3.待ち人~すれ違い2~

「ブレンドコーヒー、お待たせいたしました」

「ありがとうございます」


 まず、お客さんがコーヒーに口をつけた。続いてさゆりさんも「いただきます」といってカップを手に取る。


「……じゃあ、俺も帰りますね。看板はクローズにしておきます」


 おっさんの言う通り、邪魔者は退散すべきだと思った俺は、エプロンをはずして帰ろうとした。


「冬馬くん、まってください」

「え?」


 さゆりさんはカップをソーサーに置いて立ち上がる。慌てた様子だ。


「よかったら、一緒にいてくれませんか? 私、いまとても動揺していて……とても閉店作業ができる精神状態じゃないというか……その」


 目を潤ませて必死にお願いするさゆりさんは強烈に可愛くて、俺の心は今日も鷲掴みにされた。そして何より、好きな女性に頼られる喜びといったら! 


「わかりました」


 俺はエプロンから手を離し、そのままカウンター内にとどまることにした。うれしい気持ちをおさえ、できるだけ冷静によそおわなくては。相変わらず沈黙し続ける二人。何からどう話したらいいのかわからない、という風に見えた。

 ……ここは、この場にいることを許された俺が、一肌脱ぐしかない。きっとさゆりさんは、俺に二人の仲をとりもってほしいから引き留めたんだろうし。


「えっと、さゆりさんはどうして、お客さんがお父さんだとわかったんですか?」

「母によく、父の写真を見せてもらっていたんです。家に母の写真とともに飾ってあるので、すぐにわかりました」

「百合子は、君に……私の話をしていたのか?」


 久しぶりにお父さんが口を開いた。よし、いい感じだ。


「ええ。お父さんが“本村優司(もとむらゆうじ)”という名前で、転勤でこのあたりに引っ越してきたときに知り合ったと聞きました」

「たしかに私の名前です。本当に君は……さゆりさんは、私の娘なんだね」

「はい」

「そうか……いや、嘘だなんて微塵も思っていないのだが……実感が沸かないんだ。自分の知らないところで、二人に苦労をかけていたことも信じられなくてね。彼から聞いたけれど、百合子が亡くなったということもまだ実感がないんだ」



 さゆりさんのお父さんはうなだれるように額に手をあてている。衝撃の事実を立て続けに知ってしまったら、倒れそうになるのも無理はない。

 かつて好きだった人が亡くなっていて、次に彼女と瓜二つの女性が目の前に現れて、なんと彼女は自分の娘だっただなんて展開、ドラマでもなかなかなさそうだもん。


「お母さんは、もう一度お父さんに会いたかったのだと思います。このお店をずっと続けていたのは、お父さんと出会った場所だったから。お父さんがもう一度訪ねてくれるんじゃないかと願っていたからです」

「そうか。彼女は離れていても、私のことを想ってくれていたんだね。私がもっと早く、勇気を出していれば会えたのに……。本当に、後悔することばかりだな」


 お父さんは目頭を押さえながら、絞り出すように声を出した。


「少しだけ、昔話をしてもいいだろうか」

「……はい」


 お父さんは一拍置いてから、百合子さんとの出会いと、別れたいきさつについて語り始めた。



「私は仕事の都合でこの土地に引っ越してきて、何気なくこのお店に入って、百合子と出会いました。彼女は美しくて明るくて、気立てのよい女性で、恋に落ちるのに時間はかからなかった。告白してOKをもらったときは年甲斐もなく跳び跳ねてしまうほど嬉しかったです」




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