28.気構え
悪鬼の片目を奪い優勢になるかと思ったが逆だった……。手負いの野獣は追い詰められて更に凶暴になる典型的なパターン。
悪鬼の残った目が血走って逆上しているように見えるのに、放ってくる突きや蹴りはさっきより鋭いものになっている。そのせいで避けきれず、紗耶香さんのお世話になってる不甲斐なさ。
それでも、『男なら、危険をかえりみず、死ぬと分かっていても行動しなくてはならない時がある。負けると分かっていても戦わなくてはならない時がある』と言っていた海賊がいる。その時が俺にとって今なのかもしれない。
ここで逃げ出せばもう
悪鬼の猛攻をなんとか躱し懐に入り小太刀を振るう。天水さんの小太刀は三十から四十センチくらいの長さ。これがもう少し長い太刀や刀ならもう少し違う戦い方も出来たかもしれない。
まあ、逆に敵の懐に飛び込むという度胸をつけるのには適しているのかも。命懸けだが……。
何度目かの飛び込みで振るった小太刀が、すぅーっと抵抗なく悪鬼の喉を斬り裂く。まったく手応えのない一撃が悪鬼に止めを刺した。
「今の一振りは良かったわ」
と言われても全然実感がない。
消えていく悪鬼を強敵と書いてライバルと読むなんてくだらないことを考えてたら、悪鬼が消えた後に小さな陶器の瓶が残った。なんだこれ?
拾って紗耶香さんに瓶を渡すが紗耶香さんも怪訝な顔をしている。
これはあれだ。いわゆる、ドロップアイテムってやつだ。
「なんでしょうね、それ?」
「わからないわ……鑑識に回してみないことには」
二人で陶器の瓶を眺めていたら、やっと待ち人来たる。
「おーい! 無事か!」
「天水三等特尉であります! 全員無事です。救助を要請します!」
「了解しました。こちらは佐藤准特尉であります。間もなく後続の救援隊が来ます。それまで、要救助者を死守されたし!」
ほどなくして、穴からロープが降ろされ武装した自衛隊の方々が降りてきて周囲の警備につき、その間に俺たちは救出されたのだった。
その後は、俺だけ自衛隊の診療施設で精密検査を受けさせられてから、市内のホテルに移送された。そう、宇宙人のグレイのように……。俺、なにも悪いことしてないよね?
「大変な目にあったみたいね……」
ホテルで葛城さんと合流してやっと釈放された。この後は今回新人研修会に参加した人たちとの夕食を兼ねた懇談会。
まだ、少し時間があるのでシャワーを浴びて着替えて会場に向かう。
「十六夜くん!」
「にゃ~」
小太郎を抱っこした天水さんが迎えてくれた。
「あ、あのね……助けてくれてありがとう……体、大丈夫?」
「大丈夫。ピンピンしてる!」
「あの時、怖くて……動けなくて……十六夜くんが助けてくれなかったら私死んでたかも……」
「俺が動かなくても紗耶香さんがなんとかしてたと思う。そんなに気にすることじゃないよ」
「でも……そのせいで、十六夜くんが怪我して……それなのにお礼すらできなくて……ごめんなさい……」
不謹慎だが美女は泣き顔も美しい。天水さんの抱いてる小太郎の頭を撫でながら、
「
「そうだね……私も自惚れていたのに気づかされた。いつもは兄さんや姉さんが私が戦いやすいようにしてくれていただけなんだって……馬鹿だよね。それを私自身の実力だと思っていた私って……」
いやいや、天水さん。あなたは強いですよ!? 十分に素人離れした実力ですよ? あなたが弱かったら今回新人研修会に参加した、ここにいるほとんどの人はごみ以下になっちゃいますけど?
「謝罪は受け取った。まあ、これも一宿一飯の恩義ってやつだ。いつもお昼ご飯頂いてるから、なっ小太郎」
「にゃ~」
小太郎が天水さんの涙に濡れた頬をペロペロと舐めて慰める。小太郎はいい子やなぁ。
「ありがとう……コタちゃん」
そう言って、笑顔になって小太郎に顔をうずめる。
だから、なんでそこ小太郎なのかな! まあ、いいけどね。やっぱり笑っている天水さんのほうが綺麗だ。
「兄ちゃん! なんともないのか? 心配したぜ」
「お兄さんのこと凄く見直しました!」
そ、そうか? なんか素直にそう言われると照れるなぁ。
「姉ちゃんが危なくなった時、俺は動けなかった……その後、もう一度
「私も同じ。怖くて足がすくんで、気が動転して、
こいつらもいい経験になったんだな。あとはどうこの経験を活かすかだ。この経験を活かして伸びるか、あるいは逆に
なんて、そう歳も変わらないのに親父くさいことを思ってしまった。
一つの壁を越えたからなのだろうか?
だが、まだ一つの壁を越えただけ。これから多くの壁にぶち当たる。それをぶち壊し乗り越えて行く気構えだけはできたと思う。
慢心せず精進あるのみだな。
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