その夜、夜も更けたころ。

「この部屋か!」

 外から声がする。

(きた、暗殺者)

 ドキドキと恐怖から心臓が高鳴る。暗殺者は、ガシャンと窓を割って入ってきた。

「キャー」

「ちっ、起きてやがったか」

 男の人の様だった。黒い服を着ていて、鋭いナイフを持っている。

(あれで刺す気ね)

 ガチャンと、カインが入ってきた。

「お前達、我が主人に何をしている」

 剣を抜いて、構えた。

「けっ、見張り付きだと! 聞いてないぞ、主人には、嬢ちゃんを殺せとしか言われなかったのに」

「それは、運の尽きだったな」

 二人の暗殺者は、一生懸命抵抗するが、カインには、勝てないようだった。

「この男は、無理だ。女だけでも殺す」

 カキンガキンと音がする中、カインは、きちんと、ジェシカを守っている。

「らちが明かないな」

 カインが剣を振り上げながらそう言う。

「ジェシカ様、あなたは、高いところは平気ですか?」

「苦手です」

「そうですか、わかりました」

 カインは、剣をふるいながら、ジェシカに近づいていく、そして、ジェシカを抱き上げた。

「おい、逃げる気か?」

「その通りです」

「カ、カイン、二階から飛び降りるの?」

「はい、私の体は丈夫ですからご安心ください」

「心の準備ができないわ」

「それなら、口を閉じていればいいですよ」

 カインは、剣を振り上げながら、窓際へ行く。

「では、カルミナによろしく言っておくといい」

 カインは、窓に手をかけ飛び降りた。

(キャー)

 下に落ちる感覚がする。だが、それも一瞬だった。

「大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか」

 カインは、そのまま、ジェシカを抱えて走り出した。

 キャピレット領から、すぐに出なくてはいけない。カインが思っていたのは、それだけだったようだ。

「カイン、カイン、街で、服を着替えた方がいいわ、この服では、目立ってしまうわ」

「わかった」

 カインの騎士の格好と、怪しまれないように着ていたネグリジェでは、目立ってしまう。今は、夜、ばれはしないが、日が出たら、すぐにばれてしまう。

 そこに明かりのついた店があった。

「こんばんは」

「あらら、こんな夜更けに駆け落ちですか?」

「ええ、まあ」

「お貴族様は、好きなやつと結婚できないからな、見たところ、騎士と嬢ちゃんか、よく見る組み合わせだな」

 酒を飲んでいるおじさんがそう言った。

「駆け落ちだと言ったって、道具がないんだろう、それで、この明かりにホタルみたいに寄ってきたと……」

 ジェシカは、酒臭い息に少しだけ離れてしまった。

「そうです」

「金目の物は?」

「ドレッサーにあった指輪です」

「こりゃあ、エメラルドってやつではないか? 服と食べ物と道具をくれてやるよ、俺は、困っちゃあいないからね」

「ありがとうございます」

 カインが頭を下げた。

 早速、店の中で着替えた。ジェシカは、よくある若草色のワンピースで、カインは、黒いチュニックにズボンと言うラフな格好だった。

「お前たち、庶民見たくなったな」

「そうですか?」

「ああ、丁度いいな」

 お店のおじさんは、明るくそう言って、また酒に手を出す。

「ありがとうございました」

「おうよ」

 二人で、外に出ると、少しばかり明かりがさしこんできていた。

「急いで、キャピレット領を出よう」

「はい」

 ジェシカは、走ろうとして転んでしまった。

「あなたは、昔からドジですね」

「えっ? 今、なんて」

「いいえ、何も言っていませんよ、さあ、お手を」

「は、はい」

 カインに手を握られて、歩き出した。


 しばらく歩くと、キャピレット領から出ることができた。キャピレット領で見つかったらならば、キャピレット家の者に裁かれることになる。たぶん、罪は、カインの誘拐罪だろう。

「ここからは、歩きづらいですよ、気を付けて下さい」

「はい」

 道は、だんだんと自然が増えていく。

(森に入るんだわ)

 ジェシカは、心の中で、決心を固めた。

 逃亡生活の始まりだった。

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