172.妥協点
「それからね、十六夜くん。転移なんてできる人は稀よ。できたとして、異世界に転移するのにどれだけの理力が必要になるか」
「ですが、向こうからはこちらに来ています。要は、向こうの人のほうが地力が上ってことです。野蛮人、怒らせたら怖いですねぇ~」
「「「……」」」
俺と沙羅以外は青い顔をしている。そんなことも考えなかったのか? いや、わざと考えないようにしていたんだろうな。野蛮人と見下していたんだ、自分たちが劣っているとは認めたくなかったのかもな。
「さて、もう一度聞きますが、誰と何を交渉するのですか?」
「「……」」
「十六夜くんが仲介してくれれば……」
「嫌です。相手を対等ではなく野蛮人と見下すような人を、俺だって信用しません。そんな人を、重要な地位にいる人とは会わせられません」
「……」
今のこの人たちを向こうの王族なんかに会わせたら、間違いなく上手くいかないどころか、怒らせるのが目に見えている。。
「ですが、それでは話が進まない。我々がここにいる意味もない」
両脇官僚たちがうんうんと頷いているけど、俺が頼んだわけじゃない。
かといって、このままでは話が進まないのはそのとおりだ。
「では、妥協案を出しましょう」
「妥協案?」
「当初話したとおり、魂石以外の取り引きは我々がすべて行います。武器防具に関しては、我々が仕入れて政府にすべてを卸します。これでどうです?」
「外交面はどうするつもりか?」
ここはアディールさんに丸投げしよう。向こうの政治のことなんて俺は知らない。知っていて、それを判断できる頭のいい人に任せるのがベストだ。
「正直、外交云々には俺は興味がありません。ですので、予定どおり我々の異世界の友人を連れてきますので、その友人の信用を勝ち取ってください。そうすれば、国との繋ぎを取ってくれるかもしれません」
「その方はそれほどの人物なのか?」
「この国だと、経団連の役員だったといえばわかりやすいでしょうか」
商業ギルドの副ギルド長だ。間違ってはいないと思う。
「だった? 十六夜くん、そこまでの人物なの? でも、どうやって知り合ったの?」
「私たちが会った異世界人の商人の紹介で知り合いまして。その後、何度か会って引き抜きました」
「引き抜いた? どういうこと?」
そのままの意味ですが?
「それこそ百戦錬磨の優秀な方だからですよ。異世界との取り引きを自分の手でやってみないかと誘ったら、すぐに承諾してくれました。間違いなく、ここにいる官僚の経験を全部足しても敵わない凄腕です」
沙羅もうんうんと頷く。ちなみにアディールさんの年は知らない。
「全員の経験を全部足しても足りない……まさか!?」
おっ、貴子様は気づいたか? 意外とその辺の知識あり?
「ファンタジー世界の定番エルフです。我々の知る自然を愛し温厚なエルフと違い、好奇心旺盛で金勘定で目をギラギラさせますけど」
沙羅が苦笑い。
「経済に強いエルフ……そっちの異世界は世知辛いわね」
貴子様の口元がヒクヒクしている。官僚たちは青褪めている人と、エルフと聞いて喜んでいる人、半々だな。
青褪めている人はこれからの困難を理解している人だ。いい意味で海千山千、多くの商談の荒波を乗り越えてきた人だからな。喜んでいる人は後で、喜んでいた自分を呪うがいいさ。クックック……。
「そのエルフさんは転移持ちなの?」
「断言はできませんが、違うと思います」
「十六夜くんの知り合いの商人は転移持ちなのよね? 従業員やお店の規模はどのくらいなのかしら?」
財務省官僚も関心があるようで、気持ちを切り替え俺の回答を待っている。
「マーブル商会といって現在は会頭を含め四名の新しい商会です。会頭が転移持ちで、今後数名の転移持ちが加わることになっています」
「マーブル商会?」
貴子様が秘書さんが抱っこしているマーブルを見る。そのご本人は、大きなふぁ~っと欠伸をして我関せずだ。
「我々との取り引きが始まれば、転移を活かしてゼギール帝国以外の国々に支店を作る予定です。世界を股にかける商会になりますね」
「ゼギール帝国は今政府が取引をしている国ですね? その国に支店を作らない理由をお聞きしたい」
「ゼギール帝国は大きな大陸の中心にある国で、これといった産業はありません。ですが、大陸の中心なだけに多くの交易路が交わる場所でもあります」
「関税ですか……」
気づいたようだ。今まで自分たちが取り引きしていた相手の輪郭が見えてきたんじゃないかな。
「そうです。大きな関税をかけ多くの富を得ている国です。簡単に言えば嫌われている国なんですよ。関税に文句を言う国は締め出されます。そのせいで、周りの国々と諍いも多いです」
実際に戦争しているとも聞いているからな。
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