3.待ち人~すれ違い1~
「ただいま戻りました」
さゆりさんが店に入った瞬間、ジジィトリオが一斉に集まってきた。なかなかの迫力だ。
「さゆりちゃん! さっき、多分だけど、さゆりちゃんのお父さんがお店に来てたよ」
「あの憎たらしい顔は誰だったかって、いまようやく思い出したところだ」
「もういなくなってしまったかもしれませんが、早く追いかけたほうが……って、その必要はなさそうですね」
石川さんは、後から入ってきた俺とお父さんの姿を見てほっとしたようだった。でも、すぐに表情を曇らせてしまう。鈴木のおっさんはあからさまににらんでいて、溝口さんは寂し気に笑っていた。
ジジイトリオがこんな反応をするってことは、やっぱり本物のお父さんなんだ……。
「……どうやら私は、帰ったほうがよさそうですね」
カウンター席に座っていた竹内さんは、テーブルにお会計を置いて立ち上がった。ライバルだけど、場の空気を読めるいい男だと思った。どうしてさゆりさんに嫌われていることに気づかないのだろう。不思議で仕方ない。
「竹内さん、せっかくお越しいただいたのに……ごめんなさい」
珍しくさゆりさんが、竹内さんに素直に接している。
「いえ、私はあなたを一目見れただけで十分ですから。……では、またきます」
竹内さんはウィンクをしてみせると、颯爽と店から去っていった。
ウィンクは完全に余計だろう。イラッとする。
「……ワシらも帰るか」
「えっ、おっさんたちも帰っちゃうの?」
「ここは親子水入らずで話すべきだろう。それに、こいつの顔を見ていると、殴りたくて仕方なくなるんじゃ」
「おっさん……」
ぶつぶつと文句を言いながら、鈴木のおっさんも店を出て行った。
「僕らも帰るね」
「また来ます」
溝口さんと石川さんもおっさんに続いた。さゆりさんのお父さんは居心地が悪そうに店の端っこに立っていた。さゆりさんは切なげに店のドアを見つめている。ジジイトリオにとってさゆりさんのお父さんは、マドンナを奪って苦労人にさせた存在で、許せないのだろう。
さゆりさんが会いたがっていたと知っていても、感情を隠せないのは、百合子さん親子を大切に思っているからこその気持ちだと思う。
「お客さん、とりあえずカウンター席に座って下さい」
とりあえず俺は、お客さんをカウンター席に座らせることにした。カウンター席に置きっぱなしのコーヒーカップと、茶色に染まったふきんを片づける。
「やっぱり、ブレンドコーヒーを淹れ直しますね」
「ありがとう」
「……さゆりさんも、コーヒーでいいですか? 」
「あ、はい、ありがとうございます」
「じゃあ、お客さんの隣に座って待っていてください」
俺はさゆりさんから荷物を受け取り、彼女のために椅子を引いてあげた。さゆりさんは言われるがままに腰をおろし、ずっとうつむいていた。いつもなら率先して接客するけど、いまはなにも考えられない様子だ。
突然父親が目の前に現れたんだ、動揺するに決まっているか。生まれたときからずっと両親と一緒に暮らしている俺には、わかってあげられないんだろうな。あれ、でも、さゆりさんはどうしてすぐにお客さんが父親だと分かったのだろう。子供の勘ってやつか?
不思議だなと思いながら、食材をしまって、サイフォンの準備をした。コーヒーの芳醇な香りが、この重い空気を和らげてくれたらいいなと願いながら手を動かす。
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