64.巻藁斬り
「その前に飯だ」
市内の有名な洋食屋さんからお弁当を出前で頼んでくれた。なんとも贅沢なお弁当でタンシチューが絶品だった。
小太郎には奥様がマグロの刺身を用意してくれた。最近、小太郎はいい物を食べているな。たまに俺よりいい物を食べてるときもあるくらいだ。
昼食後、簡単な講義から入る。
「さっきの話に戻るが、江戸時代前は刀を戦場で使うことはあまりない。鎧を着た奴に刀なんて役に立たない。鎧を斬れる奴がいたとも思えん。基本は槍などで殴るか弓を使うかだ。笑える話だが投石が主流だった頃もあるくらいだ」
槍で殴り合った後は取っ組み合いになり、小太刀でブスリが一般的だそうだ。刀は首級を上げる時に首を切るために使ったくらいと聞かされる。浪漫の欠片もない話だ。
そして、刀が使われ始めたのは江戸時代になってから。平和な時代になったからだ。それはさっきも言ったが、鎧を着なくなったからだ。鎧を着ない相手なら刀は最高の武器。斬れ味最高で折れにくく、そして携帯性に優れている。
「刀は切っ先三寸で斬るなんて言うが、三寸って何センチか知ってるか?」
およそ九センチだな。剣先九センチで斬るのか……。
「勘違いすんなよ。それは人様相手だからだ」
人間は九センチも肉を斬られたら、場所によっては致命傷。死なずとも行動不能になる。たとえ、気力で補ったとしてもまともに動けないのが現実。
「だがな、
ボロボロになっても血だらけになっても、両腕がなくなったも噛みついて襲ってくる。それが、
「所詮、脆弱な人間斬って有頂天になってた屑な人斬りが、異界に行けば今までがただの
まあ、心構え、気構えはわかる。俺もそう感じた時があるからな。これは遊びじゃないと。
「居合はどうなんでしょうか?」
「まあ、一対一ならいいんじゃねぇ? 俺は使わねぇけど」
格好いいと思うけどな。でも、これも対人戦の技で
「居合で使う巻き藁は、おおよそ直径十センチほどある。理論的に切っ先三寸で斬れると思うか?」
無理だね。
「まあ、そういう気持ちで斬れってことだろうよ。だがな確かに切っ先三寸が刀の部分で一番斬れる場所だ。だがそれに何の意味がある? 切っ先三寸で斬る曲芸がしたいのなら、最初から切っ先三寸だけに刃をつければいい」
実際に刀を使うと、一番力がかかる場所は切っ先三寸より下の部分だ。そこで斬ったほうが力が乗るし長く刃を当て斬ることができる。
「わかったようだな。何のために柄の手前まで刃がある? 刃がある全ての部分が武器なんだよ。刀は武器だ。武器の性能を十全に使ってこそ使いこなしていると言えると思うぜ」
ということで、庭に出て実際に巻き藁を斬ってみることになった。
「こいつを使わせてもらうぜ」
俺の工業刀を幽斎師匠が手に取る。刀を腰に差しスラッと刀を抜き、気負いもなく袈裟斬り。力を入れたようには見えなかったが、巻き藁が斜めにズレ落ちる。
「やってみろ」
幽斎師匠から刀を受け取り、巻き藁の前に立ち斬る! き。斬れてな~い……。巻き藁の途中で止まっている。
「かぁー、鉈じゃねんだぞ! 斬りやがれ!」
巻き藁を意識しすぎてただ叩きつけただけだった。リラックス、リラックス。気を落ち着けて再度挑戦。斬るんだ。そう、刀は斬るもの。
今度はちゃんと斬れた。
「切り口を比べろ」
幽斎師匠の斬った巻き藁の切り口と俺が斬った巻き藁の切り口を比べる。幽斎師匠の藁は均等に潰れることなく綺麗に斬れているのに対して、俺のは酷いな。最初に刃が当たった場所は潰れ、外に行くほど引っ張られたように藁が乱れている。
「俺と同じように斬れるまで続けろ」
何をどうしろとかの指導はないらし。自分で考えてやれということか。
一時間ほど巻き藁を斬り続ける。汗だくだ。その間、幽斎師匠は以蔵くんと戯れている。小太郎は奥様に抱っこされて眠っている。
うーん。わからん。何が違うんだ? なんかきっかけがや感覚がわかればいいんだけどな……感覚?
そうか、宵月を使ってみるか。自分自身と刀に宵月を掛け、巻き藁を斬ってみる。ちゃんと振り切ったのに、斬った感触が残らない。これはクリティカルが出たな。
「今、何をした?」
鋭い目で睨んで言ってくる。げっ、まさかの気づかれ!?
「だから、何をした? 急に動きが変わったぞ。薬でもやったか?」
やってねぇよ!
薬はやってないが、アビリティーは使ったけどね。
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