82.転移

 夏休み中の講習会に出席のため大学に来ている。


 サラはマーブルを連れて来た。小太郎とおそろいの色違いのキャリーバッグだ。マーブルはとても毛艶がよくなっていて上質なベルベットのよう毛並みだ。聞けば、天水一家皆に可愛いがられているらしい。


 完全にだらけきったその姿、まさしく猫そのもの。己がケットシーであることを放棄したか、あるいは忘れているとみえる。


「こっちの世界は天国だにゃ~。毎日が王侯貴族より贅沢にゃ~」


 それは天水家だからだぞ。


「もう、帰りたくないにゃ~」


 帰れ! すぐ帰れ! 今すぐにでも帰れ! 羨ましくなんかないんだからな!


 大学の帰りにいろいろな場所に連れていく。マーブルが興味を持ったのが缶詰とレトルト食品、そしてお菓子類。向こうの世界にはこういう保存食がないそうだ。


 次回の取り引きの品はこれがいいと言っている。やはり、砂糖の流通量が少ないようで砂糖は高価なんだそうだ。香辛料類も同じで海に面した国といえど、航海術や遠洋航海に耐えれる造船技術が低いようで、南方からの交易品は命がけの航海で運ばれるため高くなる。


 甜菜や麦芽糖はないのだろうか? 技術譲渡は不味いか?


 安くて便利なライターやマッチなんかはどうかと見せるが、同じようなものが錬金術で作れるらしい。錬金術やるな。


 しかし、なんともちぐはぐな世界だな。科学が発達しているようで、へんなところで発達していない。向こうの世界に何があって、何がないのか自分の目で確かめてみたい。そうすれば、向こうの世界で売れそうなものが見えてくると思う。


「向こうに行きたいにゃ? じゃあ、今度連れて行くにゃ」


「「え!? 行けるの?」」


「うにゃ~、やってみないとわからないけどにゃ?」


 転移には理力が必要。マーブルの世界からこちらの世界に転移すると、マーブルの理力をほとんど使うのですぐには帰れないそうだ。回復に二日はかかるらしい。


 俺の月虹は月読様が肩代わりしてくれる。そういえば一度も使ったことがない。一度使てみたほうがいいかもな。


 とりあえず、マーブルの街に行くのは大学の講習会が終わってからだ。すぐには帰れなくおそれがある。


 講習会のスケジュールが全て終わった次の日の朝、俺の下宿先に沙羅がマーブルを連れて来る。


「私も行きたい~」


「また今度ね」


「帰りたくないにゃ~」


 沙羅はぶぅーっと頬を膨らませ、マーブルは俺のベッドの上でゴロゴロ。取りあえず、沙羅さんは帰りましょうね。


「ぶぅー」



 まずは。大宮駐屯地の迷宮に俺の月虹で飛んでみる。


「本当は帰りたくないにゃ~」


 さあ、行くぞ。もたもたするな。


「にゃ~」


 ふわっとした感覚の後、頭に思い浮かべたマーブルと出会った場所にいた。


「あきっち、なかなかやるにゃ~」


 飛べたね。ということはだ、月読神社から直接下宿先に飛べばよかったんじゃね? バス代と電車代、損した……。それに、はにわくんの新しい武器と防具も苦労してリヤカーで運ばなくてもよかったんじゃねぇ……。


 それはさておき、マーブルと話し合った結果、一度竜の大回廊の地下五十階層に飛ぶことにした。マーブルは一度も自分以外と転移したことがないらしい。そのための様子見だ。


 そこから飛べるようならマーブルの住む町に飛ぶことになる。駄目なら俺の月虹で撤収。


「竜の大回廊の地下五十階層のモンスターは半端なく強いからにゃ。うちらじゃ瞬殺されるから、絶対に気づかれないようににゃ」


 じゃあ、マーブルはどうやってここに来たんだ?


「一度も戦ってないにゃ! 気づかれないようになるスキルがあるにゃ!」


 自慢にはならないと思うが、それはそれで凄いと思う。


「にゃ!」


 の掛け声とともに転移した場所は、肌にビンビンといたるところから強者の気配を感じる。小太郎もそれを感じ取って俺の服の中に隠れてしまう。


「ラッキーにゃ! モンスター同士が戦っているにゃ!」


 なにがラッキーなのかわからないが、マーブルに倣い気配を殺してマーブルの後をついて行く。曲がり角からマーブルが向うを窺う、俺にちょいちょいしたので俺も向うを覗くと……リアル大怪獣戦争が起きていた。


 巨大な角の生えたゴリラっぽい怪獣といくつもの触手を生やしたカブトガニのような怪獣が戦っている。壮絶な殺し合いでお互い怪我をし、血や体液をまき散らして辺りに異臭が満ち気持ち悪くなってくる。


 勝者は角の生えたゴリラ。勝者といえどぼろぼろの状態だ。今なら俺たちでも勝てるのでは?


「あきっちは早死にするタイプにゃ。ああ見えても、うちら如きでは、ちっちゃな傷を付けることさえ困難なモンスターにゃ」


 ゴリラ怪獣がこちらを一度チラ見してから反対側に歩いていった。俺たちがいるのに気づいていた!? 見逃されたのか? いや、戦う相手どころか、道端に落ちている石ぐらいにしか思っていないのかも。


 くわばらくわばら……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る