0.プロローグ~出会い~ 2
「こちらメニューになります。今のおすすめはベトナム風のコーヒーで……」
「さゆりちゃん、こんな小僧にコーヒーは早いんじゃないかい?」
しゃがれた声でお姉さんをさゆりと呼ぶ男は、店内唯一のテーブル席に座っていた。テーブルに背中を向けていたので振り向いてみると、そこには見知った顔があった。
「コロッケ屋のおっさん! それに、たい焼き屋と、和菓子屋のおっさんも……」
「お前、一人でいるなんてめずらしいじゃないか。なんかあったんか?」
コロッケ屋のおっさんはずけずけと遠慮なく聞いてきた。話し方も高圧的で嫌な感じだ。普段は注文と会計で話すくらいだから、嫌なおっさんとは気づかなかった。
「べつに……」
「鈴木さん、他のお客様に絡むのはやめてくださいね。それに、コーヒーを飲むのに年齢は関係ありませんよ」
反論しようとすると、店員のお姉さん、いやさゆりさんが間に入ってくれた。
鈴木のおっさんは「さゆりちゃんがそう言うなら」と呟くと、気まずそうにコーヒーを口に運んだ。
「あ、ありがとうございます」
もとの姿勢に戻り、小さく頭を下げてお礼を言った。さゆりさんは「いいえー」と言って、にっこり笑ってくれた。その笑顔はまるで天使のようだ。
こんなに優しくてきれいな人、生まれてはじめて出会った。
「じゃ、じゃああの……ベトナムアイスコーヒーをひとつ」
「かしこまりました」
さゆりさんと話すだけですごく緊張する。ただでさえ大人の女性に慣れてないのに、最高級の美人と会話をすることになるなんてハードルが高すぎる。胸がドキドキして、手に汗がにじんでいく。それはまるで、試合に出るときのような緊張感と似ている。
……試合、という言葉に今度は胸が傷んだ。仲間たちの悔しそうな顔を思い出す。 高校でも部活に入ったら出る機会はあるだろうけど、中学ではもうあれが最後だ。あのメンバーと一緒に練習する時間すらない。
「お待たせしました、ベトナムアイスコーヒーです。よくかき混ぜてくださいね」
「はい……」
突然虚無感に襲われた俺は、頼んでいたものが届いても手をつけることができずにいた。
さゆりさんの笑顔に応えることもなく、悔しさを打ち消すように、力いっぱい拳を握りしめていた。
「何かあったんですか?」
「えっ?」
「ごめんなさい、話したくなかったらいいんです。でも……思っていることを全部吐き出してみると、楽になれるかもしれませんよ?」
顔を上げると、心配そうに俺を見つめるさゆりさんと目があった。今日初めて会った俺なんかのことを想って、悲しそうに眉を下げている。この人のことを良く知らないけど、思いやりのある優しい女性なのだということはわかる。人によってはおせっかいと感じるかもしれないけど、俺はとても嬉しかった。
「……俺、サッカー部に入ってるんですけど、今日の試合でパスミスして、そのせいで負けちゃったんです。県予選の決勝で、負ければ俺たち三年は引退が決まっていたのに。……俺のせいで、みんなを引退させてしまって」
「そうだったんですね」
「あのとき、俺がミスしていなければ、今頃は仲間たちと笑って過ごせていたのかなって思うと、辛くて……。俺のせいなのに、みんなにどう思われたのかも心配で仕方ないんです。嫌われてもおかしくないことをしたのに、あいつらには嫌われたくないんです」
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