3.待ち人~秋の訪れ1~

 九月も半ばになり、太陽の厳しい日差しもずいぶん和らいできた。学校が始まってからは、毎日喫茶リリィに行くことはできなくなってしまった。今は、平日は週に三日ほど放課後に、土日は朝から行くという生活をしている。夏休み前の生活に戻っただけなんだけど、あの生活に慣れていた分寂しさもひとしおだ。


 夏休み前と比べて違うこともある。それは、ドリンクメニューを作れるようになったということだ。バイトの合間にさゆりさんから作り方を教わって、なんとか一通りマスターできている。一番難しいとされるサイフォンの使い方もばっちりだ。


 さゆりさんは、より俺を頼りにしてくれるようになり、留守番を任される回数も増えた。サイフォンを使えるようになったし、少しは男として見てもらえるようになったかなと、ほんのり期待している。



「冬馬くん、それでは買い出しにいってきますね」

「了解です。気をつけていってきてくださいね」


 ある土曜日の午後、お客さんが誰もいなくなったタイミングで、さゆりさんは秋の新メニュー試作のための買い出しにでかけていった。旬の素材を使ったフードやスイーツメニューを考えるらしい。


 きのこやかぼちゃ、さつまいも、そして栗なんかを使ったものを考えているとか。和食が好きな鈴木のおっさんのために、さんまを使った料理なんかも考えていそうだ。キッチンで魚をさばくようになったら、とうとう喫茶店というくくりを超えてしまう気がする。まあそれも喫茶リリィらしくていいかもしれない。


 留守番中の俺は、お客さんがいない間にテーブルを拭いたり、インテリアの埃をとったりと掃除をはじめる。きれい好きなさゆりさんの影響なのか、時間があくと掃除をする癖がついてしまった。といいつつ、自分の部屋はかわらず散らかっているけど。さゆりさんが見たらドン引きするレベルだろう。



 ある程度掃除が終わったタイミングで、扉の開く音がした。まださゆりさんが帰ってくるには早いタイミングだから、お客さんがきたのだと推測する。営業スマイルを作って待っていると、やってきたのはIT系会社社長の竹内さんだった。



「いらっしゃいませ」

「やあ、アルバイトくん、こんにちは。……あれ? さゆりさんはいないのかい?」

「今は買い出しに出掛けていて、すぐに帰ってくると思いますよ」

「そうか。それでは彼女に会えるまで待っていることにするよ」


竹内さんはカウンターの一番端の席に座り、いつものように長い足をくんでみせた。わざとなのか、無意識なのかはわからないし、別に興味もない。



「今日もアメリカンでいいっすか?」

「まさか、君、覚えてくれているのかい?」


 竹内さんは目を丸くしていたけど、そこまで驚くことではないと思う。毎回同じ注文していたらさすがに覚えるだろう。本当はさゆりさんだって覚えているけど、わざと知らないふりをしているんだ。

……本人はそれに気づいていないのか?


「ええ、まあ」

「そうか。君、なかなかやるようだね。身分不相応にもさゆりさんを狙っている小生意気なガキだと思っていたけど、違うようだ」

「ずいぶん失礼っすね」

「これはすまない。でも、さゆりさん狙いっていうのは合っているだろう? そうだ、せっかくだから君の名前を教えておくれよ」




 

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