3.待ち人~秋の訪れ4~
「おきになさらず。それより、服が汚れてしまっているのでこれで拭いてください」
「本当だ、ありがとう」
お客さんはよほどショックだったのか、自分の服が汚れていることさえも気づいていないようだった。
「ブレンドコーヒー、すぐに淹れ直しますね」と言ってカウンターに戻ろうとすると、お客さんは立ち上がって、「いえ、私はもう帰るので、このままお会計をお願いします」と悲し気に呟いた。
こういうとき、さゆりさんだったらどうするんだろう。元気が出るように、何か食べさせようとするのかな。少なくとも、お客さんからお金を取らないような気がする。
「お会計は、ほとんど飲まれてませんし、大丈夫ですよ」
勝手に判断してしまったけど、多分間違ってはないと思った。
「……なんだか、いろいろとすみません。どうもありがとう」
入口まで向かうお客さんはふらふらしていて、どこかで倒れてしまうんじゃないかと思った。このままこの人を帰らせて大丈夫なのかと不安になる。
でも、彼は帰りたいと言っているし、引き留めるのも微妙だよな。
どうするべきか迷ったけど、結局俺は、寂し気な背中をただ見つめることしかできなかった。彼が外に出ようとドアノブに手を触れようとしたとき、タイミング悪く外側からドアが開いた。
「おお、びっくりした」
やってきたのは、いつものジジイ三人衆。そういえば、そろそろ三人が来る頃だった。まず店に入ってきたのは鈴木のおっさんで、おっさんが開けたドアにお客さんがぶつかりそうになった。
「すまんかったな」
「いえ……」
鈴木のおっさんはお客さんに軽く謝ると、お客さんも軽く会釈をして店を後にした。ジジイトリオはいつものテーブル席に向かう。
「ねえ、さっきの人……どこかで見たことある気がしない?」
椅子に座りながら、溝口さんが二人に問いかけた。
「ワシもそう思っとった。なんていうか、とてつもなく腹立つ顔をしとったな」
「私もです。嫌いな人に似ているような、でもその人が誰だか思いつかないですねえ」
「みんなが、嫌いな人に似ているって……?」
“突然現れた男に持っていかれたときのショックは相当なものでした”
ふと、石川さんの言葉を思い出した。あの人にとって百合子さんは、恐らくとても大切な人だった。死んだと聞かされて、思わず泣いてしまうほどに。そして、三十年前くらいにこのあたりに住んでいたらしい。それはつまり、今は違う場所に住んでいるということ。
さらに、ジジイトリオが見覚えのある人物で、三人とも嫌悪感を抱いている……。
この情報をまとめてみると、ある一つの答えが導き出される。あってるか自信がないけど、少なくともあのお客さんは、このまま返すべきじゃなかったんじゃ?
うまく考えがまとまらないなかでも、直感的にそう思った。
「おっさんたち、ちょっとだけ留守番頼みます!」
「えっ、僕たちが……?」
「すぐ戻るんで!」
俺はジジィトリオに店を頼むと、エプロンも外さないまま店の外に出た。右を見て、左を見て、また右を見て、あのお客さんの姿を探す。
「いた、あそこだ!」
彼の背中目がけて全速力で追いかける。お客さんはゆっくり歩いていたので、あっという間に追いついた。
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