十三代目の当主

 からからとケリーがワゴンで朝食を運んでくる音がして、いい匂いがする。

「お待たせしました」

 焼き立てのクロワッサンと苺のジャム、ミルクに、温かなスープが乗っていた。

「おいしそうね」

「ええ」

 ケリーがテーブルに料理を並べる。

「知っていますか? 今日は、ついにキャピレット家の当主が決まるそうですよ、これで、キャピレット家もよくなるといいですね、客間でパーティーが開かれるそうですよ」

「そうですか」

(叔母さんと叔父さん、どっちが選ばれるんだろう?)

 ジェシカは、カルミナはわがままな人、ジェミナは策略家とみた。どちらになるのだろうかと心の中で楽しみにしていた。

 ぼーと考えていると。

「さあさあ、紅茶が冷めちゃいますよ」

 ケリーがそう言って、食事をせかす。

「は、はい」

 仕方がないので、食べ始めると、ケリーは満足したようだ。


   ◆ ◆ ◆


 食事を終えて、カインと一緒に客間へ行った。

「確か、客間で、キャピレット家当主を決めると言っていたわよね」

「そうですね」

 若草色のドレスを着て向かった客間には、大勢の人がいた。ドレスを着た淑女とフロックコートの紳士ばかりだ。

「あら、あなたがジェシカ・キャピレット?」

 知らないおばさんに声をかけられた。キャピレットと呼ばれるのは、慣れない物であった。

「はい、ジェシカ・キャピレットです」

 軽くドレスの裾を持ってあいさつする。

「孤児院の出と聞いていたけれど、ましな挨拶ができるじゃない」

(つまり、このおばさんは、私がキャピレット家にふさわしいか、見定めているのね)

 ジェシカは、心の中でそう思い、今日来ている出席者を見た。

(みんな、私の見定めをしているのかもしれない)

 そう思うと怖いものがあった。

(本当に貴族ってものは、良い物じゃないわね)

 中に入って行くと、ジェミナが男の人達と話している。

「次期キャピレット家当主様じゃないか」

「いえいえ」

 どうやら、この会場は、ジェミナ派、カルミナ派に分かれているようだった。

「皆さん、集まって下さり、ありがとうございます。私、フェドムが、先代当主から預かった。遺言を開けます」

 みんな、ごくっとつばを飲んだ。

「十三代目当主の名は……『ジェシカ・キャピレット』」

 会場がざわめきだした。

「どういうことですの?」

「キャピレット家は終わりだ」

 みんな口々にショックを受けたようなことを言い続ける。

「あら、皆さん、この子は、意外ときちんとしているのよ」

 カルミナがかばった。

「皆さん、私が補佐としてつくので、ご安心を」

「なんだ、顔だけ当主か」

 小声でそういう人がいた。たまに、上に立つことが嫌な人が、代わりを立てることはよくあったのだ。

(私は、顔だけよね?)

 ジェシカは、心の中でそう思い受け入れることにしようと思った。

「待て、カルミナ、なぜおまえが補佐なんだ」

「私の方が、年上だからよ」

 カルミナは、ジェミナに偉そうに言った。

「俺は、認めない」

 ジェミナは、怒って出て行った。

「では、十三代目当主に祝福を込めて、乾杯」

「「乾杯」」

 皆が、ワインを持ってそう言った。

(私が、十三代目当主?)

 カルミナは、楽しそうに人々と話をしている。ジェシカは、取り残されて浮いている様に感じた。

 所詮、名ばかりの当主だ。誰もジェシカには、興味がないのだ。

 不安になって座っていると、カルミナが来て。

「大丈夫よ、私が悪い様にはしないから」

 そう言って、頭を撫でる姿は、『あなたを利用してあげるわ』と言っているようにしか聞こえなかった。

(みんな、怖い、怖い……)

 ジェシカは、その部屋から抜け出した。だが、カルミナが「あらっ?」と言って立ち上がり、ワインを飲みに戻っただけだった。

(私なんて、いなくても同じじゃない、それならば、いっそ当主なんかにしなければよかったのに……)

 怒りが込み上げてくる。

「ジェシカ様」

 声をかけてきたのは、カインだった。

「ずっとついていてくれたの?」

「はい」

 カインは、迷いなくジェシカを見ていた。

(私を見ているのは、カインとケリーだけなのかもしれないわね)

「ありがとう、カイン」

「? 何かありましたか?」

「あなたは、いてくれるだけで心強いわ」

「そうですか」

 カインは少し照れているようだった。

(忠義な方ね)

 ジェシカは、心の中でそう思い、部屋に帰ることにした。部屋に戻ると、ケリーが出てきて、大喜びしていた。

「十三代目当主、おめでとうございます」

「ええ、ありがとう」

「これで、キャピレット家を牛耳る女当主の誕生ですね」

「いえ、そんな大げさなことではないですよ、だって顔だけ当主ですよ」

「いいえ、ジェシカ様は、勘違いしております。補佐は、あくまで補佐です。本当に大事なことは、ジェシカ様が決められるのですわ」

「そうなのかしら?」

「ええ」

 ケリーは熱くなって話している。

「私が、当主のメイドなんて、うれしすぎますわ」

 ぴょんぴょん飛び跳ねるケリーに少し驚いてしまった。

(こういう顔もするんだ)

 今まで、ケリーは冷静なところが多かった。だから、意外だったのだ。

「ケリー、喜んでばかりもいられないぞ」

 カインが腕を組んで壁に背を向けて立っていた。

「なぜ?」

「何かの陰謀だと思わないのか?」

「何で、陰謀?」

「先代が、いくらジェシカ様の祖父だからと言って、今まで、ジェシカ様がキャピレット家の人間だと言う事を知っていたとは考えにくい、よって、これは、カルミナとフェドムが考えた陰謀だと思う」

「確かに、なんで、ジェシカ様の名前が書いてあったのでしょう?」

 二人で青くなった。

(何かが起ころうとしているんだ)

 三人で呼吸を整える。

「私は、少しばかり、外回りをしてくる。ケリーは、ジェシカを守れ」

「はい」

 ケリーは敬礼した。

 カインは、部屋を出て行った。

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