2.いじめっ子といじめられっ子~喫茶リリィでパーティーを2~

「昔はケータイやパソコンなんて便利なもんはなかったからねえ。あっという間に音信不通さ。百合子はずっと、もう一度彼に会いたいと思っていたよ。いつかまたこの喫茶店に来てくれるかもしれない。それだけの理由で、赤字の店を続けてたってわけ」

「……さゆりさんは、すべて知ってるんですか?」

「もちろん。だからあの子は、就職したばかりの会社を辞めて、この店を引き継いだのさ。けなげで涙が出るよ」

「そうだったんすか……」



 そんな深い理由があったなんて知らなかった。さゆりさんの抱えているものは想像よりもずっと重くて……孤独だった。仕事を辞めて、赤字覚悟の店を引き継いだとき、どんな気持ちだったんだろう。子供の俺には想像することすらかなわない。



「それにしても、ずいぶん詳しいんですね」

「ああ、百合子とは中学からの友達だったからね。ちなみに、この三人と百合子は幼なじみさ。三人とも百合子に夢中でねぇ」

「百合ちゃんはいわゆる高嶺の花でした。私たちなんて相手にされるわけがない、ただ幼なじみとして傍にいられるだけで幸せ、そう思っていました。だから、突然現れた知らない男にすべて持っていかれたときのショックは……相当なものでしたよ」


 さゆりさんのお母さんは、この石川さんまでもを虜にしていたというのか。いったいどんな人だったのかすごく気になるな。もう叶わないことだけど、一度会ってみたかった。


「……ついつい長話しちゃったね。あたしもそろそろ帰るよ。実可子が待ってるしね」

「気をつけてお帰り下さい。またいつでもお待ちしております」


 営業スマイルで挨拶すると、八百屋のおばさんはがははと豪快に笑った。



「ありがとう、また娘と一緒に来るよ。その時は新鮮な野菜をお土産に持ってくるわ」

「楽しみにしています」


 八百屋のおばさんが店を後にすると、ジジィトリオも「そろそろ店に戻る」と言って帰っていった。店には俺一人になってしまった。いつもさゆりさんかお客さんがいるから、一人になるのはかなりレアケースだ。

 嵐が過ぎ去った後のような静けさだ。急に身体が重く感じる。今日はいろんなことがあって、精神的に疲れたのかもしれない。いいようのない寂しさも感じる。



「さゆりさんが帰ってくるまで休んどこうかな……」


 思いっきり身体を伸ばした後、さっきまでジジィたちが座っていたテーブル席に座った。突っ伏して目を閉じてみると、とたんに睡魔が襲ってくる。


 ちょっとだけ、寝ちゃってもいいかな。……いいよね、今日は閉店状態なんだし。そう勝手に自己解決して、少しだけ昼寝をすることにした。




――しばらくして眠りから覚め、重い身体を起こすと、肩に何かかかっていることに気づいた。



「おはようございます、冬馬くん」

「さ、さゆりさん! 帰っていたんですか」


 さゆりさんの声を聞いて慌てたのか、完全にめがさめた。どうやらさゆりさんがブランケットをかけてくれたらしい。本当に優しいな。ああ、早く結婚したい。



「はい、すごくぐっすり寝ていたので、起こしませんでした」

「ごめんなさい、留守番頼まれていたのに。あ、今何時ですか?」

「今は……七時半ですね。お家の方にご連絡しなくても大丈夫ですか?」

「うちは門限ないんで大丈夫ですけど……しまったなあ、寝すぎちゃった」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る