2.いじめっ子といじめられっ子~母と娘5~
「……八百屋はもう来とるんか」
「休憩室で待機してもらっています」
「そうか。ワシが正しいということを、ちゃんと見せつけんといかんな」
「白井さんは、ちゃんとわかってると思うよ。自分の子供のことだから、ついカッとなっちゃったんじゃねーの」
「……まあ、その気持ちもわからんでもない。ワシも娘のこととなると人が変わるからのう」
鈴木のおっさんに娘がいるなんて初めて知った。こんな頑固オヤジが父親だったら、いろいろと苦労しそうだな。娘に嫌われていたりして。……うん、ありえる。
三人にアイスコーヒーを出してしばらくすると、さゆりさんが女の子を連れて戻ってきた。
「ただいま戻りました。実可子ちゃん、カウンター席に座ってくれる?」
「うん!」
実可子ちゃんはショートヘアで、Tシャツに短パン、サンダルという服装をしている。いかにも元気いっぱいの子供という印象だ。二人を比較すると、あいちゃんは大人びているのかもしれない。
「実可子ちゃんチーズケーキ好きだったよね、食べる?」
「食べたい!」
「飲み物はオレンジジュースでいいかな?」
「うん、ありがとう。さゆりお姉ちゃん大好き!」
“さゆりお姉ちゃん”
なんて素敵な響きなのだろう。いいなあ、俺もお姉ちゃんって呼んでみたい。弟みたいって言ってもらえたし、いつかチャレンジしてもいいかも。実可子ちゃんをうらやましく感じたのは、呼び方だけではない。さゆりさんは、彼女の好みを知り尽くしている。それだけ二人は仲がいいということだ。
俺もさゆりさんに、好きな食べ物とか把握してもらいたいなあ。さらに、素直に“大好き”と伝えられるのもうらやましい。実可子ちゃんになりたいとさえ思ってしまう。
「はい、どうぞ」
「いただきます!……相変わらず、さゆりお姉ちゃんのチーズケーキはおいしいなあ。まさか、このケーキのためにわたしを呼んだの?」
「……うん、そうだよ。それに、最近実可子ちゃんと遊べていなかったから、ゆっくりお話がしたいと思ったの」
一瞬だけ、さゆりさんの表情が曇った。ウソをつかないといけなくて、罪悪感を覚えているのだろう。
「実可子ちゃんは今夏休みよね。毎日どんな風に過ごしているの?」
「そうだなあ、友達と遊んだり、家でテレビを見たり、たまにお店を手伝っているよ」
実可子ちゃんは、俺やジジイトリオがいても気にせず、さゆりさんとの会話を楽しんでいるようだ。母親に似て堂々としている。
「そうなのね。お友達とはどんなことをして遊んでいるの?」
「うーん、そうだなあ。みんなで海とかプールに行くときもあれば、家で遊ぶ時もあるよ」
「実可子ちゃんお友達多そうだものね。とても楽しそうだわ」
「うん、毎日楽しいよ!」
さゆりさんは、実可子ちゃんに友達関係の話を振って、悩んでいることを聞き出そうとしているのだと思う。最終的に気に入らない友達の話になり、いじめの話になることを期待しているのだろう。
しかし、実可子ちゃんの口から出るのは楽しい話ばかりで、後ろ向きな内容は一つもない。これからどうやって、いじめの話を聞き出していくんだろうか。あんまり長引いてしまうと、チーズケーキを食べ終えて帰ってしまうかもしれない。
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