1.新卒サラリーマンに癒しを~叱られる営業マン1~
――十一時になると、メニューはモーニングからランチ用へと切り替わる。
最近気がついたけど、お昼の時間帯に来るお客さんは新規の人が多い。たまたまこの商店街に来て、なんとなく見つけた喫茶店で休憩する人が多いのだろうか。そのため、朝よりもメニューを見て注文してくれる人がほとんどで、注文を聞く側としては非常にやりやすい。
「す、すみません、水出しアイスコーヒーを二ついただけますか」
「水出しアイスコーヒーをお二つですね。かしこまりました」
店内唯一のテーブル席に座っているお客さんから注文を受けた。
暑いなかスーツとネクタイでびしっと決めているのにどこか頼りなさげなサラリーマンと、鈴木のおっさんに雰囲気が似ている頑固そうなおじさんという組み合わせ。どういう関係なのだろう?
「水出しアイスコーヒーお持ちしました。ガムシロップとミルクはお好みでご利用ください」
「ありがとうございます……」
サラリーマンはおどおどしていたけど、とても丁寧にお礼を言ってくれた。
接客をしていると一方通行になることがほとんどだけど、たまにペコリとお辞儀されたり、ありがとうと言われたりすることがある。
ささいなことだけど嬉しくて、もっと気配りができるように頑張ろう、と思える。もしかしてさゆりさんも、お客さんから「ありがとう」が聞きたくて、いろんなサービスをしているのだろうか。
接客を終えて店の奥に戻ろうとすると、さゆりさんから「お昼休憩に入ってください」と声をかけられた。
「いつものように、冷蔵庫にあるものは好きに食べてくださいね」
「いつもありがとうございます」
店の冷蔵庫にはいつも数種類のおかずがストックしてある。「一人暮らしなのについ作りすぎちゃって」と言っているけれど、それが本音なのかはよくわからない。鈴木のおっさんの和定食にもストックおかずを出していたし、和食を注文されたときに困らないようにしているのかもしれない。
ちなみに、冷蔵庫にはドリンクも充実していて、フルーツジュースのほかにはラムネやコーラもある。ジュースやコーラは注文にも出てくるけど、ラムネなんて誰が飲むのだろう? ちょっとした疑問を頭に浮かべつつ、ご飯とおかずを持ってカウンター奥にある休憩室に入った。
今日のおかずは肉じゃがとナスの南蛮漬け、ひじき煮にポテトサラダ、トマトのポン酢漬けだった。どれも味がしみ込んでいそうだ。
「無理やり雇ってもらった立場でご飯までもらうのはさすがに図々しい」と最初は断ったけど、なぜかさゆりさんに悲しい顔をされたので、今はありがたく食べさせてもらっている。
休憩室には、さゆりさんと俺の私物や備品などが置かれている。狭い部屋だけど、さゆりさんがきれいに整頓してくれているから全く気にならない。
「いただきます」
両手を合わせて、表に出ているさゆりさんに感謝を伝えてから食べ始めた。
「……あー、うますぎてやべえ」
今までの俺は、献立の中に揚げ物か肉類のおかずがないと母親に文句を言っていた。「育ちざかりなんだから肉が食べたい」とよく困らせていたもんだ。
でもさゆりさんと出会って、彼女の作る和食を食べるようになってからは、なんでもおいしく食べられるようになった。むしろ肉よりも野菜がたっぷり入った料理が食べたいと思うようになった。
苦手に思っていたコーヒーさえも、少しずつ飲めるようになっている。……砂糖とミルクをたっぷり入れないと無理だけど。
彼女と出会ってから、俺は少しずつ変わってきている。これも恋の力なんだなぁとしみじみ感じる今日この頃。
「――もっと勉強してから出直してこい!」
店内から怒鳴り声が聞こえてきたのは、さゆりさんとの結婚を妄想して鼻の下を伸ばしていたときだった。すぐに箸を置き、いそいで表の様子を見に行った。店内を見渡すと、お客さんはあのサラリーマンとおっさんの二人しかいない。特に店が荒れている様子はなく、さゆりさんに怪我はないようでほっと胸をなでおろした。
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