十三代目キャピレット家当主

花見さくら

旅立ち

 ジュリエット孤児院と言う孤児院に、ジェシカ・カテラと言う十六才の少女が住んでいた。その少女の髪はよくある茶色で、目は平凡な緑色、普通という言葉がよく合う少女だった。

 彼女は、生まれてすぐ、ジュリエット孤児院の前に捨てられていたという。ジュリエット孤児院の人は、「まあ、醜くないからいいんじゃない」と言うくらい軽い気持ちで拾ってくれたらしい。

 赤子だったジェシカは、平凡に育って行ったはずだった。

「ちょっと、ジェシカ、あなた歩くのが遅すぎない?」

「えっ、そう、一生懸命歩いているわよって、あ~」

 見事に石に躓いて転んだ。

「ジェシカ、本当にとろいね」

「ひどい、アリアナ」

 涙をこらえて立ち上がったジェシカは、茶色い髪を三つ編みにしているせいか、野暮ったく見えるのであった。

「傷なんか作って、院長さんに怒られるよ、『女の子が傷を作ってはいけません』ってきつい顔でさ」

「やだな~」

「まあ、仕方ないよ」

 アリアナは、開き直り、駆けていく。

 ジェシカは、おっとりした女の子に育っていたのだった。


  ◆ ◆ ◆


 ジュリエット孤児院へ帰ると、エリーゼ院長が待ち構えていた。

「ジェシカ、まあ、また擦り傷を作っちゃって」

 エリーゼ院長は、ジェシカを医務室へ連れて行った。

「院長、怒ってらっしゃる?」

「ええ、いつもはらわたが煮えくり返っておりますわ」

 アルコールの匂いがしている、医務室で、消毒液を傷につける。すると、ジェシカは声を上げて。

「うぎゃあ、しみる」

「いつもしみるんだから慣れなさい」

 エリーゼ院長は、手早く治療を終えた。

「さてさて、ジェシカさん、あなたはもう十六才になるんでしたね?」

「ええ」

「はあ~、いいですか! 孤児院は十六才までしか置いてあげられないの、あなたのようなとろい子が野に放たれると思うと怖くて仕方無いですわ」

「そうですよ、院長、いっそ、二十才位までおいて下さらない」

「だめですよ」

 ジェシカは、デコピンされた。

「あなたは、そうやって逃げ道を探してばかり、立ち向かってみたことがございましたか?」

「あるわよ、演劇会でうさぎの役をやったわ、私としては挑戦だったの、走るうさぎでしたから」

「そういうレベルの物ではなく、もっとスケールの大きいことは無いの?」

「言わせてもらいますけど、私がうさぎの役をどれだけの恐怖を乗り越えてやったと思っているんですか?」

「あなたは、そうやって、話を逸らすんだから」

 エリーゼ院長は、ため息をついた。

「あなたは、下働きに雇ってもらいましょう、下働きすら不安ですが、一から仕事を探すよりはいいでしょう。たとえ過酷だとしても、あなたなら頑張れるんじゃないですか?」

 エリーゼ院長は、医務室を出て行った。

「孤児院をでるか~」

 天井を見上げて考える。エリーゼ院長をうまく撒いたのはいいが、実際は、不安なことだらけだ。

「下働きって、メイドとかかな?」

 下と言うだけあって、皿洗い担当のスカラリーメイドにされるのだろうと思っていた。

「スカラリーだったら、夢も希望もないわ!」

 木で出来た机をドンと叩いたが、虚しさが込み上げてくるだけだった。

(アリアナは、うまく生きていけそうだな)

 アリアナも十六才と同じ年齢であり、孤児院を出ていく日が近いのだ。

「ジェシカ!」

 急に声をかけられた。孤児院の仲間が、様子を見に来ていたようだ。

「アリアナから聞いたよ、また、院長に怒られていたんだって~」

「みんな、心配してきてくれたの?」

 小さい子から、初等部の子を次々抱きしめる。

「ジェシカ、俺の嫁になれば孤児院にいられるぞ」

 七才のアレックスがそう言って胸を叩く。

「ごめんね、私、待っている人がいるの」

「知っている、名前を忘れた王子様でしょう」

 小さい女の子が、からかうようにそう言った。

「そう、私には、名前を忘れてしまうくらい前に結婚を誓った相手がいるの、その人は、ジュリエット孤児院にいたけれど、騎士団に入っちゃったのよ、だから、迎えに来るのを待っているの」

「なんだか、おとぎ話みたいだね」

 初等部の女の子が笑いながらそう言った。

「でも、名前を忘れたのにどうやって探すの?」

「それは、愛の力でわかるのよ!」

 ジェシカは、ふざけてそう言った。本当の所ジェシカの話を子供達も本気にしているわけではない。半分ウソだと思っているのだ。

「ほらほら、夕食の時間になるよ、エリーゼ院長に怒られちゃう」

 アリアナがそう言ったので、全員食堂へ向かった。


   ◆ ◆ ◆


 食堂では、温かなレンズ豆のスープとパンが置いてあった。

(ううっ、やっぱり質素)

 ジュリエット孤児院の食事は、少しずつ質素になっているのだ。

(お金がないんだ。仕方がない)

 ジェシカは心の中でそう思い、レンズ豆のスープに手を伸ばす。誰一人としてしゃべったりしない静かな食堂。

(昔は、レンズ豆のほかにニンジンやジャガイモが入っていたのにな~)

 どうしても前の食事と比べてしまう。何と言ったって、レンズ豆だけでは、味気がないと思っているからだ。

「では、ごちそうさまです」

「ごちそうさまです」

 辺りの子供たちが立ち上がる。ジェシカも皿を持って立ち上がった。


 その夜、長い髪を三つ編みにしていたので、髪に形が残ってしまっていた。

「よく梳かさなくちゃね」

 くしできっきっと梳かす。

「ジェシカの髪はきれいなんだから、下ろせばいいのに」

 アリアナがそう言って笑っている。

「髪がきれいでも、人に気に入られるところがないですもの」

「そうかな? 私、ジェシカの事好きだよ」

「ありがとう」

 アリアナが同じ部屋でよかったとジェシカは改めて思ったようだ。

「さあ、寝よう」

「うん」

 何事もなく時間は過ぎて行った。


   ◆ ◆ ◆


 そのうちに、孤児院をでる日が来た。

「みんなとお別れだね」

 片づけて部屋を出て行こうとしたとき、一台の立派な馬車が入ってきた。男が下りてきて偉そうにしている。

「ここに、ジェシカと言う女はいるか?」

「はい、おりますけど」

 エリーゼ院長が答えた。

「キャピレット家で、その女を預かろうと思う」

「えっ?」

 辺りにいた子供たちが驚いている。

「キャピレット家って、あの、『ロミオとジュリエット』のもとになった家だよね」

「すご~い」

 キャピレット家は、一昔前に流行った本のもとになった家なのである。

「よかったわね、ジェシカ、もらってくれるそうよ」

「は、はい」

「では、馬車へ」

「は、はい」

(でも、そんなにうまい話があるだろうか?)

 少し不安になっていると。

「ジェシカ、キャピレット家には下働きとして雇ってもらえるようにお願いしていたの、まさか、こんなに立派な馬車で迎えに来るなんて思わなかったけれど、採用って事ね」

「そうですか」

(なんだ。スカラリーメイドの召集だったのね)

 一安心して、馬車に乗った。

「じゃあ、いつかまた来るわ」

「バイバイ、ジェシカ」

 アリアナが泣いている。他にもみんなが泣いている。

「バイバイ」

 手を振ってくれる姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。

「では、ジェシカ様、あなたは、キャピレット家の家系であることが判明いたしました」

 馬車の中で、書類を出して、男がそういう。

「嘘ですよね」

「いいえ、本気です」

 その時、雨が降り出し、雷もなりだした。それは、悪いことが始まる前触れみたいだった。

(怖いわ、なんだかわからないけど……)

 ジェシカは、心の中でそう思っていた。馬車はガタガタと進んでいく。

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