2.いじめっ子といじめられっ子~母と娘6~

 ふと、ジジイトリオはどうしているのか気になってテーブル席に目をやると、鈴木のおっさんは怖い顔でカウンター席をじっと見ていた。他の二人は、静かに新聞や文庫本を読んでいる。鈴木のおっさんが怖い顔なのはいつものことだけど、なんか嫌な予感がする。


 なんていうか、イライラし始めているというか、この状態をじれったく感じているような気がしてならない。そのうえ、八百屋のおばさんに証明するとかなんとか意気込んでいた。いつも以上に、面倒くさいおっさんになっている気がする。


「――さゆりちゃん、やっぱりこういうのは、単刀直入に聞くべきだぞ」


 静かな店内に、おっさんの野太い声が響き渡る。最悪だ、嫌な予感が的中してしまった。その声は、穏やかであたたかな雰囲気をぶち壊したけれど……正直、おっさんが間違っているとも思えなかった。

 なぜなら、俺はこれが“かりそめの温かさ”だと知っているからだろう。


「鈴木さん……」

「さゆりちゃんが言いにくいんだったら、代わりにワシが聞いてやる」


 実可子ちゃんは、何が起こっているのかわからないようで、きょとんとした顔でおっさんを見つめていた。


「コロッケ屋のおじちゃん、だよね。どうしたの?」

「八百屋んとこの嬢ちゃん、正直に答えてくれ。お前、学校の友達をいじめてるんか?」

「えっ……」


 実可子ちゃんの表情が堅くなった。状況を察したのか、険しい顔でさゆりさんに目をやる。


「さゆりお姉ちゃん、このためにわたしを呼んだの?」


 さゆりさんは、実可子ちゃんと目が合わせられないのか、うつむいていた。


「ごめんなさい、本当は、そうなの……」

「信じられない。まさか、話を聞き出すためにケーキまで用意したっていうの? 嘘つくなんて最低だよ!」


 実可子ちゃんは両手でテーブルを叩くと、そのまま立ち上がって帰ろうとした。最悪の展開だ。実可子ちゃんの中でさゆりさんの株が下がり、何も聞き出せないなんて。こんな状態で彼女を帰らせていいのだろうか。


“何かあったらフォローお願いしますね”


 ふと、さゆりさんの言葉が頭をよぎった。


……そうだ、俺、フォローを頼まれていたんだ。

 大好きな人にピンチが迫っている。そして彼女は、他の誰でもなく、この俺に救いを求めている。このまま何も行動しないまま終わったら……男がすたるってもんだ。


「逃げ出そうとするってことは、何か後ろめたいことがあるんじゃねーのか?」


 小さな背中に向かって質問を投げかけると、実可子ちゃんの足が止まった。


「後ろめたいことなんて、何もないし! っていうか、あんた誰?」

「俺は、喫茶リリィのアルバイト店員、宇垣冬馬十六歳だ。よろしく」

「……よろしく。って違う! わたしのこと一番知らないくせに、偉そうなこと言わないでよね」

「何も知らないからこそ、客観的に見ておかしいと思ったんだろ」

「なんにもおかしくない! それに、どうしてわたしがいじめをしているだなんていうの? なにか根拠でもあるわけ?」


 俺のせいなのか、実可子ちゃんはとても興奮した様子だった。荒い口調で話し、攻撃的な目つきで俺を睨んでいる。

 やば、逆効果だったかもしれない。


「根拠といいますか、商店街で噂になっているんですよ。八百屋のお嬢さんが、学校でいじめをしていると、ね」

「噂……?」


 そんな彼女に優しく話しかけたのは、ずっと沈黙を守っていた石川さんだった。


 

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