3.待ち人~秋の訪れ5~
「お客さん、ちょっと待ってください!」
「……君は、さっきの。どうしました? 私、忘れ物でもしていたかな」
「違うんです。あの、一つ聞きたいことがあって」
「聞きたいこと? なんでしょう?」
お客さんは、優しい瞳で俺を見つめている。その瞳を見つめ返した瞬間、このお客さんが……さゆりさんに見えたような気がした。
「あの、お客さんは、百合子さんと――」
「――冬馬くん、どうしたんですか?」
“付き合っていたんですか”と尋ねようとしたとき、背後から声をかけられた。
聞いただけで癒される、鈴の音のように綺麗な声。
「さゆりさん!」
振り向くと、買い物袋をもったさゆりさんが心配そうな顔をしていた。
「歩いていたら、冬馬くんがお店から飛び出すところを見かけたんです。何かあったのかって追いかけてきたんですよ。あら? そちらの方は?」
さゆりさんは俺からお客さんに視線を移した。
「えっ……」
お客さんと顔を合わせた瞬間、さゆりさんの手から買い物袋がするりと落ちた。かぼちゃやサツマイモが床に転がっていく。
「ちょっと、大丈夫ですか? さゆ――」
「――百合子?」
お客さんは、さゆりさんを見てひどく驚いているようだった。
「私は幻を見ているのか? いや、でも……」と、混乱している様子。
それほどまでに、さゆりさんと百合子さんは似ているらしい。それより、お客さんは百合子さんを呼び捨てにしてた。やっぱり、二人は……。
「私は、宮野百合子の娘です」
「娘……?」
「そして、多分、ですけど……あなたの娘、だと思います」
「わたし、の?」
さゆりさんの話を聞いたお客さんは、まるで氷のように固まってしまった。放心状態とはこういう状態のことを言うのだろうか。ずっと一点を見つめて、口は半開きの状態になっている。
「私と百合子の……娘だって? まさか、そんな……」
お客さんの身体がよろけそうになった。驚いて、全身に力が入らなくなってしまったのだろうか。
「あぶない!」
俺は慌ててお客さんの身体を支えた。
「ああ、ありがとう、いろいろと迷惑をかけてすみません」
「いえ、たいしたことではないです。それより、少しお店で休んでいきませんか? このままの状態で出歩くと危ないっすよ。さゆりさんもそう思いますよね?」
「え、ええ。そうね。それがいいと思います。……その前に、拾わなくちゃ」
さゆりさんはしゃがみこむと、床に転がっていた野菜を拾いはじめた。俺はお客さんを支えているから、彼女を手伝うことはできずに、全部拾い終わるのを見守っていた。
「お待たせしてすみません。それでは、いきましょうか」
「はい」
俺とさゆりさんはお客さん……さゆりさんのお父さんを連れて、喫茶店へと戻った。
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