三脚がついていた。
ベルタ、銃とカール・グスタフを受け取って、頭を下げる。
「ありがとう……」
「だから必ず勝ってくれ」
「はい」
「お前の名前は?」
顔を上げ、胸を張って答える。
「ベルタ」
7
警察の封鎖を抜けて、五百メートルほど国道を走る。
原発入り口にたどりついた。
道の左側にある門の前で、アントンが待ち構えていた。全身を黒い装甲、『完全防護兵装ジークフリート』に包んでいる。巨大な三脚つきの機関銃を肩にかついでいる。米軍の誇る超ロングセラー兵器、M2ブローニングだ。弾薬をベルト状につなげて地面まで垂らしている。
百メートルほどの距離でアントンが手を振った。何事か叫ぶ。
ベルタには、この距離でも何を言っているのかわかった。
「まさか本当に来やがるとは。ドーラの奴は……」
話合いをするつもりはなかった。ベルタは時速百キロオーバーでドゥカティ999を突進させながら、背中のリュックからカール・グスタフを取り出し、肩に担ぐ。重量十六キロの鋼鉄の筒はずしりと重い。すでに弾薬の装填されたそれをアントンに向け、照準器を覗きこんで引き金を引く。
ズガンっ! すぐ耳の横で大砲が発射された音は銃声の比ではない。一瞬、耳が完全に麻痺した。
発射された砲弾は影となって突進。
アントンが目をむき、体をひるがえして避けた。
ベルタは心臓をわしづかみにされたような冷たい衝撃を受ける。
(まさかよけられた! 最大のチャンスだったのに!)
アントンの肩をかすめて飛んだ砲弾が、背後の地面に突き刺さって爆発。
成型炸薬弾(HEAT)は爆発のエネルギーを一点に集中させた貫通力重視の砲弾だ。命中したその場所の路面が爆発しアスファルトが噴水のように高く飛び散る。アスファルトが高熱で融解して真っ白い蒸気となって立ち上る。
(仕方ない、至近距離からもう一発!)
唇をかみしめる。覚悟を決めた。
「やりやがったな!」
アントンが叫ぶ。かついでいた巨大な機関銃、M2ブローニングをベルタに向けてくる。
反動でジープがひっくり返るほどの巨銃を、黒い腕で抱きかかえて撃ってくる。
真夏の太陽の下でも見えるほど眩しいマズルフラッシュ。岩どうしを叩きつけたような銃声が連続する。
ズガガガガガッ。
ベルタは勢いよく上半身を左に振る。ドゥカティ999のイタリアンレッドに輝く車体が素早く反応、後輪を滑らせて左に曲がる。車体すぐ右に銃弾の嵐が襲いかかる。アスファルトが爆発し、何千粒という砂利が吹き上げられる。ベルタの腕に、足に、車体に、砂利が浴びせられる。ヘルメットのバイザーに大きなものが当たった。
「オラッ! オラッ!」
アントンは怒声をあげながら機関銃の銃口を右に左に振り向ける。ズガガガガッ。ベルタが一瞬だけ早く、こんどは右に車体を傾ける。尻をバイクのシートから滑り落とし、車体にぶらさがるようにしてなんとか曲がった。間一髪、今度も間に合った。車体のすぐ右をかすめるように弾丸が押し寄せ、地面が爆発。今度は至近距離から砂利をくらってしまった。ヘルメットのバイザーは百人の暴徒に投石されたような有様だ。
ベルタは右に、左に車体を走らせる。ジグザグ走行を繰り返して距離を詰めてゆく。右手はスロットルを握って、開けては絞り、絞っては開ける。エンジン音がオンッ、オンッと激しく変化する。エンジンが吼 えるタイミングにあわせて車体を右、また左に倒しこむ。一瞬たりとも直線を走らない動きだ。
片側三車線の道路をフルに使ってジグザグ走行、すべての銃撃を回避しながら接近。いまアントンまでの距離は五十メートル。あたりの路面は酔っ払った巨人がでたらめに耕したようだ。あちこちで路面が砕かれ砂利の川が生まれている。ベルタは砂利さえも利用。前輪が砂利を踏んで滑った瞬間に思い切り車体を傾け進行方向を強引にねじ曲げる。
順調に接近しながらも、ハンドルを握るベルタはしだいに焦る。口の中が緊張でカラカラに乾く。
(どうしよう、反撃のチャンスがない)
いまベルタは、両手両足と、上半身の振りをフルに使ってドゥカティ999を操っている。0.01秒、コンマ一グラムの単位で完璧にコントロールしている。指一本でも休ませたらいまの動きはできない。
カール・グスタフを撃つために手をハンドルから離せば、回避が鈍って次の瞬間は蜂の巣だ。
(一体どうすれば?)
手を使わずに撃てる武器もある。『ギャラルホルン』だ。だがアントンの装甲には通じないはずだ。
そのとき、銃弾の雨がベルタの頭に向かって襲い来る。上体を傾けて回避した。ヘルメットのてっぺんを強烈な衝撃が叩いた。ヘルメットにギシリと音が響く。亀裂が入る音。縦に真っ二つになり、バイザーがはがれた。ヘルメットはバラバラになって時速百キロの風に飛ばされる。
(撃たれた?)
戦慄する。だが痛みはない。撃たれたらこんな程度ですむはずがない。銃弾がかすめただけだ。
(かすめただけなのに、この威力!)
と、気づいた。直接、音波を当てる必要はない!
「ハッ!」
銃撃をかわしながら顔をアントンに向け、『ギャラルホルン』を発動。超音波を最大出力で発射する。
アントンではなく、アントンの足元に向けて!
空中を超音波の塊が飛び、アスファルトに激突しその破壊力を解放。アントンを中心に二メートルあまりの路面がクレーターとなる。瞬間的に破砕され粉塵となって舞い上がる。それはまるで大噴火だった。黒い煙の中にアントンはすっぽり包み込まれる。「ぬおっ」煙の中からアントンが驚きの声を上げる。
「いまだ!」
この隙が欲しかったのだ。ベルタはカール・グスタフに弾薬を装填、アントンに向けて撃った。耳元で轟音。砲弾が空中を疾駆して煙の中に消える。
距離わずか三十メートル。しかも視界が不完全。
(よけられるはずがない)
ベルタは必中を確信した。頬がゆるむ。
ゆるんだ頬が、凍りついた。
アントンはアスファルト粉塵の煙の中、自分の顔面めがけて向けて飛んでくる砲弾を、両手で挟んで受け止めた。信管が作動、成型炸薬弾が爆発する。アントンの掌の中で、爆発エネルギーが光の剣となる。戦車の装甲を貫く超高熱の噴流、メタルジェット。しかし長さはアントンの顔まで届かない。一瞬で消えた。
あとは無傷のアントンだけが残った。支える手のなくなったM2ブローニングがゴオンと音を立てて転がった。
アントン、薄れてゆく煙の中で両腕を振り上げてガッツポーズ。
(そんな馬鹿な)
ベルタの心に決定的な敗北感が刻まれた。
勝てない。カール・グスタフが通じない。
いまは逃げるしかない。別の手を考えよう。
しかしバイクはアントンに向けてまっしぐらに突進していた。いまの距離は十メートル。
アントン、ガッツポーズをやめて銃を拾う。撃つ暇がないと判断したのか、棍棒のように振りかぶった。
ベルタ、とっさに右手をブレーキレバーに叩き付け、五本全ての指を使ってフルブレーキ。前輪のブレーキディスクが金属的な叫びをあげる。壁に激突したような急激な減速に後輪が浮いて、車体が直立する。地面に突き立つような姿勢。ベルタはタンクを太ももで挟みこみ、体ごと車体を回転させる。地面に突き立った錐が回るようにドゥカティは向きを変えた。
棍棒は空を切る。
ベルタ、目の前にある原発の門に向かって突進する。
敷地内に入ってすぐ、左右を森がはさんでいた。片側一車線の細い道が続いている。
バックミラーの中のアントンがどんどん小さくなる。
「まちやがれっ」
咆哮が聞こえる。
ガガガッ、太い銃声が轟き、バックミラーの中でオレンジのマズルフラッシュが弾ける。
ベルタ、とっさに車体を傾け針路変更。右の森に飛びこむ。即座に太陽光が遮られてうす暗がりになった。木の根を踏んで車体が激しく上下した。見えない巨人が左右からキックをくれているかのようにハンドルが暴れる。本来サーキット用のマシンであるドゥカティ999はデコボコ道を大の苦手にしている。なんとかおさえつけ、森の中を進む。
ガガガ、という銃声がまだきこえてくる。重いものが重なって潰れる音、木が倒れる音も聞こえてくる。乱射しているらしい。
ベルタ、再び脳裏に、原発の見取り図を思い浮かべる。
浜岡原発の敷地は一キロ四方。陸側の三分の一は森で占められている。森を抜けた向こうには、5基の原子炉とそれを管理する『管理棟』が一列にならんでいるはず。
いまは正門のそば。暗記した地図だと、ここから管理棟まで三百メートルあるはず。
などと考えながらガタガタと森の中を走り、木々が途絶えて開けた場所にでる。
と、悪寒が背筋をかけた。
(わたしがカエサルなら、この瞬間を狙う)
背中のリュック、そのサイドポケットからコーラのペットボトルを出す。握りつぶして超音波を浴びせる。掌から霧が噴出して体を包んだ。
霧の流れを引き連れてドゥカティは森から飛び出す。
すぐは大きな駐車場だ。
駐車場の向こうに、窓一つない灰色の箱がそびえている。原子炉の一つだ。
飛び出したまさにその瞬間、光が降ってきた。垂直に近い角度で、霧を貫いて一条の光線が伸びてきた。
左の胸に灼熱の感覚。じゅ、と何かが音を立てて燃える。
「くっ!」
うめいた。胸を手を当てた。
大丈夫だ。霧のせいでレーザーは拡散して威力を減じていてた。メッシュジャケットとTシャツに拳大の穴が開いただけだ。スポーツブラがのぞいてしまっている。
霧の効果はすぐに消える。あわててバイクを反転させ、森に飛びこんだ。
やはりカエサルは待ち構えていた。あれだけ深い角度で降ってくるということは、おそらく高いところに立ってベルタを見張っているのだろう。
地図をまた脳裏に描く。立体模型をイメージして頭の中で回してみる。自分の位置とレーザーの角度を模型に書きこんでみる。
予測できた。おそらくカエサルがいるのは、いま見えた原子炉の向こうにある『第三号炉』の排気塔てっぺんだ。高さ百メートル、狙撃にはもってこいだ。
(どうすればいい?)
森を中を走り回りながらベルタは考える。
(あと残っているコーラは五本。合計で二十秒くらいはレーザー防御の霧を張れる。だが二十秒で何ができる?)
(いちかばちか、突進して管理棟に入るか)
だが、それでは一時しのぎだ。敵を倒して数を減らさないと。一箇所に三人集まってしまったらもう勝ち目はないだろう。
(反撃するか。この89式小銃とカール・グスタフで)
だが、撃ちあいになれば高いところにいる方が圧倒的有利だ。カエサルは射撃戦に特化して作られたエインヘリヤルで、遠距離視力がベルタより数段優れている。勝ち目は薄い。
どうすれば……
ズガガガッ。
背後で銃声。とっさに車体を傾け、アクセルを全開。後輪が地面をかきむしる。蛇行しながら加速。すぐ真横の一抱えもあるブナの樹が粉砕される。木片を撒き散らし、周囲の銃を何本も巻きこんで倒れる。
アントンの声が響いてきた。
「ベルタァァ、そこにいたかあ!」
走って追いかけて来ている。
戦慄した。考える時間なんてないのだ。後ろからアントンの機関銃、前からカエサルのレーザー狙撃。
(いちかばちか、やってみよう)
ベルタはバイクを止める。バイクに揺られながらではとてもできない。精密な角度のコントロールが狂ってしまう。
バイクのカウリングにくっついたバックミラーをへし折る。
心の中で謝る。そしてミラーを手にもったまま、森の外へと歩く。
一心不乱に計算を繰り返す。3Dモデルを頭の中に作り上げ、カエサルの位置と自分の位置をプロットして、何度も何度も角度計算を繰り返す。
ミラーを握った手を、樹の向こうに突き出した。
8
「逃げたって無駄だよ、ねえさん」
カエサルは冷たく言い放つ。
彼は迷彩服姿で排気塔の上に立ち、眼下を見下ろしていた。
高さ百メートルの位置からは敷地全体が見渡せる。白い箱のような原子炉棟が、森と海に挟まれて五つ散らばっている。五つの中央には小さな茶色の建物、管理棟が窓を光らせている。敷地のずっと外側を伸びる東名高速まで見えた。
風に乱れた金髪を神経質そうにいじりながら、カエサルは目を細める。
蟻のように小さく見える赤いバイクが、森に逃げこんだ。
森の木々に隠れてしまえば見ることはできない。
だがカエサルは口元に余裕の笑みを浮かべたままだ。
(必ず出てくる。どこに出ようとボクには見える)
この高さから、地面に落ちている木の葉の種類まで見ることができるのだ。
「隠れたって無駄だよ、姉さん」
整った顔立ちに冷笑を浮かべる。
と、森の端から何かが突き出す。
ついにしびれをきらしたか。
必殺の確信をこめてレーザーを撃ちこむ。
次の瞬間、視界が真っ白に爆発。
顔面に炎を押し当てられたような熱さ。
それっきり何も見えなくなった。
「なっ……」
思わずうめき声をもらしてしまった。
何をされたのかは分かった。鏡でレーザーを反射されたのだ。レーザーに対してぴったり九十度の角度で鏡をかざせば、発射地点に戻ってゆく。
鏡のわずかなゆがみが原因だろう、レーザーはかなり拡散してしまっていた。だが視力を失うには十分だった。
カエサルは恐怖を覚えた。一度の何千分の一という超精密コントロールが必要なはずだ。
ベルタは落ちこぼれだと思っていた。だが自分だって同じことができるかどうか。
視力が失われただけで、全裸になったような恐怖と居心地の悪さを感じた。
視神経と網膜が回復するまで、隠れなければ。
そう思って手探りと音だけで排気塔を降り始める。
ハシゴをにぎる手が汗で滑る。
そのときカエサルは、銃声を聞いた。
89式小銃のものだ。
背筋を駆ける悪寒。銃弾が地球磁場をかき乱すのをとらえる『電磁感覚』だ。カエサルたちエインヘリヤルはこの感覚によって視力なしでも銃弾をよけることができる。とっさにハシゴから手を離し、一瞬だけ落下する。頭上でギュン! と金属同士の激突音。銃弾が排気塔に当たったのだ。よけられた。ハシゴをまた手でつかむ。もう一度背筋に悪寒。頭に向かって飛んでくる。とっさに首をかたむけた。耳元を銃弾が飛んでいった。
カエサルの萎えかけていた自信が蘇った。自然と口元に笑みが浮かぶ。
「……なんだ、目くらい見えなくたって簡単……」
言おうとした瞬間、後頭部を何かが直撃した。頭の中で火花が散る。
電磁感覚では捉えられなかった固いもの。
(石か!?)
(銃弾は囮か!)
カエサルの指がすべり、足がすべった。ハシゴから外れた。風が体を包む。落下しているのだと気づいた。
(ハシゴ! ハシゴをつかまないと! )
腕をめちゃくちゃに伸ばして、なんとか手がかりを探そうとする。だが手は空を切るばかり。なにもつかめない。
落下速度は増すばかりだ。
やがて、全身を激しい衝撃が貫いた。意識がとぎれた。
9
ベルタは森の外、駐車場にバイクを止め、二発目の石を握り締めて立っていた。いつでも投げられるように。
その必要はなさそうだった。
となりのそのまたとなりの原子炉、上に生えた排気塔から落ちてゆくカエサルが見えた。
まったく速度を緩めず、原子炉棟の上面に激突。バウンドして、地面に落ちた。
ドゥカティで走り寄る。
カエサルは仰向けに倒れていた。頭を打ったのか、動かない。
ベルタは四、五十メートルまで接近していったんドゥカティを止め、聴覚を研ぎ澄ませる。
(心音あり、呼吸音あり)
生きてはいる。近寄るのは危険だ。
89式小銃で、手足を狙って撃った。軽い反動が腕に伝わる。アントンの機関銃と比べてしまうとあまりのもささやかな銃声。両肩に連射を撃ちこむ。血が噴きだす。激痛で目を覚ましたのか、カエサルは大きく目を見開いて悲鳴をあげる。体をよじって転がり、逃れようとする。銃口をずらし、今度は膝を撃った。高電圧を流されたようにカエサルの体がのたうつ。
弾倉一つぶん、撃ち終えた。
カエサルはいまや起き上がることもできず、うらめしげにこちらを見ている。
エインヘリヤルといえ手足を砕けば、回復まで何時間もかかるはずだ。
(とどめは刺さなくていいだろう)
唇を固く引き結び、ドゥカティ999に再びまたがり、スロットルを開ける。
と、そのとき背後でバイクのエンジン音。ベルタの乗るドゥカティとはまるで違う、重低音の塊、巨獣の咆哮だ。
(アントンか? バイクを手に入れた?)
反射的にクラッチを離し、スロットルを全開、車体を思い切り右に引き倒す。
ドゥカティ999の前輪が思い切り跳ね上がる。尻がシートからずり落ちそうになり、タンクに抱きつくような姿勢でバランスを保つ。後輪がアスファルトをかきむしり、斜め右に向かって車体をすっ飛ばす。尻の下でエンジンが甲高く吼える。
銃声が轟く。
すぐ車体のそばを弾丸がかすめた。冷や汗がシャツの下ににじむ。周囲の路面が爆発した。何十発の掃射を受けて砂利を撒き散らす。
ベルタから三、四メートル離れた場所だ。さきほどより狙いが下手になっている。
(なぜだろう)
一瞬だけ感じた疑問を心の隅に追いやる。油断するな、まぐれでもなんでも、一発食らったら最後だ。
ベルタはドゥカティを突進させる。またしても右に、左に車体を振る。ジグザグ軌道で避けながら、森に逃げ込もうと加速する。
だが今度は銃声が遠ざからない。それどころか近づいてくる。
バックミラーに現れては消える、一台のバイク。
巨大で、異形だった。ベルタのドゥカティ999と違ってカウリングはない。燃料タンクの左右に、燃料タンクよりも大きなラッパ状のエア・インテイクが張り出している。鉛色に輝くV型のエンジンが車体に埋め込まれている。
猛烈な加速性能で知られるマシン、ヤマハV-MAXだ。
アントンはそのV-MAXにふんぞり返った姿勢で乗っている。なんと、ハンドルの上に足を投げ出し足でスロットルを開けながら、両腕でM2ブローニングを抱え撃っている。
あんな撃ちかたでは狙いが狂って当然だ。
だがV-MAXの突進力は凄まじい。百キロ以上の速度でまっすぐこちらに突っこんでくる。ベルタは車体を振って逃れようとする。旋回ではドゥカティが圧倒的に上だ。向こうが撃ち、ベルタは勢いよく曲がって回避、左右どちらかで地面が爆発。あとを追ってV-MAXが鈍重に旋回する。
何度も繰り返した。三号炉の建物の周りを何度も周回した。
原発の敷地内を走り回っている。
でたらめに逃げているわけではない。
向こうもバイクを持っているなら、ただ逃げてもダメ。追いつかれる。
こうやって逃げ回って一定の距離を保つ。
そうすれば、かならず勝機が来る。信じていた。待っていた。
ベルタは原発敷地の中央、管理棟に近づいた。
芝生に囲まれた管理棟は五階建て、窓がずらりと並んでいる。街中に立っているビルと大差ない姿だ。
管理棟まわりを周回する。
バックミラーに映ったアントンの姿が思いのほか大きかった。戦慄に唇がひきつる。
もう三、四十メートルしかない。オレンジ色の炎がバックミラーで弾ける。銃声が空気の壁となってたたきつけられてくる。とっさに左右にバイクを振って回避する。バイクのすぐ脇で路面が爆発する。
最初は二、三メートルずれていた。さきほどは一メートルずれていた。いまは五十センチ。
(どんどん狙いが正確になっている。慣れてるんだ)
気づいたとたん、メッシュジャケットの下で腕に鳥肌が立つ。恐ろしい。体が硬直するほどに。
だが、勝機も近づいている。
バックミラーにアントンの姿が現れるたびに、体からぶらさげた弾帯が短くなってゆく。そうだ、弾切れだ。あれだけ撃てば弾がなくなるに決まっている。
弾切れの瞬間こそ撃つ。今度は89式小銃で牽制してから撃つ。今度こそ当てる自信があった。
その瞬間、尻の下のエンジンが異音を発する。
もともとドゥカティはメカニカルノイズが激しい。排気音だけでなく歯車の噛みあうようなガシャガシャという音もばらまく。そのガシャガシャが急に大きくなった。ブレーキもかけていないないのに急減速した。
(なぜ?)
ベルタは驚く。思い切りスロットルを開けているのに。
あわててドゥカティの各所をチェック。気づいた。カウルの中から、メーターの下から白い蒸気が噴出している。メーターパネルを見ると水温警告灯が真っ赤に点灯していた。
ラジエータが損傷したのだ。流れ弾を食らっていたのだろうか。
上半身をバイクからずらしてカウルの中に手を突っこむ。手探りでラジエータのホースをつかむ。ホースの穴部分を探して指でつかむ。
だが遅かった。尻の下のエンジンが「ガンッ!」と何かの砕け散る音を立てる。焼きついた。冷却不足で完全に故障したのだ。後輪が即座に回転を止める。路面をすべる。蹴飛ばされたような衝撃がバイク全体を揺さぶる。一気にバランスが崩れる。
ベルタは覚悟を決め、左に滑り降りる。ジャッ、ブーツの裏が時速百キロオーバーで路面と接触して煙を上げる。なんとか転等せずにバランスを保って路面をすべり、
バイクを持ち上げ、背後に迫るアントンへと投げつけた。
たちまち火線が集中する。真っ赤なカウリングが粉砕される。前後のタイヤが別々の方向に吹っ飛んでゆく。とどめにタンクが潰れて火を噴く。
ドゥカティは火球と化してアントンへと飛んでゆく。
一瞬隙ができるはずだ、そのスキを狙って撃つ、そう思った。背中のリュックに左手を突っこんだその瞬間。火球を通り抜けて飛んできた機関銃弾がベルタの腕を貫いた。
右手に二発。
(うかつだった!)
(視界がさえぎられるのはこっちも同じだったのに!)
逃げるべきだったのだ。
しかし後悔してももう遅い。右腕の骨がビスケットのように砕かれる音、筋肉が寸断される音が、頭蓋骨の中にまで体を伝って音が響き渡った。ほんの一瞬遅れて激痛がやってきた。
「……っ!」
口が半開きになった。絶叫をあげることすらできない痛み。体が強制的に痙攣する。
その場に倒れこんでしまった。時速百キロで路面を滑っていたのに。尻もちをつき、体が路面に倒れる。頭がアスファルトに激突し、視界に火花が飛び散る。後ろに何度も何度も転がった。抜けるような青空と黒いアスファルトが超高速で交代した。転がりながら跳ねた。いつのまにか芝生に飛びこんだ。芝生に入ってもベルタは転がり続ける。草が粉砕される臭いが鼻の穴いっぱいに充満する。
やっと止まった。仰向けの姿勢だ。視界は真っ青な空と、眩しい太陽に占領されている。何本かの白い排気塔が視界の隅に見えた。
しびれる手足にむちうって、半身を起こす。
そこに野太い排気音をあげて黒い影が突進してきた。
V-MAXだ。巨大なバイクがベルタの体を縦に踏みつけた。
乗っているアントンを含め四百キロに及ぶ重圧が足から腹、胸、顔面を通り過ぎてゆく。
びぎゅうっ。ぐべりっ。
胃袋が踏み潰され、内臓の配置が入れ替わる不気味な音。いままでの人生で味わった最大の嘔吐感。胸のメッシュジャケットが巨大タイヤの空転で引き裂かれてスポーツブラが完全に露出、肺の中の空気が残らず押し出され、肋骨がきしんだ。顔の幅ほどもある極太のタイヤが顔面を踏みにじりホイルスピンしながら通過する。鼻の奥でツンと金属の味。鼻血だ。
V-MAXは通り過ぎていった。銃声も聞こえない。弾が切れたのだろうか。それとも銃身が熱くなりすぎたのか。
ほっとする時間は与えられなかった。
次の瞬間、巨体が降ってくる。
アントンの真っ黒い体がベルタに飛び乗ってきた。恐怖を覚えてもがく。逃げようとする。手を地面について這いずる。
無駄だった。
アントンが馬乗りになってきた。ベルタの腰よりも太い太腿ががっちりと胴体を挟みこんでいる。片手でベルタの喉を押さえつける。ギャラルホルン封じだろう。天高く輝く真夏の太陽をバックに、どす黒いシルエットとなって自分を押しつぶす大男。本能的な恐怖を覚えた。二メートルのアントンが自分の二倍三倍にも思えた。
「オラッー!」
アントンは絶叫し、鉄拳を振り下ろしてくる。
最初の一撃が頬に当たった。後頭部が地面に叩きつけられる。口の中で歯が砕ける。十回、二十回、五十回百回。重機関銃のように、削岩機のように連続した打撃が振ってくる。ベルタは身をよじって拳を避けようとした。だができない。そんな一瞬の合間すら与えられない。
鼻が潰れた。鉄の棒を顔面に突き立てられたような痛み。鉄の味と臭いが鼻腔で炸裂した。前歯がへし折れて飛び散った。口の中の柔らかい肉が裂けた。血の味が舌の上に広がった。殴られるたびに視界を火花が覆い、意識が途切れる。
「オラオラオラーッ!」
すぐ数十センチ頭上から浴びせられるアントンの叫び。
途切れ途切れの時間の中でベルタは考える、逆転の方策を。
(どうしよう。反撃できない)
ズガッ
(いまは殴ってるけど)
ズガッ
(本気で殺す気になったら)
ズガッ
(無抵抗で殺されちゃう)
ズガッ
(でも体の自由がきかない)
ズガッ
(頭も、ぼやけて)
すでに顔が腫れあがっているのか、目も半分開かなくなっていた。口の中いっぱいに破砕された歯と生暖かい血がたまって、息をするたびにゴボリと音を立てた。
殴られているのは顔だけなのに、手足の感覚もなくなってきた。切断された腕の痛みすら感じなくなっていた。ものがよく考えられなくなってきた。
自分はなんでこんなところで殴られているのか。
自分は誰なのか。
よく思い出せなかった。
戦術支援電子脳が『意識レベル700に低下、危険』と警告してくる。
体の力が抜ける。まぶたが閉じる。
薄れてゆく意識の中、たったひとつの言葉が再生された。
『べるたさん かなしまないで』
意識を電光がつらぬいた。祐樹と過ごした楽しい思い出が、祐樹を傷つけてしまったときの悔恨が、祐樹に許されたときの衝撃が、一瞬のうちに脳裏を駆ける。
自分が何者なのか、なぜここにいるのか思い出した。
もちろん、なにをするべきかも。
(約束を守ると、わたしは誓った!)
腫れ上がった目蓋を押し上げ、強引に目を開く。真っ黒いアントンの拳が、いままさに上へと振り上げらていた。
その瞬間、ベルタは口の中の歯を吹いて飛ばした。歯は秒速二百メートル、火縄銃の弾丸ほどの速度でアントンの眼に突き刺さった。
「うがあ!」
アントンは絶叫をあげた。グローブのような巨大な手で両目を覆った。指と指の間から血と涙がこぼれ落ちる。眼球の白い破片も混じっている。
「オレの眼がっ」
体を締め付ける力が緩んだ。ベルタは全身のバネをふりしぼって跳ね起きる。アントンの巨体を天高く吹き飛ばす。
体をひねって左手をついて起き上がり、片足だけで跳ねて、近くに止めてあったアントンのV-MAXにまたがった。あまりに巨大なバイクでブレーキペダルに脚がとどかない。しかもいまのベルタは右の肘から先を失っている。バイクに乗れる体ではなかった。
(たかが腕一本!)
左手を伸ばして右グリップをつかみ、スロットルを全開した。エンジンが咆哮、V-MAXは前輪を持ち上げて突進した。
猛烈な加速で逃げる。管理棟の裏に回りこもうとする。
背後でダガガと機関銃の発射音が轟く。
バックミラーを確認する時間が惜しかった。背中を駆ける『ムズムズ感』、電磁感覚に頼ってバイクを左へと引き倒す。
「ぐっ」
驚いてうめいた。重い。傾かない。曲がらない。ドゥカティとは比較にならないほど重く、反応の鈍いバイクだった。なんとかねじり倒して曲げた。
よけきれなかった。ベルタの右肩を銃弾がかすめる。灼熱の感覚と激痛が襲ってきた。鮮血が噴き出し、ぼろきれとなって上半身に絡み付いていたメッシュジャケットを真っ赤に染める。
「ぐっ……」
うめき声をもらす。戦術支援電子脳が損害を報告してくる。
『右肩部に損傷、関節粉砕、上腕二等筋断裂。関節機能70パーセント喪失』
「右でよかった、どうせ腕はもうないから!」
もちろん強がりだ。痛い。泣きたい。だが涙が出なかった。なぜか自分の顔には笑顔が張りついていた。
すでに89式小銃もカール・グスタフも失った。右腕もない。それなのに絶望する気になれない。痛みを吹き飛ばすエネルギーが体の底からわきあがってくる。
頭の回転も止まらない。
(逃げているだけではダメ)
(なんとか反撃を)
(カール・グスタフでも避けられるのに……)
(右手のない状態でも撃てる武器が……)
はっ。息を呑む。目を見開いた。
(そうだ、武器ならある)
(避けようのない武器が!)
ベルタは肩口から垂れ流される血を気もせずに走った。V-MAXを大きくカーブさせる。背後で弾ける銃声が遠のいていった。アントンは乗り物なし、自力で走っている。バイクの速度に追いつけないのだ。
目指すは、三号炉。この敷地の一番奥にある原子炉。
カエサルの倒れている場所だ。
三号炉が見えてきた。近くの路上に、カエサルが先ほどと全く同じ姿勢で倒れていた。
V-MAXを止め、カエサルに駆け寄る。
「ボ、ボクをどうする気だ。殺すのか!?」
ベルタが粉砕した肩と膝はまだ治っていないらしく、芋虫のように這いずって逃げようとする。白い整った顔が、隠し切れない恐怖に引きつっていた。
「そんなことはしません」
ベルタはそう言って、カエサルの手を見る。軍服は血まみれだが、右手の手首から先には一発の銃弾も当たっていないことを確認する。
(いける!)
カエサルの腰のナイフホルダーからコンバットナイフを取り出す。
片手で鞘を外すのは少し苦労した。
「あなたの腕をもらいます!」
「なっ……」
絶句するカエサル。体をよじって暴れる。
「おとなしくしてください、時間がないんです!」
片腕で取り押さえるのは難しかった。体の上にしゃがみこんで押さえつける。
ナイフを当て、カエサルの右腕を肘のところで切り落とす。
あとは自分の腕だ。
すでに自分の右腕は千切れているが、切断面がギザギザすぎる。
『つなげる』ためには、もっと滑らかでないと。
自分の右腕の傷口のナイフを当てる。真ん中の飛び出した白い骨、その周囲に垂れ下がっている腱を削り落とす。痛みのあまり脳の奥でツウンと音がする。
(これでいいはずだ)
はあ、と息をつく。
「見つけたぞこのやろおお!」
アントンの怒声が背後で弾ける。とっさにベルタは身を伏せる。カエサルの腕を抱えたまま路上を転がってゆく。視界の片隅で、V-MAXが銃弾を浴びて空き缶のようにひしゃげて火を噴く。炎に包まれる。
一瞬、銃声が途切れた。「くそっ」アントンの怒声が聞こえてくる。きっと銃弾が切れたのだろう。
(いまだ)
ベルタは自分の腕の切断面にカエサルの腕を押し当てた。
(つながれ! つながれ!)
祈りにこたえたか、組織が高速で再生を開始する。うごめいて融合してゆく。
頭の中に戦術支援電子脳の警告メッセージが響く。
『警告。警告。この特殊兵装を制御するソフトウェアが搭載されていません。発射時に暴発する危険があります』
無視する。まったく異なる二つの組織が融合することにより強烈な痛みが生じる。免疫反応だ。額に幾筋もの汗がながれる。汗が目に入って青い空がにじむ。
手を開く。動いた。ちゃんと神経がつながった。
身を起こす。
まさに目の前、数メートルの距離に、両腕を伸ばして突進してくるアントンの姿!
取っ組み合いになったら今度こそ殺される。
「くたばれぇ!」
アントンが吼える。ベルタが右腕を突き出す。
「グングニル、最大出力!」
右腕がグロテスクなほど膨れ上がり、その表面に稲妻が走り、掌からまばゆいばかりの閃光がほとばしる。組織が耐え切れず、肉汁を噴出して自壊する。
アントンの突進は力強く、速かった。
しかしレーザーはアントンより千万倍速く空中を駆けた。彼が一ミリも動かないうちにレーザーが右目に突き立つ。装甲に覆われていない柔らかい眼球を蒸発させ、頭蓋骨内部に飛び込んで何度も何度も反射を繰り返し、脳組織のことごとくを焼き尽くす。
沸騰する脳の圧力に耐え切れなくなって頭の上半分が吹っ飛んだ。目から上の頭蓋骨が断裂、天高く飛んでゆく。ピンク色の液化した脳髄が噴出、二メートルの高さまで吹き上がった。
同時にアントンの体を覆っていた装甲・ジークフリートも解除される。黒い液体となって流れ落ちた。頭の上半分が欠落した全裸の男がそこに立っていた。
ドウ、と音を立てて、前のめりに倒れる。
10
倒れたアントンに近寄った。
有機脳の演算リソースを聴覚に優先配分。心音と呼吸音を聴取。
心音なし。呼吸音なし。
死んでいる。
すでにベルタの右腕は炙られたプラスチック片のように萎縮している。残された左手を握り締めた。唇を引き結んで、アントンの無残な死体を見下ろす。
あれほど強大に見えたアントンだが、死体になってみるとまったく力強さを感じない。大きさすら半分に縮んでみえた。
重苦しい罪悪感がわきおこってくる。
メッシュジャケットを脱いで、アントンの亡骸にかぶせてやる。小さすぎて尻と背中を覆う事しかできなかった。
しゃがみこんで、アントンの腰のベルトから無線機を取る。
「……ドーラですか? わたしです。アントンとカエサルを倒しました。降伏しなさい」
11
管理棟の廊下をベルタは走っていた。
背中でリュックが揺れている。
あのあと、転がっていた武器を回収できるだけ回収した。アントンのM2ブローニングは弾切れで、カール・グスタフはひん曲がってもう撃てそうになかったが、89式小銃はなんとか使えそうなので肩に下げている。
耳に当てた通信機からはドーラの声がきこえてくる。
「あなたこそ降伏なさい、ベルタねえさま。わたくしに手も足も出なかったことをもうお忘れですの」
「でもあなたの兄たちを私は倒しましたよ? たったひとりで何ができるんです? いますぐ降伏してください。いま降伏すれば死刑にはならない可能性が……」
「はっ! ふざけるのもいい加減にしてください。いまさら善人ぶるのですか。死など恐れません。わたくしはフェルトヘルンハレの兵器ですから。最高傑作です」
まったくためらいのないドーラの言葉に、ベルタは舌打ちする。
(交渉の余地はないんですね)
やがて、中央制御室のある階にたどりついた。
廊下に職員が倒れている。鋭利な刃物で頚動脈を切断され、絶命している。
手を合わせて、脇を通り過ぎた。
中央制御室。そうプレートのかけられた部屋を見つけた。
十メートルばかり離れて立ち止まる。室内の状況を知りたくて、耳をすました。
壁を通してドーラの心臓の鼓動音が聞こえてくる。足音も聞こえてくる。足音の位置が室内を移動している。同じ場所をぐるぐる回っている。
間違いない、ドーラは不安を感じている。
通信機で、再び呼びかけた。
「あなた、わたしが恐いんでしょう?」
「なっ……」
驚愕と怒りの声が聞こえてくる。
同時に中央制御室のドアが爆発した。内側から銃撃で吹き飛ばされたのだ。ベルタはとっさに跳躍して銃弾の列を避ける。一瞬前までベルタの存在していた空間を多数の銃弾がなぎ払ってゆく。
足を天井に突き刺し、ぶら下がる。
89式小銃を管制室に向けようとして、やめた。中の機械を壊してしまったら原発を止められない。
ドーラの判断力はどの程度か? 冷静な判断力があるか?
きっとあるはずだ、最優秀だと自称するなら。
そう思ったベルタは、背中のリュックから金属の塊を取り出す。
鉛色で、金属で作られ、タプンと水音を立てる。
燃料タンクだ。アントンを倒した後、ベルタは駐車場に行って適当な自動車から燃料タンクを引きはがして持ってきたのだ。
燃料キャップを開けて、「ハッ」と超音波を照射する。とたんに燃料コックからガソリンが霧状になって噴出する。猛烈なガソリン臭が鼻に刺さる。タンクをドアの向こうに投げ込んだ。
とたんに銃声がやむ。
撃ったらガソリンに引火して爆発するからだ。
ベルタ、天井から飛び降り、勢いよく室内に駆けこむ。
軍服姿のドーラが飛びかかってくる。心臓を串刺しにしようとナイフを突き出してくる。
ベルタは軽々と跳躍した。足の下でナイフが銀光を放って空を切る。突き出したドーラの腕の上に着地し、そこを踏み台にして背後に飛び降りる。
「なっ!?」
まさか避けられるとは思っていなかったのだろう、ドーラは驚愕の声を上げて振り向く。
ベルタが反撃に転じた。89式小銃を棍棒代わりにして殴りかかる。ドーラは横に飛びのいて避けた。室内に並ぶ椅子の上に飛び乗った。ベルタは跳躍して追いかける。縦に、横に、斜めに振り下ろす。 ドーラはそのたびに跳躍してかわす。椅子の上、計器盤の埋め込まれた机の上、なんどもジャンプを繰り返す。二人は影となって室内を飛び回った。
しだいにドーラの動きが鈍ってきた。ジャンプのタイミングが一瞬遅れ、わき腹をベルタの銃がかすめる。軍服のわき腹部分が切断され、剥がれ落ちた。高速運動する銃が空気の刃を生み出したのだ。
ドーラはキックで反撃を試みた。
しかし中段の蹴りが銃で叩き落とされる。衝撃で銃がひん曲がったが、痛みでドーラの動きが一瞬だけ止まった。
「くっ」
そのときはもう遅かった。ベルタはドーラの長い金髪を左手でつかみ、逃げられないようにして「ギャラルホルン」を叩き込む。
「ハッ!」
至近距離で超音波のシャワーを浴び、ドーラは痙攣する。眼が血走って服が破ける。胸元がはじけて、量感たっぷりの乳房と乳房を包む白い質素なブラジャーがあらわになる。
大出力の超音波を浴びた場合、人間なら血管の中に無数の泡ができて即死する。外傷がまったくないのに死ぬのだ。強靭なドーラの肉体はなんとか耐えたようだ。しかし口の端から白い泡が漏れている。制御室の壁にもたれかかったまま動けないようだ。
「……なぜですの……このつよさ……きのうとはまるでちがう……」
端正なドーラの顔が驚愕で歪んでいた。
ベルタはドーラの視線を受け止めたままひるむことなく答える。
「なぜでしょうね?
でも、力がわいてくるんです。
わたしをおもってくれた、信じてくれた人がいるから。
わたしには闘う理由がある。
いままででいちばん、そう思ってます」
そのとたん、ドーラの眼に嘲りの光が走った。
「ほざきなさい!」
ドーラは叫ぶ。黄金の髪が燐光に覆われる。つかんだベルタの手の中で暴れだす。触手のように伸びて襲いかかってくる。
ベルタはとっさに手で髪の毛を払う。だが全部をさばききることができない。防げなかった数本が両目に入る。眼球の後ろに回りこんできた。バチンと視界を閃光が包む。そして暗黒。
『損傷報告。視神経に重欠損。視力ゼロ』
数百本単位の束が口と鼻から進入してくる。口の中をモゾモゾと髪の束がうごめき、舌をグルグル巻きに縛り上げる。喉の奥に侵入してくる。吐き気に身をよじった。次の瞬間、吐き気は激痛によってかき消された。喉が切り裂かれる。強引に声帯が髪の束によって押し開けられる。
『損傷報告。ギャラルホルン使用不能』
「ガハァッ」
ベルタは声を出そうとする。だが出たのはそんな声だけだ。
さらに一本が袖口から入ってくる。また一本がシャツと肌の間から進入しパンツの中に入りこんでくる。
体中の穴という穴を髪の毛が侵略していた。内側から肉体を破壊されていた。いまや痙攣するのはベルタのほうだった。全身の筋肉から力が抜ける。その場に膝をつく。股間からなにか温かいものが流れ出してパンツを汚してゆく。太ももをつたっていく。失禁したのか、それとも出血か。おそらく両方だろう。
暗闇の中でもがくベルタに、ドーラの声が叩きつけられる。
「……これがわたくしの特殊兵装、『格闘支援兵装ヨルムンガンド』ですわ。ねえさま、強くなったと思っていましたが……その甘さ、相変わらずですね。さっさとトドメを刺していれば勝てたものを」
くすくす、と笑う声が続いた。
ドーラが椅子につかまって身を起こす音がした。
目玉に侵入した髪の毛がますます奥へ進んでくる。
(脳をやる気!?)
(させない!)
暗闇の中で闘志を奮い起こし、ベルタは全身をさいなむ激痛をこらえた。手を顔のあたりに持ってくる。髪の毛の束を引っ張って抜く。髪の毛の力はそれほど強くなかった。股間や口に入った髪の毛も抜くことができた。しかし抜いても抜いても手の中で暴れまわり、また口や目に入りこもうとする。
もがいた。椅子につかまって立ち上がった。
「やりますわね。でも……その有様でどう闘う気ですの?」
そのとおりだ。いまの自分は視力すら失っている。ギャラルホルンももう撃てない。
しかしベルタは突進した。
(髪の毛の力が弱いことはわかった。わたしを傷つけることはできても止めることはできない!)
たちまち空気を裂いて四方八方から髪の毛が襲い来る。手足を髪の毛が縛る。もがいてちぎる。目玉にまだ突き立つ。知ったことか。無視する。脚を進める。突進。ただ突進。耳にも入りこんでくる。鼓膜に激痛が走る。破られた。だがどうでもいい。音は皮膚でわかる。
今ドーラがどこにいるか、それはまさにドーラの髪が教えてくれる。目も耳もいらない。
綱引きのように髪を引っ張った。同時に突進する。立ちふさがる全てを踏み砕いた。
何かが体に当たった。そのままタックルで押し倒す。机の上に押し倒す。
相手の髪の毛をつかんでいる。身動きを止めている。その状態で上にのしかかってパンチを叩きこんだ。腹に、顔に、大きく膨らんだ乳房に当たった。相手も腕を伸ばして抵抗してくる。ベルタの顔にドーラの指が食いこんだ。はらいのける。ナイフで腹を刺された。気にしない。
ベルタは至近距離からドーラに肘打ちを叩きこんだ。ちょうど顎の骨に当たった感触。ドーラは動かなくなった。
12
ベルタの目につき刺さってうごめいていた髪が、そのとたん動きをとめる。片手でつかんで一気に引き抜いた。ドーラの体が急にやわらかくなる。手を伸ばしてドーラの顔面を撫でさする。反応がない。呼吸はしているが、どうやら気絶したようだ。
立ち上がる。自分の顔を撫でた。指に血がまとわりついてくる。眼から下がすべて血涙に覆われているようだ。
(なんとか勝った……)
ほっと一息。すぐに自分の頬を叩いて気合を入れる。
(まだやることはたくさんある。武装解除、原発を止める)
ドーラの体の上にしゃがみこんだ。ナイフを腹から抜いて、髪の毛を根元から切り落とす。完全に武装解除しなければだめだ。
と、そのとき、ビリビリと床が震えた。
鼓膜は破れて聴力が低下している。だが今のは確かに『大きな音』がしたのだ。
(あの音は何!?)
ドーラの首根っこをつかんで揺さぶった。焦りのにじんだ声を叩きつけた。
「おきてください! 起きなさい! あの音は何?」
「くすくす…くすくす……」
ドーラが眼を覚ましたらしい。闇の中から笑い声が響いてくる。鈴が転がるような可憐な声だけに、嘲笑が際立つ。
「どういうことです! いいなさい」
「くすくす……いわなくてもわかるでしょう、ベルタ姉さん。あれは原子炉の配管が破裂する音ですよ。方角からして一号炉かしらね」
「なっ……」
「ばかなベルタ姉さん。わたくしを倒したくらいでいい気になって。とっくの昔にわたくしたちは原子炉を暴走させていたんですのよ」
「止める方法を教えなさい!」
そう叫びながらベルタは四方を見回す。もちろん見えるのは闇だけ。あたりのキーボードやスイッチで原子炉を制御できるはずだが、眼の見えないベルタはどうすることもできない。
「い・や・で・す・わ。誰が教えるもんですか。拷問したって無駄ですわよ。こうなった以上、みんなを道連れに死ぬつもりです。ああ。わくわくします。人間たちが放射線まみれになってひとりまたひとりと血ヘドを吐いて。くすくすっ」
ドーラの声は高揚感に満ちていた。潤んだ瞳を宙に向ける姿が容易に想像できた。
「というわけで、せいぜい絶望なさい!」
戦慄にふるえるベルタ。ここには五基もの原子炉がある。自分一人ではすべてを止めることなどできない!
13
(あきらめない!)
メルトダウンを何が何でも止めるつもりだった。
まず無線機を手さぐりで操り、外に訴えた。
『こちらベルタ、すでに原子炉は暴走! わたしが止めます、専門的な助言者をそろえてください!』
そして管理棟の外に出た。道を覚えていたとはいえ、手さぐりと音に頼っての移動はひどくまどろっこしかった。行きの二倍の時間をかけて外に出た。
すると入り口の前に人の気配があった。鼓動音と呼吸音、服の衣ずれ、銃器の接触する音。十人以上いる。
自衛隊たちだ。
「どうしたんですか、みなさん! 逃げてくれって言ったじゃないですか」
ベルタは非難の言葉を投げつける。即座に怒りの声が返ってきた。
「冗談じゃない! あんただけ戦わせて逃げるなんてできねえよ!」
「あんた、ひどい格好じゃないか」
布がベルタの顔に当てられた。誰かが顔の血をぬぐってくれている。
「よ、よけいなことはしないでください」
「あんた、もしかして眼が見えないのか?」
「はい、不覚をとりました。でもメルトダウンはわたしが止めます」
誰かにがっしと両肩をつかまれた。息がかかるほどの距離で声が叩きつけられた。
「……悲しいこといわねえでくれよ……俺たちにも手伝わせてくれよ」
「しかし、原子炉の中は放射線が……」
「わかってる、わかってるよ。死んだっていいんだよ。……俺はあのデカブツが攻めてきたとき、部下を殺されても何もできず震えてるだけだったんだよ……腰抜けだったんだよ……腰抜けのままじゃいたくねえんだよ」
ベルタはようやく、この男が誰なのか気づいた。警察部隊を率いていた隊長だ。
「せめて放射線防護服が来てから」
「そんなの待ってる暇はないんだよ、原子炉は五基もあるし数が足りないんだよ。わかってるだろ?」
ベルタ、沈黙した。
「……わかりました。ではみなさん、わたしの血を吸ってください」
ナイフを抜いて両方の手首を切り裂く。血が流れ出す。手首をそろえて突き出した。
「ど、どういうことだよ?」
「わたしの血を吸い、肉を食らえば、肉体が変異して強い生命力が得られます。放射線を防ぐことはできませんが、死ぬまでの時間を伸ばすことはできるでしょう」
言ったとたん、両の手首に歯の立てられる感触。
(一瞬の躊躇もなく、わたしの血をすってくれる)
(化け物って言われた、このわたしを)
ベルタの心に不思議な感慨がひろがった。いまこの場にいるものたちは、間違いなく一体の存在、仲間だった。
広がった感慨は静かな喜びになった。いまや心に焦りはない。かならずできる、という安心感がある。
「やりますよ、みんな!」
「ああ!」
14
ベルタは扉を開けた。蒸気渦巻く場所に踏みこんだ。
プシュウ、プシュウと蒸気の噴く音がする。何十箇所から聞こえてくる。
たちまち熱風が全身を包む。皮膚と髪が二百度を超える熱さにあぶられる。
頭の中で戦術支援電子脳が冷たい声で警告する。
『警告。体表温度210 筋温度40 緊急冷却を要す』
超高温の蒸気を浴びて、上半身のブラジャーが、下半身のレザーパンツが燃えあがる。すぐに脱ぎ捨てた。
『警告。対応限界を大幅に上回る放射線被爆』
『三十秒以内に退避せよ』
もちろん退避するつもりなどない。生きて帰れないことは覚悟している。
いまのベルタに視力はない。聴力で「プシュ!」の反響を捕らえる。頭の中に立体図を描き出す。今いる部屋は幅十メートル高さ三十メートルの箱型。真中に巨大な金属の塊。
べルタは足場から飛び降りた。圧力容器の直径は六メートル高さ二十五メートル。蒸気の渦の中に体を躍らせ、圧力容器の一番下まで落下する。
体をかがめて圧力容器の下にもぐりこむ。容器の底は身長の五倍はあろうかという金属の曲面で、黒い金属の棒が何本も生えていた。制御棒の駆動装置だ。細い手で棒をつかんだ。
筋出力最大。握力八百五十キロ、背筋力七千二百キロ。ありったけの力で棒を握りしめて引きちぎり、へし折った。投げ捨てる。二度、三度と繰り返す。
すべての油圧装置を排除した。あとには、一回り細い棒が残った。圧力容器の底に生える二十四本の棒。これが制御棒だ。この棒をのこらず炉心に突っ込めば反応は止まる。
『警告。筋温度、血液温度上昇。四十五度突破。ただちに退避せよ』
『生命維持限界を突破。筋肉凝固開始。ただちに退避せよ』
脳の中で響く声を無視して、制御棒の一本を握る。
ジュウウ!
ベルタの掌が焦げる。制御棒は炉心の熱を吸収し、赤熱していた。
(この程度、なんだ!)
痛みをこらえて押しこんだ。動かない。
(熱で変形してる。溶けて、容器に貼りついている!)
容器の底面にしがみつき、全力で押しこんだ。なんとか入った。一番奥まで入れる。一本、また一本。
だが、三本目を挿入したところで爆音が轟く。圧力容器の上部で爆発が起こった。いままでの数倍する熱気が押し寄せてきた。皮膚という皮膚が焼けただれた。
『警告。筋温度、血液温度上昇。五十度』
『警告。放射線による代謝障害が活動限界を突破』
『警告』『警告』
頭の中に連続して何十もの警報が鳴り響く。その全てを無視し、掌の触覚だけに意識を集中して、制御棒を押し込み続けた。五本、十本。もう意識も朦朧としている。最後の一本、どうしても動かない。筋肉繊維が過熱して力を発揮できなくなっているのだ。
『ベルタさん』
祐樹の声が脳裏に響いた。
『もう、ベルタさんは頑張ったじゃないか。もういいよ、もう休んでいいよ』
柔らかく優しい声。だがその言葉をきいてベルタの胸の中で焔が燃え上がった。
(だめです。もうひとがんばり。だって、約束したから)
『もういいじゃないか。死ぬほど頑張ってるのに』
(だめ。……いまわたしは、やっと、ひとりじゃないって思ってるから。ずっとずっと求めてきたものがここにあるから。だから……)
すでにベルタの筋肉と血液は凝固温度に達していた。動けるはずがなかった。だが奇跡がおこった。腕が痙攣しながら動き、最後の制御棒を炉心深くに叩きこんだ。
すでに五感はきかなくなっている。結果がどうなったのかは分からない。
全身から力が抜ける。意識が遠のいていった。
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