160.手合わせ

 買い物も終わって幽斎師匠の家に帰ると、大宴会中……。


「あらあら、本当に困ったものね」


 可愛らしく首を傾げてみせる奥様は、全然困った顔はしていない。逆に喜んでいる顔だ。


 出前を取ったらしく座卓の上はご馳走とお酒がところ狭しと並んでいる。


「アキの師匠は凄い人だ」


「武勇伝を聞いていたが、まじ半端ねぇ」


「俺たちとは次元が違いすぎる……」


「兄貴と呼ばせてください!」


「おう! みんなまとめて面倒見てやるぜ!」


 駄目だ……こいつら完全な酔っぱらいだ。


「あらあら、やっぱり若い人が一緒にいると違うわね」


「お孫さんたちとはまた違うんですか?」


「孫や子どもは身内ですからね。こんなにはしゃいでいる旦那様は久しぶりよ」


「なにやってんだ! さっさとこっちに来て座りやがれ! お前にはいろいろと言うことがあるんだ!」


 あぁ、面倒くさい。酔っ払の戯言に付き合うには素面ではきつい。しょうがない、俺も飲むか……。


 目の前にある薩摩切子の猪口に雨過天青という日本酒を注ぎ一気に呷る。


 ぷはぁー。旨い! すっきりとした味わいだけど米の旨さが際立つお酒だ。


「いい呑みっぷりだ」


 幽斎師匠、手元の日本酒の底を片手で持ちお猪口に注いでくる。ラベルに昇龍蓬莱とある。


 これも旨い! とてもフルーティーな味わいで飲みやすいから女性にはいいかも。実際、愛人さんたちが飲んでる。


「十六夜、お前は小策士だ。俺の賢婦人を誑しこむとはけしからん!」


 将を射んとする者はまず馬を射よ。ん? 奥様のほうが権力持ちだから、幽斎師匠が馬になるのか?


「あらあら、旦那様だってそちらのお二人を垂らしこんでいらっしゃるのでは? 小太郎ちゃんとアキくんは私の恋人ですから、恋焦がれているのは私のほうですよ?」


「ぐっ……」


「アキはジゴロか?」


「ジゴロというより女誑しじゃね?」


「サラちゃん、綺麗だよなぁ」


「アキにはもったいない女性だ」


 余計なお世話だ!


 その夜は長い夜だった……。いや、寝たのは既に朝だったな。起きたのは昼。完全な二日酔い風月を使うが、さすがに一度では抜けない。


「お昼ご飯食べれる?」


「わふ」


「にゃ~」


 奥様と以蔵くんと小太郎はお昼がちょうど済んだようだ。鍋焼きうどんを食べていたようだ。


「頂きます」


 どうやら準備は済んでるようで火にかけるだけの状態。


 小太郎と以蔵くんをもふもふしていると、


「おもちも入れる?」


 と聞かれたのでお願いした。そういえばまだお餅を食べていなかった。あんこ餅、磯辺餅、納豆餅、そしてお雑煮だ。年に何度も食べることもないので、この機会を逃すと来年のお正月まで食べる機会がないかもしれない。


 そんなのことを考えていると、ぞろぞろと幽斎師匠とジミーたちが集まって来た


「さすがに飲みすぎた……」


「「「「アキ、頼む……」」」」


 全員に風月を使う。完全には治してやらない。これは戒めなのだ。


「回復のアビリティか? なんで……って、そういやぁ使えたんだったな。よし、飯だ!」


「あらあら、みんな起きてきたのね。困ったわねぇ、少し足りないわ」


 全員分は用意していなかったのか。


「お餅が残ってるなら、俺はお餅でいいです。今年は正月らしいことしていないんで」


「あら、そうなの? じゃあ、お雑煮食べる?」


 おっ、ラッキーだ。もちろん食べると答える。


「十六夜は正月になにやっていやがったんだ?」


「修行です」


「ほう。修行ねぇ。少しはできるようになったんだろうな?」


「まあ、及第点は頂きました」


「飯食ったら表に出ろ。遊んでやる」


 奥様じゃないけど、あらあらだな。


 あんこ餅、きな粉餅、お雑煮を食べれて満足。さすがにすぐに動くのはつらいので少し休憩。その後、作務衣に着替えて庭にでる。


「アキ、六陽掌は禁止だからな。型は使っていいぞ」


「わかってる。メインは棒法でいく」


 打己棒を出して構える。


「棒術か? 面白い。俺も棒術は少し齧ってる。棒術ってより杖術だがな」


 そう言って、幽斎師匠は長めの棒を持ってきた。


「少しはいい面構えができるようになったんじゃねぇか?」


「士別れて三日すれば、即ち更に刮目して相待すべしといいますよ」


「名将呂蒙にでもなったつもりか。楽しませてくれるんだろうな?」


 風老師から習った故事を使ってみたかっただけです。今だと、男子三日会わざれば刮目して見よっていうのが主流かな。


 棒術に関しては楽しめると思いますよ。


「では行きます」


 俺の棒術は守りの棒術。本来は受け身の技だが、幽斎師匠に胸を借りる手前こちらから攻める。幽斎師匠だから力を出し惜しみはしない。最初から全力で行く。


 右手は棒法、左手は六陽掌。もちろん並列思考を使ってだ。基本は棒法、ここぞという時に六陽掌で攻撃の戦法。


 最初は躱していた幽斎師匠だが、体が温まってきたのでギアを上げた俺の攻撃を杖で捌き始める。


「ちっ」


 舌打ちするわりに余裕で捌いている。杖術で鋭い攻撃もしてくる。円を描くように防御し、肩に杖を背負うように持ったところから、てこの原理のような動きで強烈な一撃が襲ってくる。


「やらしい動きだ」


 俺の棒法は蛇のような動き。受け流し相手の武器を舐めるかのような動き、そして隙を見つければ蛇の如く襲い掛かる。対して幽斎師匠の動きは円と線。


 面白い。





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