3.待ち人~秋の訪れ2~

「宇垣冬馬っす」

「宇垣くんね、覚えておくよ」


 俺のことそんな目で見てたなんてすげームカつく。でも、名前で呼んでもらえるようになったってことは、少しは認めてくれたってことなのか。

 ここはポジティブに考えておこう。


「アメリカンコーヒーです」

「ありがとう。本当はさゆりさんのコーヒーを飲みたかったが、仕方ないか」

「……俺なんかですいませんね」

「はは、そう怒るな、冗談さ。君の淹れたコーヒーもちゃんとおいしいよ。もちろんさゆりさんには及ばないけどね」


 竹内さんはからかうように笑う。普段よりもあどけなく感じるのは気のせいか。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。ところで、以前から宇垣くんに聞いてみたかったのだが、君はさゆりさんのどういうところに惚れているんだい?」

「ほ、惚れているって……」


 惚れているっていうか、まぁベタ惚れなんだけど、改めて口に出して言われると恥ずかしい。学校でも、友達と恋愛話なんてしたことがないから、このむずむずした感じがどうも気持ち悪くて慣れない。


「このくらいで照れるだなんて、まだまだ子供なんだな。うぶで可愛いじゃないか」

「可愛いとか言わないでくださいよ。そういう竹内さんは、彼女のどんなところが好きなんですか?」

「もちろん、あのルックスと小鳥のさえずりのように可愛らしい声さ。はじめて彼女をみたときに一目惚れしたんだ。なんていうか、ビビビときたんだよね」

「へえ。たいした理由じゃないっすね」


 今度は俺がからかうように、というよりは小馬鹿にするように笑ってみせた。竹内さんの表情がすこしひきつっている。



「だったら教えてくれないか。君が彼女に惚れた、とっておきのエピソードをね」

「いいっすよ。相当ドラマチックなんで、覚悟しといてくださいね」


 なぜか喧嘩腰な俺たち。いちいち挑発的なことを言われてムカつくけど、ちょっとだけ楽しい気もする。これがライバルってやつなのか。よし、ここはあっと驚かせたいから、少しだけ話を盛ってやろう。



「あれは、一年前の夏のことでした――」


 すっかり見慣れた天井を見上げながら回想に入ろうとしたとき、タイミング悪くドアのベルが鳴った。もしかして、さゆりさんが帰ってきたのか?だとすれば、もう竹内さんとは話せないな。……とすこし残念に思いながら入り口に目をやると、そこには初めてみる顔があった。



「いらっしゃいませ。おひとり様でしょうか?」

「はい」

「それでは、こちらのカウンター席にどうぞ」


 店にやってきたのは、鈴木のおっさんたちと同じ年齢くらいの男性だった。身長は俺と同じくらいで、すらっとした体型。ジャケットを羽織っていてこぎれいな感じ。とくに優しげな目が印象的な人だと思った。


「ありがとう」


 目を細めて笑う顔はもっと優しそうで、こっちまで笑顔になってしまうほどだった。



「こちら、メニューになります」

「それでは、ブレンドコーヒーをいただけるかな?」

「かしこまりました」


 サイフォンの準備をしていると、お客さんが、

「君は、まだ若そうだね……アルバイトですか?」と話しかけてきた。


「はい、そうですよ。店員は店長と俺の二人だけです」

「そうなんだね。ちなみに、店長はいくつくらいの方ですか?」

「えっと、二十代ですね」


 どうして店長の年齢なんて聞くんだろうと疑問に思ったけど、その謎はすぐに解けた。


「二十代か……ということは、私の知っている方はもういないのかな」

「えっ? 以前こちらにお越しいただいたことがあるんですか?」


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