婚約者

 そのうち、空は晴れてきて、通り雨だったようだ。

(なんだ、気のせいか)

 恐怖を気のせいだと思う事にした。

「さあ、キャピレット領に入りますよ」

 男の人がそういうと、にぎやかな街が広がっていた。

「わあ、すごい、人がいっぱいいるのですね」

 道を歩く人は、ぎっちり箱詰めされているみたいにどこにでもたくさんいた。立派な看板の店がたくさんあり、馬車がそこら中で止まっている。

「どうです、これが、キャピレット家の力です」

「本当に、キャピレット家ってすごいのですね」

 感動していると、屋敷が見えてきた。これ以上ないというくらいに豪華な作りだった。よくできた洋館で、白い壁と青い屋根がまぶしい。窓もたくさんあり、部屋がたくさんあるのだと思った。

「ここが、キャピレット家の家です」

 そう言われて、着いたところには、大きな庭が広がっていた。

「わー、バラが咲いている」

 赤いバラや白いバラ、黄色いバラが一面に咲いている。

「とげがあるので気を付けて下さい」

「は、はい」

 触ろうとしていたが、手をひっこめた。

(バラってとげがあるんだった)

 改めて、無知だと示しているようで、恥ずかしかった。

 屋敷の中に入って行くと、シャンデリアと大きな階段があった。そして、大きな女の人の絵画が飾ってある。

「いらっしゃいませ、ジェシカ様ですか?」

 メイドらしき人がメイド服を着て立っている。黒い髪の毛が美しいかわいらしい女性だ。

「はい」

「お待ちしていました。お部屋に案内させてください」

「あの~、私は、下働きなのではないのですか?」

「いいえ、私達の家の一員ですわ」

 メイドは、ジェシカのカバンを持って、部屋の方へ進んでいく、そして、二階の奥の部屋に着いて、ドアを開ける。

「こちらが、ジェシカ様のお部屋です」

「本当にここが私の部屋ですか?」

 目の前にあったのは、天蓋付きのベッドに、鏡のついたドレッサー、マホガニー製のタンスだった。

 立派な部屋に驚いていると、メイドが頭を下げて。

「私は、ケリーと申します。ジェシカ様付きのメイドです。よろしくお願します」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 慌ててジェシカも頭を下げる。

「さあ、部屋を片付けてしまいましょう」

「は、はい」

 カバンを開けて、部屋に必要なものを置いていく、その中には、名前を忘れた王子様の写真もあった。白黒で、色までははっきりしないが、覚えている限り、金糸を束ねたような金髪でアクアマリンのような青い目をしている、優しい少年だった。

(今頃、大きくなっているのかな?)

 写真を写真立てに入れて立てた。

「ところで、ジェシカ様、三つ編みは、といた方がいいでしょうね」

「そうですね、お願いします」

 ケリーがくしで髪の毛をとかしてくれたので、サラサラのストレートヘアになり、鏡の前に立ってみていると。

「そっちの方がかわいらしいですよ」

ケリーは笑顔でそう言った。

 一通り片づけを終えると、食事が出される事になった。

「ジェシカ様は、マナーが分かってらっしゃらないので、今は、部屋で食事をしてくださいね」

「はい」

 当然だと思った。孤児院から急にきて、マナーができているとは、ふつうは思わない。だから、当然なのだ。

(一体、どんな料理が出てくるのかしら?)

 当たり前だが、レンズ豆のスープではないだろうとジェシカは、期待していた。

 気が付くと、ほんのりおいしそうな匂いがしてきたような気がした。すると、ケリーが、ワゴンを引いて現れた。

「お待たせしました」

 そう言って、皿を一枚ずつテーブルに乗せる。

「白身魚のポワレ、グリーンサラダ、グラタンスープ、パンにございます」

「おいしそうですね」

「ジェシカ様、マナーの勉強もいたしますので、気を抜かないで下さいね」

 ケリーは、そう言って、食べるたびに文句を言ってきた。

(面倒だわ)

 ジェシカは、心の中では、そう思っていたのだが、ケリーのがんばりを見ていたら、そうも言えなくなった。


   ◆ ◆ ◆


 そのうち、食事も終わり、寝ることになった。天蓋付きのベッドは、ふかふかしすぎて、よく眠れないと思っていた。

(いつもの枕が欲しい)

 そう思い、寝ていると、いつの間にか朝が来ていた。

 朝食も部屋でとるので、ケリーがワゴンで運んでくる。

「ジェシカ様、お目覚めですか?」

「はい」

 とびおきると、ケリーは、テーブルに皿を並べていく。

「朝食の、バゲットとジャムとポーチドエッグとミルクです」

「今日の物は、食べやすそうですね」

「そうですね、あまりきつくマナーの必要なものではないですね」

 ケリーは食事をする姿を見てからいなくなった。

 ケリーが行った後、きらびやかな自室で、何をするか考えていた、屋敷をうろうろするのは、失礼な気がするので、部屋にいることにした。

「さて、この部屋で何をしようか? まだ、カバンの中に色々入っているはず」

 カバンを開けると、手紙が入っていた。

『逃げてください』

(なんだこれ?)

 見たことも無い字だった。

(孤児院の人じゃないとなれば、ケリーがこれを入れたのね。でも、逃げてくださいってなんなのだろう?)

 今の快適な暮らしに文句はなかった。

(もう少し様子を見た方がいいかしら? 大体、ケリーが入れたとは、限らないけれど……)

 ベッドに横になっていると、とても静かだったので、余計に気になってしまった。

(ケリーを呼ぶときは、どうするんだっけ?)

 ドアを開けて、「ケリー」と呼んでみた。

「はい」

 すぐに来てくれた。

「どうなさいましたか?」

「ケリー、中に入って、この手紙に覚えはない?」

「手紙?」

 ケリーは、不思議そうな顔をしている。『逃げてください』の文字を見た途端。

「ひどい嫌がらせですわ、きっとあなたがキャピレットの一族と言う事が気に入らない輩ですね」

「そうなのですか?」

「ええ、あなたがキャピレットの一族と分かったとき、大騒ぎでしたから」

「そう言えば、私のお父さんとお母さんは?」

「十五年前、事故で亡くなっています」

「そう」

 少しばかり会えると期待していたのだ。

「とにかく、こんな嫌がらせに屈してはいけませんよ」

「は、はい」

 つい、動揺してしまった。

「ケリーじゃないとすれば、誰かが眠っているときに部屋に入ったと言う事ですよね? それとも、馬車に乗っていたおじさんですか?」

 辺りが疑わしくなってきた。

(ここも安全じゃないんだ)

 ジュリエット孤児院では、こんなことは無かった。

「あのですね、ジェシカ様、貴族と言う物は、敵が多いのですよ。油断すると、すぐ足元をすくわれますから、気を張って生きてください」

「貴族って、あんまりいいものじゃないのね」

「ええ、そうですね」

 誰もが憧れる貴族、そこには、大きな闇が眠っているようだ。

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