11.天水沙羅

 名残惜しいが、午後の講義があるので天水さんと別れた。


 今日の午後の講義は一つだけなので、なんとか小太郎におとなしくしてもらい乗り越えなければならない。


 俺の隣の椅子にパーカーをたたんで置き、その上に小太郎を下す。


「おとなしくしててくれな」


「にゃ~」


 小太郎はパーカーの上で丸くなり寝るようだ。


 講義の間、何度か目を覚まし俺を見上げてきたが、頭を撫でてやるとまた丸くなって寝てくれる。そんな小太郎は俺の言うことを守り、講義の間中一度も声を出さなかった。とても頭の良い子だ。これなら、一緒に講義に出ても大丈夫かもしれない。


 とはいうものの、下宿先に帰り夕食後に加奈ちゃんと戯れる小太郎を見ていると考えてしまう。やはり、大家さんに小太郎を預けたほうがいいのではと。


 でもそれは、結局大学での出来事と何も変わらない。大学の構内という狭い範囲だったから出会えたものの、これがこの下宿を含む町内、更には区内にまで広がったら見つけるのは至難の業。月読様から託されたのにこれでは本末転倒だ。


 取りあえず、様子見で明日も連れて行き講義中もそばにいさせよう。部屋でしまってあった古いボストンバッグにバスタオルを敷く。講義中はその中にいてもらおう。喉が渇いても水が飲めるように、小さい深皿も入れておく。


 翌朝、そのボストンバッグに小太郎を入れて大学へと向かう。小太郎は終始バッグから顔を出して周りを見ていた。道を覚えるつもりなのだろうか?


 校門に着くと昨日の天水さんが手を振って近づいて来る。


 俺なのか!? つい、俺の後ろに誰もいないことを確かめてしまった。彼女いない歴年齢のさがだな……。


「にゃ~」


「小太郎ちゃん。おはよう! 十六夜くんも」


「お、おはよう。天水さん」


 なんとか動揺を抑えて挨拶ができた。でも、小太郎が挨拶の最初なんだな……。


「あ、バッグに入れて来たんだ。うーん。でも、せっかくだから、これ小太郎ちゃんにプレゼント!」


 天水さんがそう言って、青い猫用のキャリーバッグを渡してきた。前回ホームセンターのペットショップで、店員さんにキャリーバッグも薦めれたが高くて手が出なかった。その時薦められた物よりも品質も値段も高そう。小太郎と書かれたネームプレートまで付いている。


 小太郎にプレゼントと言われても、はいそうですかともらえる品物じゃない。


「そんな高そうな物もらえない」


「そんなに高い物じゃないから。昨日、帰りに見つけてね、小太郎ちゃんにぴったりだと思ったの」


「どう見ても高い物にしか見えない。もらえません」


「じゃあ、これを小太郎ちゃんにプレゼントする代わりに、毎日お昼にもふもふさせて?」


「にゃ~」


 おいおい、小太郎お前が答えるなよ。


「やったぁ! 契約成立ね!」


 一瞬、ドキッとした。天水さんのまぶしい笑顔にではなく……いや、笑顔にもだけど、アンダーワールドでのマギと契約するときのことが頭に浮かんだからだ。


 天水さんは早速小太郎をキャリーバッグに移して、中の様子を嬉しそうに窺っている。小太郎も何の警戒もなくすんなり入ったので、気に入ったようだ。


 キャリーバッグは横と上部からも出入りできる構造で、後ろ脚立ちで前脚をバッグにかけ小太郎が立ち、天水さんになでなでされている。ボストンバッグに敷いていたバスタオルをキャリーバッグに敷いてやると、うずくまって寝てしまった。


「か、可愛いぃ……」


「本当にもらっていいの?」


「うん。小太郎ちゃんのためにも、もらってほしいの」


「はぁ……小太郎が気に入ったようだし。じゃあ、ありがたくもらっておく」


「うん。じゃあ、お昼に中庭ね」


 そう言って、天水さんは構内にスキップして行ってしまった。


 見る人が見れば恋人同士の会話にも聞こえかねないが、実際はとても残念な会話内容なんだ。まあ、誰も近くにいないけど。


 午前中の講義中、小太郎はとてもおとなしかった。代わりにたまにキャリーバッグから顔をのぞかせ、二つ隣に座っていた女子のほうを向きコテンと首を傾げると、女子がその可愛さに身悶えする姿が何度か見れた。


 小太郎。俺はそっちじゃなくて、こっちだ。


 お昼に中庭に行くと昨日のベンチで読書をしている天水さんを発見。俺が声をかけるより、小太郎がキャリーバッグから飛び出して走って行き、天水さんにダイブ!


「コタちゃん!」


「にゃ~」


 小太郎のその大胆さを見習いたい……。俺にはとてもハードルが高いコミュニケーション技だ。アンダーワールドでの能力アビリティーで覚えないだろうか? 無理だろうな……。


 そんな俺を余所に天水さんはこれでもかと、もふもふ、スリスリ。あぁ、小太郎と代わりたい……。


 白と銀の模様のサバトラである小太郎は、中庭に注ぐ暖かい日光の当り具合によって真っ白な子猫に見える。真っ白な子猫と黒髪美人。いいと思います!


 ベンチの前を通る人、老若男女問わず必ずベンチの天水さんをチラ見していく。


 その横にいる俺はちょっとした優越感に浸っていた。


 半面、正直とても虚しい……。


 小太郎、代わってくれ!

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