立派な馬車が準備されて、キャピレット領の中の街にでかけることになった。

 ジェミナは、ジェシカの向かいに座り、ジェシカの隣はケリーが座った。

 ガタガタ進む馬車は、お店が並ぶ大通りに出た。その瞬間に人がたくさん見えてきた。

「行きつけの仕立屋さんがいるんだ」

 ジェミナが楽しそうに言う。

(ジェミナ叔父さんはいい人そう)

 ジェシカは、心の中でそう思っていた。

 ガタリと馬車が止まった。

そこには、『黄苺の服屋さん』と書いてある看板があった。

「やあ、エドワード、ひさしぶり」

 エドワードと呼ばれた人は、身なりの美しい三十代後半の男だった。

「ジェミナ、服を作りに来たのかい?」

「いつものフロックコートと言いたいところだが、今日は連れがいてね」

「おお、ガールフレンドか?」

「残念、姪だ」

「君に姪がいたとはね、すてきな服を仕立てて差し上げよう。今度のダンスパーティーでも、恥をかかないようなものをね」

 エドワードは、首から下げたメジャーを取ってジェシカにあてた。

「寸法を測らせてもらうよ」

 エドワードの服は、内側にポケットがたくさんあった。外から見たら、ただの服だったのに、あれよあれよと道具が出てくる。

「57cm」

 メモ帳に何かを書いている。たぶん寸法だろう。

「では、次に、デザインを選んでもらおう」

「は、はい」

「色は、何色が好き?」

「若草色が好きです」

「渋いね、でも、良い色が好きなんだね。私も、この仕立屋を始めるときね、赤い物の名前を付けたかったんだ」

「でも、黄苺ですよね? 木苺ではなく」

「そこ考えてみなよ、黄色いイチゴなんて珍しいじゃないか、だから、珍しい品も作る仕立屋と言う意味で付けたんだ」

「そうなんですか」

「それで、君には、普通の形がよさそうだね、君は、グラマーでもないし、背も高くない、特殊な服はいらないだろう」

 エドワードは、そう言って、さらにカタログを出した。

「この辺から選ぶと言い」

 カタログには、花模様のワンピースから、リボンが付いているドレスまでたくさん載っていた。

「じゃあ、この、裾がかわいい物がいいです」

「そうだね、これは、トランペット・スカートと言う感じで、歩いたときにかわいく見えるように作られているんだ。三日後にとりにおいでね」

「はい」

 そして、ジェミナとケリーと馬車に乗り、キャピレットの屋敷に向かって走り出した。

「どうだった? 仕立屋は?」

「不思議なところでした。でも、エドワードさんは、いい人みたいですね」

「エドワードとは、中等部からの親友なんだ」

 ジェミナが懐かしそうにそう言う。

「そうなんですか、仲がいいんですね」

「まあな、エドワードは、男が女に服を贈るのは特別な証拠だ。だから、その思い出をいろあせないものにするお手伝いをしたい、と言って跡継ぎを断ったんだ」

「そうだったのですか」

「今は、大成功しているし、エドワードは、才能があったんだろうね。ジェシカさん、私が贈る服も特別だよ」

「えっ?  えっと……」

「冗談だよ」

 ジェミナが、笑顔でそう言った。

(ジェミナ叔父さんでもジョークを言うのね、なんだか親しみやすいわ)


   ◆ ◆ ◆


 三日後、服をとりに行く日が来た。エドワードに会えると楽しみにしていたが、服を見たら、そんなことも忘れてしまった。

「絵本のお姫様みたいです」

「そうだろう、お姫様の様だろう」

 エドワードは、偉そうにそう言った。すぐに着せてもらって、若草色のドレスは、裾がひらひらしていて、とても気に入った。

「服を作ってくださり、ありがとうございます」

「いいや、礼は、ジェミナに言いな」

「はい、ジェミナ叔父さん、ありがとうございます」

「うん、驚いたな、こんなにかわいくなるなんて、外の男が放っておかないね……」

「えへへ」

 照れていると、エドワードが思わぬことを言った。

「これで、婚約もうまくいきそうかい?」

「ああ、そうだね」

「こ、婚約って……?」

「ジェシカさんには、言わなかったね、君には婚約者がいるんだ」

「!」

 驚いて、言葉が出てこなかった。

「とりあえず、そのドレスで会ってみるのはどうだい」

「……」

(ジェミナ叔父さんは、私を利用するためにやさしくしていたんだ)

 だが、よく考えると、貴族では、普通の事なのだ。

(家と家のつながりは、大事だものね)

 しかし、元から貴族だった人は、あきらめがつくが、急に貴族になった人は、覚悟ができていない、そこを察してほしかった。

「相手は、ミシェル・テルドと言う、いい男だぞ」

「そ、そうですか」

 いまいちうれしくない。

(私には、名前を忘れた王子様がいるのに……)

 もう叶わないのだろうと、しょんぼりした。

「どうしたんだい? ショックだったのかな? でも、貴族では、よくあることだから、そのうち慣れるだろう」

「そうですか……」

 なんだか腑に落ちなかった。


   ◆ ◆ ◆


 帰り、馬車の中で、婚約者について考えてみたが、いまいち、思いが分からなかった。

(どんな人なのかしら?)

 キャピレット屋敷に着くと、カルミナが入り口で待ち構えていた。

「ちょっと、ジェミナ、ミシェル・テルドから手紙よ」

「ジェシカ宛じゃないか」

「それが問題なんじゃないの、もしかして、婚約を承諾してしまったんじゃないの?」

「ああ」

「ああ、じゃないわよ、ジェシカは大事な姪でしょう、軽々しく決めないでくれる」

「テルド家は、キャピレット家にも負けない大きな家だ。だから、大丈夫だと思って承諾したんだ」

「要するに金になるってことね」

 カルミナが怪しく笑う。

「……」

 ジェミナが反対しなくなった。

(やっぱり、お金のためなの?)

「とにかく、承諾したものは、変えられない、明日、ジェシカとミシェルの顔合わせと行こう」

「は~、はいはい」

 カルミナは、怒って出て行った。ジェミナも隠れるようにいなくなった。

(ミシェルの手紙)

 最後に渡されたミシェルの手掛かりは、これだけだった。そっと開けると、きれいな文字で、こう書いてあった。

『ジェシカ様へ

 婚約を承諾してくださりありがとうございます。今からあなたに会うことを楽しみにしています。

 あなたと言い関係を築けることを祈っています。

                            ミシェル・テルド』

 ――いい関係? お金のためでしょう。

 少し、イラッとしてしまった。

(なんて、みんな嘘がうまいんだろう)

 貴族をまた深く信頼できなくなってきた。

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