116.弟

 大学の帰りに沙羅とマーブルを連れて仕入れに奔走。ショウさんは専属運転手だ。問屋からは毎度の如く変な目で見られるが気にしない。品物は全て天水家の倉庫に配送を頼んである。貴子様からもらった小切手は現金化して、三分の二は俺の自由空間に入れてある。


 土曜に喫茶店ギルドに行って人工ダンジョンに向かい、保管部屋からマーブルの家に転移。もう転移には慣れた感があるので、ほかの場所にも転移してみたい。


 ぱちょんの店に向かうと、店の中を見知らぬアメリカンショートヘアのケット・シーが掃除をしていた。


「弟のプッカにゃ」


「可愛い~」


「にゃ~」


「プッカです。姉がお世話になっています」


 にゃが付かないだと!? 可愛い顔をしているが、姉よりできた弟のようだ。沙羅が抱きついてなでなでしている。えへへ……とはにかむ顔も可愛い。男じゃなければ俺も抱きついていたかもな。


 この店の主のぱっちょん夫妻を呼び交えて話し合い。


「訪問販売はムリにゃ~。数が多すぎるにゃ~。面倒にゃ~。働きたくないにゃ~」


 本音がダダ漏れだぞ。マーブル。


 だが、確かにこれだけの貴族の注文を、いちいち訪問販売していたら過労死してしまう。


「うちの隣のばーさんがやってた薬屋がな、こないだ歳には勝てねぇって店を閉めたんだ。そこを借りて事務所にすりゃいいんじゃねぇか?」


 要するに、ぱっちょんは売る店は開かず注文専門の事務所を作れということだ。確かにそれはありだな。品物の引き渡しもそこで行えばいいだろう。


 プッカが台帳を管理して、受付に一人置けばいいだろう。品物はぱっちょんとプッカで管理すればいい。


 みんなに俺の考えを話す。


「そうなると、やはり、もう一人信用できる奴が必要だぜ?」


「すぐにはムリにゃ~」


 旅猫行商人仲間もすぐには無理だよなぁ。


 仕方がない。やりたくはないが一つ手がある。それは人材派遣だ。今、マーブルの商売に滞りが出ると困る人、あるいは組織。それは王宮と商業ギルドだ。


 さすがに王宮に人を貸してくださいとは言えない。貴族相手だから王宮から人を借りたほうがスムーズにいきそうだが、まだそこまでの信頼関係が築けていない。


 なので、商業ギルドだ。商業ギルドとはお金の関係。ある意味、お金さえあれば信頼関係は二の次でいい。金の切れ目が縁の切れ目という言葉があるくらいだ。この世界にあるかは知らないが。


 なので、今アゲアゲ状態のマーブル商会になら、おそらく喜んで人材を出してくれるはず。


 そしてここぞとばかりに、品物の卸先を調べ回るが、結局わからずじまいに終わる。俺たちのことに気づいたところで、どうしようもない。


 再度、考えを説明。


「おめぇ、怖い奴だな……マーブル気をつけろよ」


「大丈夫にゃ! あきっちはいい奴にゃ。それにさらっちを押えておけば問題ないにゃ。尻に敷かれているからにゃ!」


「ふぇぇ!?」


「じゃあ、マーブルちゃんがちゃんとさらっちちゃんを捕まえておくのよ」


「任せるにゃ! さらっちの家族はみんな、うちにメロメロにゃ!」


 確かに天水家のみなさんはマーブルにメロメロだな。それより、そんなに俺って尻に敷かれているか? そんなことはないと思うんだけどなぁ。


 沙羅が真っ赤になってモジモジしている間に、みんなの了承が得られたがなんか納得がいかない。


 今回仕入れてきた品物をぱっちょんとプッカに渡す。少量づつ納品するメリットを説明するのも忘れない。あとは任せた。



「これはマーブルさん。お待ちしていましたよ」


 アディールさん、不気味なほどニコニコ顔だ。不気味だ。


 どうやら、保存用の紙とガラスペンが想像以上に良い品だったとご満悦。特に和紙は千年もつということに驚きが隠せなかったらしい。中性紙も質が良く申し分ないと言っている。使い分けで使うので両方欲しいとのこと。


 そして、ガラスペン。これは芸術品だと言ってべた褒め。一度インクを付けただけで長時間書いていられるのは、いちいちインクを付ける手間がいらないので時間短縮になる。なによりイライラしないそうだ。


「それはよかったにゃ」


 というわけで、大量の注文を受ける。


「実は商業ギルドさん……いや、アディールさんにお願いがあるのですが」


「何でしょう? 日頃お世話になっているマーブル商会さんの頼みなら、できる限りのことはいたしますよ」


 さすがにここでは周りで聞き耳を立てている人が多いので話しにくい。ゆっくり話ができる場所での話し合いをお願いする。


「わかりました。部屋を用意しましょう」


 商談用の個室に移って話を再開。


「アディールさんはなぜ商業ギルドで働いているのですか?」


「唐突な質問ですね。そうですね、妥協したからでしょうか」


「妥協?」


「若かりし頃は商人になりたかったのですが、悲しいことに私には商才はありませんでした。それでも商売というものに憧れを感じていましたので、自分で商売はできずとも近くで見て感じていたかったのです。それには商業ギルドが適していたので働いています。これで答えになったでしょうか?」


 この人に商才がないとしたら、マーブルには髪の毛一本ほどの商才もないのではないだろうか?


「あきっち、なんか失礼なこと考えてないかにゃ?」


「考えてた」


「にゃ!?」



 そんなマーブルは放っておいて、アディールさんだ。今の話は嘘か本当なのか判断がつかない。本当にこの人はやりにくいなぁ。







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