4
次の日、庭に、ティーパーティー用のテーブルが出されていた。
「ガーデンパーティーと言う事?」
「そうなんだ」
ジェミナは、張り切っていた。
若草色のドレスを着たジェシカは、ここ数日きたえられたので、簡単なマナー位はできるようになっていた。
後ろには、カインが立っているので、ミシェルがどんな男でも大丈夫だと思っている。
そして、立派な馬車がガタガタと庭に入ってくる。
「ご到着です」
「悪いね、マシュー」
使用人のマシューに一言言って降りてきたのは、金髪に碧眼の、背が低いかわいい王子様だった。
「あの、ミシェル様は、何才なのですか?」
「十五才だ、成人はしている」
まさかの年下だった。
「ジェシカは、孤児院で暮らしていたと聞いた。大変な苦労をしてきたのだろう、よく、生きていたな」
「そんなに大変でもないのですが……」
立ち上がろうとして、ドレスの裾を踏んでしまい。転びそうになる。
「大丈夫ですか?」
体を支えてくれたのは、カインだった。
「カ、カイン……離して」
抱きかかえるように支えられたので、ドキドキした。
「お前は、騎士か、主人のピンチに手を差し出せるとは、いいやつだな」
「いえ」
ミシェルが怒っていることが分かった。
「カ、カインは、私が頭を打つんじゃないかと心配したのですよ」
「そうか?」
ミシェルは、椅子に座り、紅茶を要求した。
「ケリー、紅茶を二杯お願い」
「はい」
ケリーは、ティーポットを持ち上げて、お茶を注ぐ。
「ところで、ジェシカ、まだ、貴族になったばかりで、わからないことも多々あるだろう、質問するがいい」
「そうですね、質問ではないのですが、貴族って悲しいですね」
「? なぜだ?」
「なんだか、誰も信頼できなくて……」
「それは、まだ、数日しか一緒にいない者を信じるのは、普通でも無理だと思うぞ」
「そうなのですか?」
「ああ、私とマシューは、とても仲がいいぞ、だから、貴族だとか、そう言うイメージに縛られていることが一番いけない」
「そうですね、相手も私の事を何も知らないのですものね」
「ああ、そうだろ」
ミシェルの話は、最もだった。ミシェルは楽しそうに話を聞いては、返事をしてくれた。
「ジェシカ、あなたの事は大体わかった。良さそうな女でよかった。私としても、変な女だったらと思って構えていたのだ」
ミシェルは、恥じることなくそう言った。
「メイド、紅茶おいしかったぞ、ダージリンのセカンドフラッシュだな」
「ありがとうございます」
ケリーが頭を下げた。
「では、もし、何かあったら、私の家に来るがいい、手紙も待っているぞ」
「はい」
本当のところ、ジェシカもとても安心していたのだ。なぜなら、ミシェルが怖い男ではなかったからである。
(あの人なら、妥協できるかもしれない)
ジェシカは、心の中でそう思った。
ケリーが片づけをしながら近づいてくる。
「よかったですね。変な方ではなくて」
「そうね」
カインが近づいてきて、跪いてくる。
「すみません、ミシェル様の前であんなことをしてしまって」
「い、いいのですよ」
思い出して、少し赤くなった。
(抱きしめられたのなんて初めて……)
「私のドジが原因なのですから、カインは、申し訳ないなんて思わなくてもいいのよ」
「ありがとうございます、私も優しい主人に恵まれて、うれしく思います」
「……本当にそうなのかしら?」
「何か、気になることでもございましたか?」
「カインにとって、本当にいいことなのでしょうか? と思ってしまいまして」
「それなら、大丈夫です。私が望んで受けた仕事です。後悔など致しませんから」
「カインって、本当に真面目ですね」
「ジェシカ様は、主人なのですから、できれば、普通にしゃべってくださるといいのですが……」
「わかったわ」
二人で歩いて部屋まで行った。
◆ ◆ ◆
今日こそ、手紙の犯人を見つけるぞと、カインに言ったが、何も起こらず夜も更ける。月明りだけが優しく光り続ける。
「今日も何もなかった。何だったのあの警告」
本当に、キャピレット家に入ることを恨んだ奴の仕業なのかもしれないが、その証拠すらないのだ。
よく考えると、カインは一晩中廊下に立っているのだ。
(眠っていないのかな?)
恐る恐るドアを開けると、カインは跪くようにして、壁にもたれかかっていた。
(こんなに寒いのに、こんなところで寝るなんて)
ジェミナは言っていた。騎士道精神の強い男だと。
(がんばりすぎちゃうんだな)
カインの寝顔を見ていると、心が安らいだ。
(この人だけは、信じてみたいな)
ジェシカの心の中でそんな思いが芽生えて、毛布を掛けてあげて、部屋に戻った。
(よし! 私、ここでも頑張るぞ)
そう思い眠った。
◆ ◆ ◆
次の日、目が覚めると、カインがいた。
「カ、カイン」
「毛布を貸してくださり、ありがとうございました」
カインは軽く頭を下げた。
「あの、この前の手紙じゃないですけれど、ジェシカ様は、近々この家を出ると思います。きっと、この家にいられなくなるようなことが起こる、そんな気持ちがするのです」
「騎士の勘?」
「はい」
「じゃあ、手紙は、本当に警告だというの?」
「その通りです」
「なぜ、そんなことがわかるの?」
「今、この家に、当主がいないのは、ご存知ですか? 当主のいない家は、争いが起こるものなのです。ジェシカ様もお気をつけて」
――当主がいない。
それを聞いて、さっと青くなった。
(とんでもないところに来てしまった)
『逃げてください』これは、いやがらせなんかじゃない、ジェシカを想って書いてくれた物だ。
(一体どんな人が書いたのかしら? きっと、親切な人よね……)
何はともあれ、戦場にいることに気が付いてしまった今、何も安心することなどできないのだ。
――怖いかもしれない。
でも、今は、知らないふりをして生きよう。
そうすることにして、ケリーを待った。
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