1.新卒サラリーマンに癒しを~竹内という男3~

「よく“説明が分かりにくい”と言われてしまいます。商品に関しての知識は完璧なんですけど、お客さんを前にすると緊張してうまく話せなくて……」 


 正社員とアルバイトでは仕事の質が違うかもしれないけど、小林さんの気持ちはすごくわかる。俺も日替わりランチの説明をするときに、テンパって何を言っているのかわからなくなる時があるからだ。

 そういう時はいつもさゆりさんがフォローしてくれるけど、小林さんにはそういう先輩や上司はいないのだろうか。


「難しいですねぇ」


 さゆりさんは、小林さんへのアドバイスが思いつかない様子だ。俺は高校生ふぜいが口を出す問題ではないと思って、もくもくと片づけをしながら過程を見守っていた。


「僕なんかには、営業は向いていなかったってことですかねぇ……」


 小林さんがため息交じりに弱音を吐いたとき、黙ってアメリカンコーヒーを味わっていたあの男が口を開いた。


「おそらく君は、営業として一番大切なことがわかっていないんじゃないか?」

「……え?」


 小林さんは目を見開いて竹内さんのほうを見ていた。言われた内容に驚いているのか、他の客が話に割り込んできたことにびっくりしているのか。わからないけど、多分その両方だと思う。


「基本的なことって、なんなのでしょう?」


 小林さんの気持ちを代弁するかのように、さゆりさんが竹内さんに質問をした。

 あからさまに竹内さんの顔がほころぶ。ようやく相手にされて嬉しかったのだろう。……俺としては、面白くない展開だ。


「“相手の立場になって考える”ということですよ。具体的に言えば“商品に対して相手はどの程度の知識を持っているのか”を推測して、言葉を選ばないといけない。小林くん、だったかな? 君は顧客への説明に業界用語を使っているんじゃないか?」

「……言われてみれば、心あたりがあります」

「だろう? 自分にとっては当たり前に知っていることでも、相手は知らないかもしれない。もしそうだとしたらできることは一つ。知識をかみ砕いて、誰でもわかるような説明を考えることさ」


 静まり返る店内。さゆりさんも小林さんも俺も、なぜか言葉が出てこなかった。なぜだろう。竹内さんの“仕事できますオーラに”びっくりしたのだろうか。IT系会社の社長をやっているくらいだから、竹内さんがすごい人ってのはわかってる。


 でも、喫茶リリィでは“さゆりさんに冷たくあしらわれる残念キャラ”が定着していて、どうもリスペクトできる気がしない。だから、新入社員の悩みに的確にアドバイスするその姿にギャップを感じたのかもしれない。


「素晴らしいアドバイスをありがとうございます。あの、よろしければ名刺交換をさせていただけませんか?」

「構わないよ。また悩むことがあったらいつでもメールしてくれたまえ」

「ありがとうございます!……えっ、まさか、あの有名な竹内章(たけうちあきら)さんですか? 竹内さんの本、全て持っています! 特に“イケてるビジネスマンになる法則”は何度も読みました!」

「おお、それは嬉しいな。どうもありがとう」

「うわあ、まさか本人にお会いできるなんて思わなかった! 今日はなんて素晴らしい日なんだろう」



   

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