次の日、庭に、ティーパーティー用のテーブルが出されていた。

「ガーデンパーティーと言う事?」

「そうなんだ」

 ジェミナは、張り切っていた。

 若草色のドレスを着たジェシカは、ここ数日きたえられたので、簡単なマナー位はできるようになっていた。

 後ろには、カインが立っているので、ミシェルがどんな男でも大丈夫だと思っている。

 そして、立派な馬車がガタガタと庭に入ってくる。

「ご到着です」

「悪いね、マシュー」

 使用人のマシューに一言言って降りてきたのは、金髪に碧眼の、背が低いかわいい王子様だった。

「あの、ミシェル様は、何才なのですか?」

「十五才だ、成人はしている」

 まさかの年下だった。

「ジェシカは、孤児院で暮らしていたと聞いた。大変な苦労をしてきたのだろう、よく、生きていたな」

「そんなに大変でもないのですが……」

 立ち上がろうとして、ドレスの裾を踏んでしまい。転びそうになる。

「大丈夫ですか?」

 体を支えてくれたのは、カインだった。

「カ、カイン……離して」

 抱きかかえるように支えられたので、ドキドキした。

「お前は、騎士か、主人のピンチに手を差し出せるとは、いいやつだな」

「いえ」

 ミシェルが怒っていることが分かった。

「カ、カインは、私が頭を打つんじゃないかと心配したのですよ」

「そうか?」

 ミシェルは、椅子に座り、紅茶を要求した。

「ケリー、紅茶を二杯お願い」

「はい」

 ケリーは、ティーポットを持ち上げて、お茶を注ぐ。

「ところで、ジェシカ、まだ、貴族になったばかりで、わからないことも多々あるだろう、質問するがいい」

「そうですね、質問ではないのですが、貴族って悲しいですね」

「? なぜだ?」

「なんだか、誰も信頼できなくて……」

「それは、まだ、数日しか一緒にいない者を信じるのは、普通でも無理だと思うぞ」

「そうなのですか?」

「ああ、私とマシューは、とても仲がいいぞ、だから、貴族だとか、そう言うイメージに縛られていることが一番いけない」

「そうですね、相手も私の事を何も知らないのですものね」

「ああ、そうだろ」

 ミシェルの話は、最もだった。ミシェルは楽しそうに話を聞いては、返事をしてくれた。

「ジェシカ、あなたの事は大体わかった。良さそうな女でよかった。私としても、変な女だったらと思って構えていたのだ」

 ミシェルは、恥じることなくそう言った。

「メイド、紅茶おいしかったぞ、ダージリンのセカンドフラッシュだな」

「ありがとうございます」

 ケリーが頭を下げた。

「では、もし、何かあったら、私の家に来るがいい、手紙も待っているぞ」

「はい」

 本当のところ、ジェシカもとても安心していたのだ。なぜなら、ミシェルが怖い男ではなかったからである。

(あの人なら、妥協できるかもしれない)

 ジェシカは、心の中でそう思った。

 ケリーが片づけをしながら近づいてくる。

「よかったですね。変な方ではなくて」

「そうね」

 カインが近づいてきて、跪いてくる。

「すみません、ミシェル様の前であんなことをしてしまって」

「い、いいのですよ」

 思い出して、少し赤くなった。

(抱きしめられたのなんて初めて……)

「私のドジが原因なのですから、カインは、申し訳ないなんて思わなくてもいいのよ」

「ありがとうございます、私も優しい主人に恵まれて、うれしく思います」

「……本当にそうなのかしら?」

「何か、気になることでもございましたか?」

「カインにとって、本当にいいことなのでしょうか? と思ってしまいまして」

「それなら、大丈夫です。私が望んで受けた仕事です。後悔など致しませんから」

「カインって、本当に真面目ですね」

「ジェシカ様は、主人なのですから、できれば、普通にしゃべってくださるといいのですが……」

「わかったわ」

 二人で歩いて部屋まで行った。


   ◆ ◆ ◆


 今日こそ、手紙の犯人を見つけるぞと、カインに言ったが、何も起こらず夜も更ける。月明りだけが優しく光り続ける。

「今日も何もなかった。何だったのあの警告」

 本当に、キャピレット家に入ることを恨んだ奴の仕業なのかもしれないが、その証拠すらないのだ。

 よく考えると、カインは一晩中廊下に立っているのだ。

(眠っていないのかな?)

 恐る恐るドアを開けると、カインは跪くようにして、壁にもたれかかっていた。

(こんなに寒いのに、こんなところで寝るなんて)

 ジェミナは言っていた。騎士道精神の強い男だと。

(がんばりすぎちゃうんだな)

 カインの寝顔を見ていると、心が安らいだ。

(この人だけは、信じてみたいな)

 ジェシカの心の中でそんな思いが芽生えて、毛布を掛けてあげて、部屋に戻った。

(よし! 私、ここでも頑張るぞ)

そう思い眠った。


   ◆ ◆ ◆


 次の日、目が覚めると、カインがいた。

「カ、カイン」

「毛布を貸してくださり、ありがとうございました」

 カインは軽く頭を下げた。

「あの、この前の手紙じゃないですけれど、ジェシカ様は、近々この家を出ると思います。きっと、この家にいられなくなるようなことが起こる、そんな気持ちがするのです」

「騎士の勘?」

「はい」

「じゃあ、手紙は、本当に警告だというの?」

「その通りです」

「なぜ、そんなことがわかるの?」

「今、この家に、当主がいないのは、ご存知ですか? 当主のいない家は、争いが起こるものなのです。ジェシカ様もお気をつけて」

 ――当主がいない。

 それを聞いて、さっと青くなった。

(とんでもないところに来てしまった)

『逃げてください』これは、いやがらせなんかじゃない、ジェシカを想って書いてくれた物だ。

(一体どんな人が書いたのかしら? きっと、親切な人よね……)

 何はともあれ、戦場にいることに気が付いてしまった今、何も安心することなどできないのだ。


 ――怖いかもしれない。


 でも、今は、知らないふりをして生きよう。

 そうすることにして、ケリーを待った。

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