10.出会い

 下宿に帰り夕食を食べたあとは加奈ちゃんの小太郎タイム。その間に授業の予習と復習を済ませる。本分は学生なのだ。そこを忘れたら本末転倒。


 翌日、朝食をとっている時に、大家さんから小太郎はどうするんだい? と聞かれて重大な問題を忘れていたことに気付き、キャットフードをカリカリと食べている小太郎を見る。


 まあ、なんとかなるだろう。


 いつもより早めに下宿を出て、獣医学部の友人を訪ねる。


「おぉー! 別嬪さんだな。この子を預かればいいんだな」


「昼には一度来るから。あと、小太郎は男な」


「そうかイケニャンか、きっと女の子にモテモテだぞ」


 そう言って部室にあるサークルゲージに連れて行く。サークルゲージの中には猫が何匹か入っている。子猫もいるようなんで小太郎も寂しくないだろう。


「にゃ……」


 少し考えればわかることだった。この時は余裕もなく小太郎の気持ちを考えてやれなかった。そう、小太郎は寂しかったのだ。生まれた時から住んでいた場所から離れ、尚且つ俺から離れてひとりぼっちになるのは初めて。猫又とはいえ子猫の小太郎が寂しくならないわけがない。


 小太郎は俺がいなくなってから少しの間はおとなしくしていた。でも、やっぱり寂しくなりにゃ~にゃ~と俺を呼ぶように鳴いていたそうだ。それを見かねた獣医学部の学生が小太郎を抱き上げようとした、ちょっとした隙にサークルゲージを飛び出し部屋から抜け出して、俺を探しに行くのだった。


 しかし、広い校内簡単で見つかるわけもなく、疲れた小太郎は廊下の隅でうずくまる。


「にゃ……みゃ……」


 鳴く元気もなくなり、悲しみで目に涙があふれてくる……。


「あら? 可愛いリボンね。あなたのご主人様はどこ?」


 そんな小太郎を一人の女性が抱きあげる。加奈ちゃんが小太郎のために青いリボンを首輪代わりに着けてくれたのだ。おかげで、この女性は小太郎が飼い猫と気付いた。


「にゃ……」


「ご主人様とはぐれちゃったのかな?」


「にゃ……」


「じゃあ、一緒に探してあげる。やっぱり、最初は獣医学部かな?」


 女性に抱かれて少し落ち着いた小太郎はお礼とばかりに、女性の首元にスリスリし始める。


「にゃ~」


 女性が獣医学部の部室を訪れて学生に話を聞くが、俺の友人も小太郎の世話をしてくれていた学生もおらずわからずじまい。


「困っちゃたねぇ」


「にゃ……」


 そんな小太郎たちの苦労を知らず、俺は昼食を食べに中庭に向かう。早めの昼食をとり小太郎の所に様子を見に行こうと思っていた。


 そんな中庭にで小太郎を抱っこした女性とばったり。


「小太郎?」


「にゃ~!」


 女性の腕の中から飛び出して俺には向かってダイブ。俺の腕の中に納まると、よほど寂しかったのかにゃ~にゃ~鳴きながら、全身を使ってのスリスリ。


「どうやら、あなたが子猫ちゃんのご主人様かな。子猫ちゃんは小太郎ちゃんて言うのね」


 ふと、女性を見れば超美人!? すらっとした長身の黒髪のロングで、切れ長の目の和風美人。あまりの美人に息を呑んでしまう。


「子猫ちゃんのご主人様よね?」


「あ、あぁ。小太郎のご主人様です」


 目の前の女性が美人すぎ気圧され、自分で言ってることがわかっていない。


「小太郎ちゃん。ご主人様が見つかってよかったねぇ」


「にゃ~」


 正直、何がなんだかわからない。取りあえず、落ち着こう。


「十六夜聖臣です。どうして小太郎が一緒だったのでしょうか?」


「天水沙羅です。よろしくね」


 中庭にあるベンチに座り、俺が獣医学部の友人に小太郎を預けたことを話し、天水さんは小太郎と出会ってからの話を聞かせてくれた。小太郎は完全に落ち着きを取り戻して、天水さんにもふもふされて目を細めおとなしくしている。


「そうですか、ご迷惑をおかけしました」


「うんん。迷惑なんかじゃなかったよ。だって、こんなに可愛い小太郎ちゃんと出会えたんだもの。それより、獣医学部のご友人は心配してない?」


 そのとおりだ。小太郎がいなくなって探してるかも。


「私が小太郎ちゃんを見てるから、行ってきていいよ?」


 本当は小太郎を一緒に連れて行きたいのだが、天水さんがああ言ってるが実際はもふもふしていたいのがわかったので、小太郎のことをお願いして獣医学部の部室に向かった。


 部室に着くとちょうど友人がおり、小太郎がいなくなっていることに気付き焦っているところだった。事情を説明して、しょうがないので今日はこのまま俺が授業に連れて行くと言った。友人はお詫びにとちょっと高めの猫缶と紙皿をくれ、疲れてお腹が減ってるだろうから、お昼ご飯に食べさせてやれと言われた。悪いね。


 中庭に戻ると天水さん、まだ小太郎をもふもふしている。さすがに小太郎も助けてくれた恩人とはいえ迷惑そう。


 そんな小太郎の前に紙皿に猫缶の中身を出して食べさせる。お腹が減っていたのか、あるいは高い猫缶だったからなのかはわからないが、勢いよくハムハム食べ始めた。


 そんな小太郎を俺と天水さんが見つめる。二人の距離は小太郎分しか離れていない。美人がすぐ目の前にいて、甘いいい香りもしてくる。正直、ドキドキして心臓の音が天水さんに聞かれないか心配になる。


 これが俺と天水沙羅とのファーストコンタクト。この出会いが俺にとって恋の始まりだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る