151.クリスマスプレゼント

 次の日からは忙しかった。沙羅に事情を説明して迷宮探索は一時お預け。沙羅はせっかくなのでと、土曜は撮影の見学に来ることになった。


 平日の夕方からは衣装合わせと、剣劇の立ち回りの練習。中国武術を知らないので、いくつかの型を仕込まれる。


 土曜は音楽プロデューサーのプロフェッサーとの打ち合わせに参加。世界を股にかけるプロフェッサーとの邂逅にただただ緊張。


 沙羅がそのプロフェッサーにスカウトされていた……。断ったみたいだけど。


 明日からはさっそく現代パートの撮影になる。動きだけなので、セリフがないのが救いだ。現代パートを撮る間にも武侠パート練習。


 現代から過去に戻り悪を倒して、また現代に戻るというストーリーになっている。


 現代パートでジミーたち四人と演奏をしているシーンがあったが、俺は全くの音楽音痴だ。なのに、アルトサックスを渡されサックスの先生につき、三日間の特訓を受け撮影に突っ込まれた。本当に音楽に合わせて格好を取っていただけだ。見る人が見ればバレバレだろう。


 現代パートをなんとか乗り切り、武侠パートに入ってからも大変。映画さながらのスタント。もちろん、スタントマンではなく自分自身で。


 ワイヤーアクションも経験したが意外と地味。そして恥ずかしいポーズと、体に食い込むハーネスに四苦八苦。立ち回りは日頃の訓練と、実戦を経験しているのでなんとか様になったと思う。


 俺が大学の冬休みに入ると、撮影現場の近くに泊まり込みで一日中撮影となる。早朝から夜遅くまで、きつい……。


 それでもなんとか撮影最終日を迎え、最後に一人一人の演武を撮影してすべてのスケジュールが終了。


 その夜は撮影の打ち上げ。港近くのレストランを借り切り、すべてのスタッフさんが参加する。沙羅も関係者として出席を許されている。


 もちろん、小太郎もだ。小太郎は撮影の間、メイクさんや衣装さんのアイドルになっていたからな。間違いなく関係者であり功労者でもある。


 プロフェッサーが俺のどこを気に入ったのか、別の撮影にも参加しないかと誘われたが、本業は学生なのでと断った。でも、気が変わったらと名刺をもらった。


 ちなみに、沙羅もだ。あれから何度も会うたびに勧誘されていたからな。俺はどちらかというとついでだな。


 そして、今日はクリスマスイブ。この日のためにプレゼントを用意していた。正直、迷った。お嬢様の沙羅に送るプレゼント。高級ブランド品など見飽きているだろう。


 かといって、センスのあるものを選ぶ鑑定眼など持ち合わせていない俺。こういうことを相談できる女友達なんていない。


 そこで考えた。こういう時こそ神頼みだと。


 普段買わない高級アイスの詰合せを買い。沙羅が欲しがるようなものをくださいと紙に書いて奉納。


 しばらくすると、綺麗な箱が届いた。金蒔絵螺鈿の硯箱だ。宮中の女官たちの絵柄だ。中には硯と墨そして筆も入っている。


 さすが、月読様。完璧です!


 当分、奉納品のランクを上げようと思った。


 近くの文具屋でプレゼント用にラッピングを頼み、用意も万全。今に至る。


 ベイブリッジの見えるレストランの屋上で沙羅に用意したプレゼントを渡す。


「中身は家に帰ってから見てね」


「ありがとう」


 沙羅はそう言っての俺にプレゼントのマフラーを巻いてくれ、そして不意に……唇にもう一つのプレゼントをくれた。


 酔っ払ったジミーたちに邪魔されるまで。お互いのぬくもりを感じ合っていた。


 いいクリスマスだった。




 さて、沙羅との関係も進展し、撮影も終わったことでゆっくりできるかといえば……できなかった。


 撮影終了後、スタッフさんたちは帰国したが、ジミーたちは帰らず風師匠の下で修業するそうだ。


「もうすぐ年越しなんですけど?」


「俺たちは旧正月で祝うから関係ない」


 とのお言葉で、俺も強制参加。大学が始まるまで風師匠の所で修業することになった。


 沙羅は薙刀の師匠の下で本格的に氣の訓練に入るそうだ。


「来たぜ、爺さん」


「よくも今までだましてくれたな」


「今回はその秘技、頂くぜ」


「そして、最強の名を頂く」


「風師父、よろしくお願いします」


ハオ。元気があってよろしい」


 どうなんだろ? これでいいのか? 


「しかし、林坊たちの末弟が一番礼を重んじるとは嘆かわしい」


「ふん。俺たちは爺さんの弟子じゃないからな」


「「「そうだ、そうだ」」」


 だからこそ、礼が必要なのでは?


「アキよ。初心を忘れるべからず。傲慢は弱き心と見よ」


「しかと、心に刻みます。反面教師として」


ハオ


「「「「おいおい」」」」


 と冗談はさておき、ジミーたちたちは剣の秘技を教わる? 奪う?


「ふむ。アキは日本の刀術ゆえ教えることはできぬ。されば、六陽掌と棒法を授けよう」


 その日から午前中座学と型。午後から組手と棒法の実践が始まる。


 座学は陰陽五行に始まり岳飛の戦術書から孫子の兵法まで講義される。まあ、面白く教えてくださるので楽しかった。


 型は見事なまでにスパルタ方式。時間もないことから、スマホで風師匠の型を録画し、寝る前に映像を見ながらイメージトレーニング。


 午後は内功禁止で、風師匠やジミーたちと組手。ボコボコにされる毎日。棒法の訓練も容赦なく痣だらけ。毎晩毎夜、風月で治していた。


 十二月三十一日もこれといったイベントもなく修行。疲れてすぐに寝た。


 修行途中から内功を合わせた六陽掌の修練に変わった。強力な技なので使い方を誤らないように何度も念をおされるが、風師匠にコロコロ転がされてばかりなので実感はない。


 年明け五日にやっと合格をもらうことができた。


 初歩、卒業として……。





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