第3話 時渡りし想ひの果て
1
女性M『気がつくと、私はただ1人、夕焼けに染まるあの部屋にいた。』
ナレ『彼のいた気配のあるあのときではない、最初にいた場所。』
女性M『私は泣いていた。手にした本に私の涙が染みを作る。』
男性『『私は長くない。わかつていた。誰にも看取られず、消え行くことやむなし。』』
ナレ『そのあとには白紙ばかりが続く。』
女性M『それでも私は、頁を捲り続ける。』
ナレ『……あるはずのない文字が目に飛び込む。』
男性『『時違えども君を想ふ。
わかつていた。気がつかないふりをしていた。
それでも私は君を愛す。死しても永久に愛す。』』
ナレ『危惧していたことだった。』
女性M『けれど、私は胸がいっぱいで、涙を止めることが出来なかった。
期待、していたのだ。してはならない期待を……。
彼の人生を変えてはならなかったのに……。』
ナレ『この本を持っていきたかった。でも、それは許されることじゃない。
そっと文机に本を戻すと、後ろ髪を引かれる思いで部屋を出る。
ずっといても、もう彼には逢えないだろうから。
アパートを出て、耐えきれず振り向いた。』
女性M『……私は愕然とした。』
ナレ『そこは、鉄の廃材が少し並んでいるだけの空き地だったのだ。』
2
女性M『私は本を雑多に読む。そして、読まれることを期待していない物語を綴る。
ただの趣味だ。……きっと、あの人の記憶に同調したのだ。
━━本当は読まれたい
私の描く世界を知ってほしい━━
彼もまた、本当は読んでくれる人を待っていたのかもしれない。
だから、私を警戒しなかった。私を受け入れた。……私を好きになってくれた。
私はワガママだ。
━━あなたの作品が好き、私の作品も好きになって━━
それは、『あなたを好きになるから私を好きになって』というワガママ。
1人で淋しかったから、過去の人である彼にすがった……。なんて無様だろう。
叶わないことだったのに……。彼は優しすぎた。
私なんかに希望をくれた。』
3
ナレ『彼がいたのは、大正末期?昭和初期?昭和中期?
あの頃は、心が自由で物には不自由していた。
今は心が不自由で物が溢れている。
どちらが幸せなんだろう。
ううん、どちらがなんてない。どちらもおなじ。
自由であろうと無かろうと、満たされない思いは変わらない。
世に出た文豪と呼ばれる人たちも、埋もれてしまった人たちも、いくら吐き出しても満たされない思いに苛まされていた。
だから神経を患い、体にまで浸透して若くして亡くなっている人が多い。
今でこそ医療は発達しているけれど、あの頃はそんなものはなく、死を待つしかなかった。
短い余生の中で必死にもがいていた。』
女性M『今の私たちはどうだろう。』
ナレ『彼らに比べたら物理的には充実していて、甘いような感覚にもなる。
現代は表現さえも規制を受け、肩身が狭い。
危険なシーンはオブラートになり、子どもへの負担を減らす傾向になっている。
だからこそ、現代でも神経を患う人が絶えない。
思いの丈を叫べたかの時代の方が幸せとさえ思える。
ただ怠惰に生きるよりはずっとマシ、と。』
4
女性M『私はいつもと変わらない日常に戻った。
違うのは、毎日あの日を想い続けている心。
もう逢えない、本当は逢うことさえ叶わなかった人。
私は毎日、古本屋を巡る。
どこかにあの本が存在しないかと。』
ナレ『ある日、ふと立ち寄った古本屋の店頭本棚に、背表紙のない小さめの本を見つけた。
何とはなしに手に取ろうとする。
すると、反対側からもそれに手が伸びてきた。
思わず手が当たる。』
女性「あ、すみません!」
男性「いや、こちらこそ。」
ナレ『優しい声音の男性の声。思わず顔をあげる。
そこには、夕陽に照らされた優しい面立ちの男性が微笑んでいた。』
女性M『……私は知っている。この声も、あの口許も。
あり得ない、あり得るはずがない。
それでも、私の胸は痛いくらいに鼓動が早くなってゆく。
嘘だ、いや、そうであれ。』
ナレ『手にしようとした本が、するりと落ちる。
二人は気がつかない。
その本はひとりでにパラパラと捲れ、最後の頁の先の頁が少し重くなったかのように反発しながら……開かれた。』
男性『『時違えども君を想ふ。この本が再び開かれたとき、また逢い見えんことを。
我が魂よ、君の元へ向かへ。時渡りて君を愛そう。』』
~~Fin
時違えども君を想ふ台本ver 姫宮未調 @idumi34
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