3.待ち人~すれ違い3~

 二人はとても仲が良く、交際は順調だったという。そんな二人が別れるきっかけになったのは――出会いのきっかけにもなった、転勤だった。


「三年後、私はまた違う土地に転勤することになりました。百合子との結婚を考えていた私は“一緒についてきてほしい”とプロポーズしましたが、彼女は“この土地から離れたくない”という強い意志がありました。百合子はこの土地……商店街を愛していました。親と離れたくない、とも言ってましたね。私は私で、当時は出世欲が強かったので、転勤を取りやめることも、仕事をやめることもしませんでした」



 二人とも主張を曲げることができず、結果として、別れを選んでしまったそうだ。つまり、嫌いで別れたわけではないということだ。大人になると、好きという想いだけでは一緒にいられないんだと知った。恋愛って難しいのだとしみじみ思う。


「結局、私は別の女性と結婚したけれど、長くは続かなかった。心のどこかで、百合子への想いが残ったままだったのがいけなかったのでしょうか。彼女との間に子供はいなかったし、現在までずっと独身だったので、まさか自分に子供がいるだなんて夢にも思いませんでした」



さゆりさんのお父さんは小さくため息をつくと、さらに話を続けた。



「実は……ずっと後悔していたんです。あのとき、仕事ではなく彼女を選んでいれば、今ごろは幸せな家庭を築くことができたのかって。そして今日、またひとつ後悔が増えました。もっと早くここに来ていれば、もう一度百合子に会うことができたというのに。娘の成長を見守ることができたのに」


「そういえば、お客さんは、引っ越してから一度も店に来ていないんですよね? どうして今日、来ようと思ったんですか?」


「実は、会社が早期退職を募集していましてね。それがきっかけで、自分の人生を振り返っていたときに……改めて思ったのです。一番楽しかった時期は、この場所で、百合子と一緒にいた頃だったとね。頭のなかで思い出をたどるうちに、百合子の顔が見たくなって、ここまで来てしまったというわけです」



 すれ違い、という言葉が頭に思い浮かんだ。さゆりさんのお母さんは別れてからもずっと、お父さんのことを想い続けていた。いつかまた会いたい、その一心でこの喫茶店を守り続けたのだ。さゆりさんのお父さんは、一度は別の人との人生を歩んだけれど、心の片隅で彼女を想い続けていた。


 どちらかが相手に合わせていたら、もっと早く再会していれば、三人は幸せに暮らせたのかもしれない。そう考えると歯がゆくて、やるせなくなった。


 第三者の俺がこんな気持ちになるのだろう、お父さんとさゆりさんはもっと辛いと思う。



「さゆりさん、私のせいでいろいろと苦労をかけて、申し訳なかったね。片親の家庭で育って、大変なことも多かったでしょう?」


「いえ、私は……私とお母さんは、お父さんが考えているよりもずっと幸せでしたよ。今は田舎で老後生活を送っていますけど、子供の時は祖父母と一緒に暮らしていましたし、商店街の皆さんが支えてくださいました。さっきお店にいたお三方も、本当の娘のようにきにかけてくださいました」


「あの三人は、百合子の幼馴染みですよね。お互い歳をとったし、数十年ぶりだったので最初はわからなかったですけど。私をにらむあの顔で思い出しました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る