67.縁

 顔をザラザラしたものが撫でていく。目を開けると小太郎が顔を舐めていた。気を失って寝ていたのか?


「気分はどうだ?」


「最悪ですね。何かが体中を這いずり回った感じです」


「そうか、なら成功だ。その体の中の異物を感じろ。それが氣だ」


 起き上がって瞑想し体の中に意識を向ける。小さいが確かに何かがある。これが氣か?


「今なら、自分以外の氣を感じれるはずだ。これから手本を見せる。まずは見ろ」


 そう言って幽斎師匠は武器を持った怪異モンスターが出るエリアに移動。武器を持った怪異モンスターに向かって行く。


 集中すれば幽斎師匠の小さい氣は移動している時に感じられる。怪異モンスターと戦うために氣を抑えている状態だそうだ。


 その幽斎師匠の全身が氣に包まれているというか、氣を纏っているのがわかる。その状態でわざと怪異モンスターの攻撃を受けている。


「わかるか? 今のはわざとわかるようにしてやった」


「はい」


「普通はこんなに簡単に氣を感じられねぇ。修練あるのみだ」


「はい」


 今度は氣を実際に使う訓練だ。


「今のお前の氣の量じゃ、体全体を覆うのは無理だ。だから、部分的に氣を纏わせろ」


 体に纏っていた氣が消え、幽斎師匠が持つ刀に氣が移る。氣を感じ取れるようになるとここまでわかるようになるのか。と言っても、相当集中しないとわからない。


 幽斎師匠が刀を無造作に振るうと怪異モンスターが真っ二つ。よく見れば怪異モンスターが持っていた武器まで斬れている。凄すぎる……。


「見たな」


「はい」


「身体強化のアビリティーは使っていいが、刀には必ず氣を載せろ。準備はいいか?」


「じゅ、準備!?」


 幽斎師匠が胸元から何かを出してライターで火を点ける。こ、これは見たことがあるぞ! 


 パッパッパッパーン! と爆竹が辺りに鳴り響く。


 悪夢だ……。


 案の定、怪異モンスターが音の発生源ここに集まってくる。


「さっさと倒せよ。ほかの連中の迷惑だ」


 そう言って俺の肩にいた小太郎をひょいっと抱えて後ろに下がる。迷惑って……あんたがやったんでしょう!


 俺の氣は少ない。幽斎師匠のように、刀を満遍なく纏うというような使い方はできない。俺の持つ刀に薄く張る感じでもギリギリの量だ。正直、この状態を維持するのが難しい。こんな状態で戦うのか……。


 自分に宵月を掛けたところで、餓鬼が俺の間合いに入る。巻き藁を斬った時の要領を意識しながら、餓鬼を斬る。粘土を斬ったような感覚が残り、餓鬼の体が斜めにズレ落ちる。


 自分でやっておきながら、凄い斬れ味だ。刀に宵月を掛けた時より、切れ味が増している。ということは、氣を載せると五割増し以上に能力がアップするということか。凄いな。この状態に宵月を掛ければ更に能力が上がるのだろうか? 試すのが楽しみだ。


 なんて思っている余裕は全然ない。少しでも油断すると氣が乱れる。ただ刀に氣を載せればいいわけではない。均等に氣を纏わせないと斬れ味がよくならない。俺は幽斎師匠のように豊富に氣があるわけではないので、薄く氣を纏わせるしかない。これがまた難しい。


 上手く刀に氣が載らないと、怪異モンスターを斬った時に抵抗が残る。この抵抗が残らないように氣をコントロールできるようにならなければならない。


 そして、気がつけば怪異モンスターがいない。


「終了だ。儂が教えるのもここまでだ。あとは自分で研鑽しろ」


 本当の弟子じゃないので仕方がない。それでも、一歩前に進めたのは確かだ。


「ありがとうございました」


 帰り道、幽斎師匠と話をしながら帰った。


 氣の使い方はいろいろある。だが、それを他人に教える人は稀。本来は流派の奥義であったり、秘術、一子相伝で伝えられる。幽斎師匠も剣の師匠から教わったそうだ。


「普通に探究者シーカーを目指しているなら、師について学べと言うだろう。だが、お前は何かが違う。内に力を秘めた大物なのか、あるいはただの馬鹿なのか。俺には読めん。だがな、どちらのタイプにしてもお前は誰かに教わって強くなるより、経験して強くなるタイプと見た」


 褒められているのか、貶されているのか判断に苦しむ……。


「お前みたいな奴は縁が大事だ。流れを見ろ、そして感じろ。必ずお前に必要なことは縁として現れるはずだ。それを掴めるか掴めないかはお前次第」


「それではこの縁で幽斎師匠が教えてくれればいいのでは?」


「俺との縁はここまでだ。俺は二、三日修行をつけてやってほしいと頼まれただけだからな」


「本音は?」


「面倒くせぇ。お前を弟子に取ると、面倒くせぇと本能が訴えてやがる。だから、ここまでだ」


「そうですか……残念です。ご指導、ありがとうございました」


「おうよ」


 幽斎師匠の家に戻り帰り支度。お妾さんたちには朝のうちに別れの挨拶は済ませてある。今は奥様と以蔵くんに別れを告げている。


「せっかく若い子が来て賑やかになったと思っていたのに……うちの養子に来ない?」


「こんなでけぇ息子なんていらねぇよ!」


「もう。本当に残念だわ」


 この奥様はどこまで本気で、どこから冗談なのかわかりづらい……。


「くーん」


「にゃ~」


 短い時間だったけど、小太郎と以蔵くんも離れがたく思うほど仲がよくなった。


「弟子には取らんが遊びに来るくらいは許してやる」


「この人は本当に天邪鬼なんだから」


「けっ、うるせぇ」


「この人のことは気にしないで遊びに来てね。絶対よ。小太郎ちゃんもね」


「にゃ~」


 別れの言葉は尽きないけど、もう時間だ。


「お世話になりました」


「おう。精進しろよ」


「はい!」


「にゃ~」


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