2.いじめっ子といじめられっ子~母と娘3~

「わあ、以心伝心ですね」


 嬉しそうに微笑むさゆりさんを見て、胸がキュンとしめつけられた。

 俺と心が通じ合って喜ぶなんて、まさか、もしかして、少しは俺に好意を抱いているのかもしれない?


「お、俺もすごく嬉しいです! さゆりさんと分かり合えただなんて」

「そうですよね。なんだか……家族みたいですよね。実は私、冬馬くんがアルバイトに来てくれて、歳の離れた弟が出来たみたいで嬉しいんですよ」

「…………弟、ですか」

「はい。ああ、ついに本人に言ってしまいました! こういうの照れますね」

「そ、そうですね」


 さゆりさんはたしか二十五歳。俺は十六歳だから九歳差だ。弟のように思われるのは自然なことだと思うけど、恋愛対象として見られていないのはキツイな。

 俺のことを可愛がってくれるのは嬉しいんだけど、そうじゃないんだよなぁ。 ちゃんと異性として、一人の男として見られたいんだ。


「それでは、サイフォン勉強会を始めましょう。私、サイフォンを使ってコーヒーを淹れる男性って魅力的だと思うんです。頑張って覚えてくださいね」


“魅力的”という言葉が心のアンテナに大ヒットした。そうか、さゆりさんはサイフォンを使う男をかっこいいと思うのか。……これはもう、やるしかない。


「よろしくお願いします!」


 へこんだと思ったら、急にやる気が満ち溢れてくる。俺は、さゆりさんの言葉に常に心をゆすぶられている。これが恋というもんなんだなと実感しながら、さゆりさんの話を聞いていた。


――サイフォンの使い方を教わり、何度か練習をしているうちに二時を過ぎたころ、とんとん、と二度ノックの音がきこえた。


「どうぞ、おはいりください」とさゆりさんが声をかけると、ゆっくりとドアが開いた。


 ドアベルの音と共に入ってきたのは、八百屋のおばさんだ。店からそのまま来たのかエプロンをつけたままだった。いつも豪快に笑っているイメージがあるけれど、今日は微かに笑っているだけ。


「さゆりちゃん、いろいろ迷惑をかけちゃってるようでごめんねえ」

「迷惑だなんて、そんな風に思うわけないですよ。どうぞこちらにおかけください。何にしますか?」

「そうだねえ……暑いから炭酸を飲みたい気分だけど、コーラなんて置いてないよね?」

「ございますよ。少々お待ちくださいね」


 さゆりさんがコーラを準備している間、俺はお水とおしぼりを用意した。


「ありがとね。ああ、たまに買いにきてくれる子だね。さゆりちゃんとこで働いていたなんて知らなかったよ」

「自己紹介が遅れてすみません。四月からアルバイトをさせてもらってます、宇垣冬馬といいます」

「あら、丁寧なこと。あたしは八百屋の白井すみ子だよ。よろしくね」

「よろしくお願いします」


 八百屋のおばさんと自己紹介をしあっていると、さゆりさんがコーラの入ったグラスをもって、カウンターの外に出た。

 おばさんの前にコーラを置き、彼女の隣に腰を下ろす。


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