1.新卒サラリーマンに癒しを~竹内という男2~

ライバルとはいえ、ここまでひどく扱われるとすこしかわいそうかもしれない。


「ごちそうさまでした、肉じゃがすごく美味しかったです」

「俺もごちそうさまでした! 下げてきますね」


 俺はトレイを持ってきて、大きいお皿から順に重ねていった。二人分の食器すべてを両手に持ち、シンクに戻す。

 アルバイトを始めたときは、一度に大量の皿を持つなんて無理と思ったけど、今は余裕でできる。慣れってすごい。


「では、水出しアイスコーヒーをご用意しますね。あっ、お時間大丈夫ですか? 会社に戻らないといけなかったりします?」

「いえ、会社にいると“営業は外回りしろ”って怒られるんで、平気です」


 再び、小林さんの表情が暗くなった。よほど仕事が辛いのだと察する。


「営業ですかあ、大変ですね。私には絶対できないと思ったので、就職活動の際は営業職を外して活動していました」

「えっ、さゆりさん、就活なんてしてたんですか!?」


 新事実に驚くあまり、洗っていたお皿を落としそうになった。

 もしかして、就職活動でこのお店に就職したとか……?だとしたら、雇い主一体誰なんだ? ここ半年、アルバイトをしていたけど、そういう感じの人物に出くわしたことはない。


「そっか、冬馬くんには話したことなかったですね。私、半年だけOLをしてたことがあるんですよ」

「そうだったんですか!」


 さゆりさんに花のOL時代があったなんて知らなかった。会社でもさぞかし人気があっただろうな。重役のおじさまにチヤホヤされていそう。制服姿でお茶を出すさゆりさん、想像しただけでニヤついてしまう。

 でも、スーツ姿のきりっとした彼女も捨てがたい。厳しく怒られてみたい……。


「つかぬことをお聞きしますが、どうして会社をやめて喫茶店の店主をすることに?」


 俺が妄想していると、小林さんは真剣な表情でさゆりさんに質問をしている。

 その姿にただならぬものを感じる。さゆりさんも同じだったのか、一瞬手を止めたけど、すぐにドリンク作りを再開した。


「実は、ここは母が祖父母から受け継いだお店なんです。二年前の秋に母が突然天国に旅立ってしまって……いまは私が引き継いでいるんです」

「そうだったんですか。……辛い話をさせてしまって、すみません」

「大丈夫ですよ。不思議とこのお店にいると、母を感じて寂しくないんです。母との思い出がつまっているからでしょうか」


 目を細めて笑うさゆりさんは儚げで、寂しそうにみえた。支えてあげないと倒れちゃうんじゃないかって思ってしまう。さゆりさんは、人には見せないけれど、悲しみと孤独を背負って生きているのかもしれない。

 いろんなことを経験したからこそ、人に優しくできるのかもしれない。


「つまり、私が今ここにいるのは成り行きなんですよね。でも、会社で働いていたときよりも毎日が楽しくて。きっと、こっちのほうが合っているんだと思います」

「いいなあ、僕も店長さんみたいに活き活きと働いてみたいな……」


 小林さんは浮かない顔で、ストローで氷をつついている。カラン、コロンという鈴の音のような音が耳に残った。


「……小林さんは、どうして営業職に?」

「僕は生命保険会社の営業をしているのですが、“人々の生活を支えるお手伝いがしたい”と思って採用試験を受けました。あと、頑張った分だけ収入に繋がるのがいいなと思いまして。でも現実は厳しくて、毎日お客さんに怒られてばっかりなんです。お給料も、今は最低額が保証されているんですけど、二年後には完全歩合制になるんです。このまま契約が取れなかったら生活ができなくなると今から心配で……」

「大変ですね。どうして、お客様に怒られてしまうのでしょうね?」


 

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