3
立派な馬車が準備されて、キャピレット領の中の街にでかけることになった。
ジェミナは、ジェシカの向かいに座り、ジェシカの隣はケリーが座った。
ガタガタ進む馬車は、お店が並ぶ大通りに出た。その瞬間に人がたくさん見えてきた。
「行きつけの仕立屋さんがいるんだ」
ジェミナが楽しそうに言う。
(ジェミナ叔父さんはいい人そう)
ジェシカは、心の中でそう思っていた。
ガタリと馬車が止まった。
そこには、『黄苺の服屋さん』と書いてある看板があった。
「やあ、エドワード、ひさしぶり」
エドワードと呼ばれた人は、身なりの美しい三十代後半の男だった。
「ジェミナ、服を作りに来たのかい?」
「いつものフロックコートと言いたいところだが、今日は連れがいてね」
「おお、ガールフレンドか?」
「残念、姪だ」
「君に姪がいたとはね、すてきな服を仕立てて差し上げよう。今度のダンスパーティーでも、恥をかかないようなものをね」
エドワードは、首から下げたメジャーを取ってジェシカにあてた。
「寸法を測らせてもらうよ」
エドワードの服は、内側にポケットがたくさんあった。外から見たら、ただの服だったのに、あれよあれよと道具が出てくる。
「57cm」
メモ帳に何かを書いている。たぶん寸法だろう。
「では、次に、デザインを選んでもらおう」
「は、はい」
「色は、何色が好き?」
「若草色が好きです」
「渋いね、でも、良い色が好きなんだね。私も、この仕立屋を始めるときね、赤い物の名前を付けたかったんだ」
「でも、黄苺ですよね? 木苺ではなく」
「そこ考えてみなよ、黄色いイチゴなんて珍しいじゃないか、だから、珍しい品も作る仕立屋と言う意味で付けたんだ」
「そうなんですか」
「それで、君には、普通の形がよさそうだね、君は、グラマーでもないし、背も高くない、特殊な服はいらないだろう」
エドワードは、そう言って、さらにカタログを出した。
「この辺から選ぶと言い」
カタログには、花模様のワンピースから、リボンが付いているドレスまでたくさん載っていた。
「じゃあ、この、裾がかわいい物がいいです」
「そうだね、これは、トランペット・スカートと言う感じで、歩いたときにかわいく見えるように作られているんだ。三日後にとりにおいでね」
「はい」
そして、ジェミナとケリーと馬車に乗り、キャピレットの屋敷に向かって走り出した。
「どうだった? 仕立屋は?」
「不思議なところでした。でも、エドワードさんは、いい人みたいですね」
「エドワードとは、中等部からの親友なんだ」
ジェミナが懐かしそうにそう言う。
「そうなんですか、仲がいいんですね」
「まあな、エドワードは、男が女に服を贈るのは特別な証拠だ。だから、その思い出をいろあせないものにするお手伝いをしたい、と言って跡継ぎを断ったんだ」
「そうだったのですか」
「今は、大成功しているし、エドワードは、才能があったんだろうね。ジェシカさん、私が贈る服も特別だよ」
「えっ? えっと……」
「冗談だよ」
ジェミナが、笑顔でそう言った。
(ジェミナ叔父さんでもジョークを言うのね、なんだか親しみやすいわ)
◆ ◆ ◆
三日後、服をとりに行く日が来た。エドワードに会えると楽しみにしていたが、服を見たら、そんなことも忘れてしまった。
「絵本のお姫様みたいです」
「そうだろう、お姫様の様だろう」
エドワードは、偉そうにそう言った。すぐに着せてもらって、若草色のドレスは、裾がひらひらしていて、とても気に入った。
「服を作ってくださり、ありがとうございます」
「いいや、礼は、ジェミナに言いな」
「はい、ジェミナ叔父さん、ありがとうございます」
「うん、驚いたな、こんなにかわいくなるなんて、外の男が放っておかないね……」
「えへへ」
照れていると、エドワードが思わぬことを言った。
「これで、婚約もうまくいきそうかい?」
「ああ、そうだね」
「こ、婚約って……?」
「ジェシカさんには、言わなかったね、君には婚約者がいるんだ」
「!」
驚いて、言葉が出てこなかった。
「とりあえず、そのドレスで会ってみるのはどうだい」
「……」
(ジェミナ叔父さんは、私を利用するためにやさしくしていたんだ)
だが、よく考えると、貴族では、普通の事なのだ。
(家と家のつながりは、大事だものね)
しかし、元から貴族だった人は、あきらめがつくが、急に貴族になった人は、覚悟ができていない、そこを察してほしかった。
「相手は、ミシェル・テルドと言う、いい男だぞ」
「そ、そうですか」
いまいちうれしくない。
(私には、名前を忘れた王子様がいるのに……)
もう叶わないのだろうと、しょんぼりした。
「どうしたんだい? ショックだったのかな? でも、貴族では、よくあることだから、そのうち慣れるだろう」
「そうですか……」
なんだか腑に落ちなかった。
◆ ◆ ◆
帰り、馬車の中で、婚約者について考えてみたが、いまいち、思いが分からなかった。
(どんな人なのかしら?)
キャピレット屋敷に着くと、カルミナが入り口で待ち構えていた。
「ちょっと、ジェミナ、ミシェル・テルドから手紙よ」
「ジェシカ宛じゃないか」
「それが問題なんじゃないの、もしかして、婚約を承諾してしまったんじゃないの?」
「ああ」
「ああ、じゃないわよ、ジェシカは大事な姪でしょう、軽々しく決めないでくれる」
「テルド家は、キャピレット家にも負けない大きな家だ。だから、大丈夫だと思って承諾したんだ」
「要するに金になるってことね」
カルミナが怪しく笑う。
「……」
ジェミナが反対しなくなった。
(やっぱり、お金のためなの?)
「とにかく、承諾したものは、変えられない、明日、ジェシカとミシェルの顔合わせと行こう」
「は~、はいはい」
カルミナは、怒って出て行った。ジェミナも隠れるようにいなくなった。
(ミシェルの手紙)
最後に渡されたミシェルの手掛かりは、これだけだった。そっと開けると、きれいな文字で、こう書いてあった。
『ジェシカ様へ
婚約を承諾してくださりありがとうございます。今からあなたに会うことを楽しみにしています。
あなたと言い関係を築けることを祈っています。
ミシェル・テルド』
――いい関係? お金のためでしょう。
少し、イラッとしてしまった。
(なんて、みんな嘘がうまいんだろう)
貴族をまた深く信頼できなくなってきた。
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