2.いじめっ子といじめられっ子~ダンディおじさんと少女3~
「よろしければこれをどうぞ」
少女に出されたのはラムネだった。水色の瓶が爽やかで、今の季節にぴったりだと思う。この時期に、たまにコンビニなどで見かけるけれど、飲み方がわからなくて買ったことはない。たしか、ビー玉で栓をしているんだっけ?
「……どうやって飲むの?」
女の子が初めてしゃべった。ラムネに興味を持ったのだろうか。そして彼女も俺と同様、飲み方がわからないらしい。
「私も、あんまり自信がないんです。石川さん、ご教授いただいてもよろしいでしょうか?」
「お任せください。……その前にお嬢さん、これで涙を拭いてくださいね」
石川さんは、女の子にチェック柄のハンカチを渡した。
「ありがとう」
女の子はすぐに、ハンカチで涙をぬぐった。
「ラムネはまずふたのフィルムをとり、付属の“玉押し”を使ってビー玉を落とすんですよ」
石川さんは“玉押し”というプラスチックの部品を飲み口部分に押し当てた。
「このまま下に押せば、飲めるようになります。やってみますか?」
「……うん!」
女の子が習った通りにやってみると、栓をしていたビー玉がコロンと落ちた。同時に小さなたくさんの泡がのぼっていく様子はどこか幻想的にみえる。
「このくぼみ部分を下にして持つと、うまく飲むことができるんですよ」
石川さん曰く、瓶上部のくぼみはビー玉をひっかける役割をしていて、飲み口をふさがない工夫がされているらしい。昔の人々の知恵ってすごいな。女の子は両手で瓶をもつと、ごくごくと勢いよく飲んだ。
「おいしい!」
いつの間にか涙は乾いていて、女の子は向日葵のように明るく笑っていた。 さゆりさんの癒しオーラのおかげか、石川さんの紳士的なふるまいがよかったのか、はたまたラムネという飲み物が新鮮だったからなのか。勝因がどれなのかはわからないけれど、純粋に大人ってスゲーと思った。俺一人だったら、絶対にできなかったと思う。
「気に入ってもらえてよかったです。あっ、自己紹介がまだでしたね。私はさゆりと言います。そして、こちらは和菓子屋の石川さんです。よろしければ、お名前を教えてもらえませんか?」
「私は、あいといいます」
「あいちゃん、可愛い名前ですね。歳はいくつですか?」
「十一歳、いま小学五年生なの」
あいちゃんはとても礼儀正しくて、さゆりさんの顔を見ながらきちんと答えていた。石川さんはエスプレッソを飲みながら、あいちゃんの言葉になんどか頷いている。
「あいちゃんは……どうして泣いていたのかな? 話したくないなら、無理に聞いたりしません。でも、誰かに相談することで楽になれることもありますから、よかったら聞かせてください」
さゆりさんの話を聞いて、俺は一年前を思い出した。部活の試合で失敗し、へこんでいた俺にも同じように接してくれたな。俺はすぐに心を開いて打ち明けたけど、あいちゃんはうつむいてしまった。
重い沈黙が店内を包んだ。数分だったかもしれないけど、いやに長く感じる。やっぱり、見ず知らずの大人たちに話す気にはなれないのかな。ここは違う話をして、楽しく過ごしてもらったほうがいいのかもしれない。ここは一番年が近い俺が、新しい話題を振って雰囲気を盛り上げよう。
そう決めて、小学生でも入れそうな話題を考えていたとき、あいちゃんが口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます