喫茶リリィで癒しの時間を。
タキザワ
0.プロローグ~出会い~
今日は人生で最悪の日だ。十五年かけて築き上げてきたものが、たった数秒の出来事で音をたてて崩れていったのだから。
俺のせいだ。俺があのとき、あんなミスをしていなければ……。
何度も自分を責めながら、みんなと歩いた商店街を独りぼっちで歩く。
部活帰りにあの店で食べたコロッケは格別にうまかった。二軒隣のたい焼きも甘くておいしかったし、向かいのみたらし団子はもちもちした感触が最高だった。
でも、今はとても立ち寄る気にはなれない。むしろ、みんなとの思い出の場所を目にするだけでつらい。
早く商店街を通り過ぎたいけれど、このまままっすぐ家に帰る気にもなれない。
親に「試合どうだった?」と聞かれて、「俺のせいで負けた」と口に出せるほど、この現実を受け止めきれていないからだ。
「今からどうしようかな……」と独り言を呟いたその時、どこからか漂う芳醇なコーヒーの香りに気がついた。コーヒーなんてほとんど飲んだことがないし、あの苦みは好きになれない。
それなのに、なぜかとてつもなくこの香りが気になって、追いかけたくなった。
きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていると、ドラッグストアの隣に小さな喫茶店を見つけた。古く薄汚れた看板には【喫茶リリィ】と書かれている。こんなところに喫茶店があるなんて、今日の今日まで気づかなかった。よっぽど目立たないのだろう。一人で喫茶店に入ろうなんて思ったことはないのに、不思議と足が進んでいく。煉瓦調の壁に窓はあるけれど、くもりガラスのため店内の様子は見えなかった。
この中にはどんな人たちがいるのだろう。店員も客も年寄りばかりだったりして。中学生の俺が入ったら悪目立ちするかもしれない。最悪、「お前のような若造が来るところじゃない」って追い返される可能性もある。そんなリスクを考えながらもドアノブに手を触れた。唾をごくりと飲み込む。
今日の俺はおかしい。場違いと思うなら帰ればいいのに、どうしてこんな店に入ろうとしてるんだろう。普通の精神状態じゃないからか。あるいは、日常から目を背けようとしているのか。
思いつくすべてのことが、この行動に結びついている気がした。
――俺はただ、現実から逃げ出したかったんだ。
「いらっしゃいませー」
ドア上部についたベルが鳴ったと同時に、おっとりとした口調で挨拶をされた。可愛い声の主は、右側にあるカウンターから笑顔で俺のほうを向いている。
ブラウン色の長い髪は横にまとめてあり、ラフな格好の上に深緑のエプロンを付けている。大きくてたれ目の瞳に、色っぽい唇が特徴的な美人だ。
こんなにきれいな人に出迎えられるとは思ってもみなくて、入り口から動けなくなってしまった。
「テーブル席はあいにく埋まっているので、カウンター席でもよろしいですか?」
「あっ、はい、だいじょぶです……」
「では、お好きな席にどうぞ」
両足に力を入れて、なんとかカウンター席までこぎつけた。カウンターには謎の器具が四つ置かれていて、奥の棚にはコーヒーカップやお皿が整然と並んでいる。どこに座ったらいいか迷ったけど、お姉さんの目の前の席にした。
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