2.いじめっ子といじめられっ子~母と娘4~

 さゆりさんがお客さんと肩を並べて座るなんて珍しい。今日はクローズにしているからだろうか?


「冬馬くんも楽にしていてくださいね。何か食べてもらってかまわないですよ」

「ありがとうございます」


 そう言われても、どうしていればいんだろう。サイフォンの練習をする? 憩室でご飯を食べておく? それとも、二人のそばにいて話を聞くべきか?

 選択肢が多くて迷ったけど、最終的にさゆりさんの隣に座ることに決めた。俺だって喫茶リリィの一員だし、あいちゃんの話を直接聞いたんだ。この問題はもう他人事じゃない。


「さゆりちゃん、あたしはね、うちの子がいじめをしているなんてどうしても信じられないんだ。だからつい鈴木さんに怒鳴っちゃってねえ。あの人がウソをつくような人間じゃないってわかってはいるんだけどね」

「お気持ち、お察しします。私も、実可子ちゃんが人を傷つけるようなことをするなんて信じられないんです」

「ありがとう。さゆりちゃんは優しいね。……若い頃の百合子(ゆりこ)にそっくりだよ」

「ふふ、最高の誉め言葉です」


 百合子という名前は初めて聞くけれど、どんな人物なのかはなんとなく想像できた。きっと、さゆりさんのお母さんなのだろう。そっくりだと言っていたし。八百屋のおばさんは、百合子と呼び捨てにしているあたり、さゆりさんのお母さんとは友達だったのだろうか。


「さゆりちゃんがこのお店を継いでくれて、百合子もだろうけど、あたしも嬉しかったよ。このお店はあの子の形見みたいなもんだしね。それにさ…………いや、やっぱやめとくよ」


 おばさんは途中で話すのをやめて、何かをごまかすかのようにコーラを一気飲みした。 一体何を言おうとしたのか気になるけど、俺なんかが聞いていい話ではなさそうな気がする。


「あー、この鼻にくるかんじ、たまんないねえ」


 これ以降、百合子さんの話が出ることはなく、他愛もない話をして時間を過ごした。


――あっという間に時はすぎ、実可子ちゃんと約束している時間が近づいてきた。


「では、そろそろ私は実可子ちゃんをお迎えに行きますね。白井さん、狭いところで恐縮ですが、休憩室に移動していただけますか?」

「この体が入るか不安だけどねえ、行ってみるよ」

「ふふ、まったく問題ないですよ。冬馬くん、休憩室にご案内してもらえますか?」

「わかりました」


 俺がおばさんを休憩室に案内している間、さゆりさんは出かける準備をしていた。といっても、エプロンを外すくらいだけれど。


「そろそろお三方が来る頃だと思いますので、ご対応よろしくお願いしますね」

「わかりました。さゆりさん、気をつけて出かけてくださいね」

「ありがとう。では、いってきますね」


 さゆりさんが出かけて数分後、読み通りにジジイトリオが来店した。一番いてほしくない鈴木のおっさんも、もちろんいる。


「いらっしゃいませ。さゆりさんは今出かけたところっす。アイスコーヒーならすぐに出せますけど、どうします?」

「じゃあ、三つ頂けますか」


 いつも丁寧な石川さんから注文を受け、すぐに準備を始めた。ホットコーヒーはサイフォンやドリップで淹れないといけないけど、アイスコーヒーは予め冷やしてあるので、俺にも提供することができる。


 


 

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