43.体術

 食事の後片付けはうさぎ師匠がしてくれるそうなので、疲れた体を露天風呂で癒す。猫やうさぎとまったりとお湯を楽しむ。うーん、生き返る。


 風呂を上がると離れに布団が敷かれており、うさぎ師匠が寝ろとジェスチャーをするので寝るとなぜか蹴られる。どうやらうつ伏せになれということらしい。


 うさぎ師匠、マッサージをしてくれるらしい。始めは悲鳴を上げるほどめちゃくちゃ痛かったが、筋肉がほぐされてくると気持ちよくなり、いつの間にか寝てしまった。


 ゆさゆさ揺られ目を覚ますと、もう朝だった。あのまま爆睡したようだ。マッサージと爆睡のおかげで、頭も体もすっきりしている。


 体を露天風呂で清め朝食の用意。何を作るか迷う。食材を見てオムライスを作ることにした。俺はうさぎ師匠が作ったアジの開きとみそ汁を食べる。


「これも、美味よのう」


 トマトは奉納品の中に沢山あるのでトマトソースを作っておいた。後はうさぎ師匠の腕次第。香辛料はやはり薬として奉納されていた。意外と多くの香辛料が昔から日本に入っていたようだ。


 月読様にオムライスの上に文字を書くのが通例と言うと、ねこと書いていた。わかっていたけど、猫が好きなようだ。


 昼食のためにパン種も作って寝かしておく。昼食はサンドイッチの予定。


 朝食後お茶を飲んで一服の後、うさぎ師匠と昨日の続き。蹴られ、殴られ、投げられ、転ばされる。悔しい。


 昼食の時間に体を清め、うさぎ師匠とサンドイッチ作り。パン焼きはうさぎ師匠が担当。その間に具材を作る。


 サンドイッチの具材以外にも各種野菜とソーセージを茹でておく。サンドイッチができたところで、茹でた野菜とソーセージにトロットロのラクレットチーズを掛ける。焼いたパンに少し載せて食べてみると、ほっぺたが落ちそうになった。これは旨い!


 月読様はあまりパンはお好きではないようだったけど、サンドイッチの中身は気に入ってくれた。特に玉子サンドの中身だ。マヨは偉大だ。


 そして、食後のデザート。業務用のバニラアイスを皿に盛って、チョコを溶かして少し掛けて出す。


 一口食べた瞬間、


「甘露! これぞ、神の食べ物よ!」


 と言って一気に平らげ、


「お代わりを所望する!」


 それから、何度もお代わりをして気づけば、あのでかい業務用アイスが空になっている……。食べすぎでは?


「至高よのう。このような至高の食べ物をなぜ奉納せぬのだ!」


 溶けるから、だと思います。間違いなく。


「聖臣よ! これは神の食べ物ゆえ、毎日供物として捧げよ! よいな!」


「は、はい……」


 お菓子とアイス好きな神様……まあ、いいか。


 そんなことを繰り返し最終日、毎度の如くうさぎ師匠に投げられた時に急に体が自然と受け身をとる。なんだ?


「やっと能力を身に付けたか。かかったものよのう」


「能力?」


「体術という能力よ」


 スキルか!? 言われてみればなんとなく体のキレがいいような気がする。これならいけるか! うさぎ師匠に仕掛ける。


 月から見る空は黒いな……。


「まだまだよのう。しかし、目的は達した、後は己で精進せよ。最後にあれを見せよ」


 うさぎ師匠が指を一本立て俺の前に立つ。


「聖臣。構えよ」


 何が起きるかわからないが構える。


 うさぎ師匠がゆっくり近づいて来て、構えた俺に指を触れる。


「うぇ!?」


 指一本触れただけなのに、目の前で爆発が起きたかのような衝撃を受け吹き飛ばされゴロゴロと転がる。なんとか立ち上がるがうさぎ師匠が触れた場所が痺れている。何が起きたんだ?


「今のは理力を使った技よ。今の聖臣ではまだ使えぬが、知ってると知らぬでは違うゆえお覚えておくがよい。ほかにも氣などあるがまだ早かろう」


 理力にはこういう使い方もあるらしい。しかし、威力はあるけど非効率らしい。多くの理力を一転に集め、一気に放出するので何度も使える技ではないようだ。奥の手として覚えよということらしい。


 月読様とうさぎ師匠に一礼をする。


 名残惜しいがそろそろ時間だ。帰る準備をしよう。


 小太郎も十分に両親に甘えたので、今は月読様に抱かれてスリスリしている。小太郎の両親は猫又なので人型だと思っていたが、普通に猫の姿だった……。お土産の高級猫缶は喜んでくれたけどね。


 月読様がお土産に刀をくれると言うが、断った。まだ、俺には扱いきれていない、もらっても宝の持ち腐れだ。それに奉納された刀ということは、それ相応の逸品だろう。怖くて使えない。


 代わりに、チーズとソーセージをバッグいっぱいにもらった。大家さんへのお土産にもなる。A5和牛も欲しかったが、保冷バッグを持っていないので諦めた。残念。


 刀の代わりに欲しいものはないかと言われたので、沙羅のお土産に装飾品をおねだりしてみたら、ビーズ状の翡翠のネックレスに二センチほどの緑色の透明な勾玉が付いているものをもらえた。


「あの娘、なかなかの素質よ。大事にするがよい」


 さすが、沙羅。月読様に認められるとは……。俺とはえらい違いだ。


 最後に、うさぎ師匠が大きめの布袋を渡してきた。意外と重く、中身を確認するとお札や硬貨が入っている。なにこれ?


「それで、供物を買って捧げるのだ」


 自分のお金で、自分への供物を買い捧げるってことですか? マッチポンプ的な? いや、違うか。


 お金なんかは全くもって使い道がないらしい。小判で払ってもいいぞと言われたが断る。どこで両替しろと? でも、せっかくなので一枚もらっておいた。使い道はないけど……。


 なんとかバッグに詰め込み小太郎を抱っこして、


「お世話になりました」


「うむ。また来るがよい」


 うさぎ師匠と小太郎の両親が手と尻尾を振ってくれている。と思ったら、月読神社の境内にいた。


 なんとも、不思議な経験をした。不思議の国のアリスの気分だ。浦島太郎のほうではないことをスマホの時計で確認して、ほっとしてから帰路についた。




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