猫のご飯時々気分

りーりん

猫のご飯時々気分

 私の名は、にゃー子。猫の雌だからにゃー子、と飼い主がそう名付けた。

 寂れたペットショップで仲間達と狭いケージの中で過ごしていた時、飼い主が私を買い取った。

 連れ出された時は、本当に心細かったわ。まだ子猫だったし、あんな環境でも仲間とはぐれた寂しさから、夜も眠れなかった。


 あれから3年、月日はあっという間に過ぎ去る。

 私は飼い主の家で何不自由なく暮らしているけど、ふと、昔を思い出す時がある。

 今みたいにね。


「にゃー子、おいしい?」

 食事中の私に声をかける飼い主。食べ慣れない新製品を食べさせる時は決まってこんな風に声をかけてくる。


 おいしいわ、ひもじかったペットショップ時代を懐かしむ程にね。

 でも私は特に返事もせず、与えられた物を静かに飲み込んでいく。

 その姿を見て安心したのか、飼い主はほほえみながら独り言を呟きはじめた。


「食いつきはよさそうね、しばらく様子見かなぁ」

 飼い主は、いわゆるフードジプシーらしいの。昨今、猫の餌は種類が増えて、メーカーも消費者にとって惹かれる売り文句をたたき出す事に躍起になっているわ。


 一昔前は、人が作った残り物や魚等、水分を多く含む残り物的な餌が一般的だった。私の子猫時代も、飼い主はそれらを私に与えていたし、私もそれが当たり前と思っていた。


 けれど最近は、各メーカーがペット業界の参入に力を入れているのか、いわゆる「カリカリ」が猫界にも広まった。

 ハムスターですら、高栄養のカリカリが出回っているのよ。


 ふう、と私は一息つく。与えられた餌を完食し、毛繕いへと入る為に。


「にゃー子、ブラッシングしましょうね~」

 飼い主は私の毛繕いタイムに便乗してくる。嫌いじゃないから特に抵抗しないけど、ちょっとしつこいのが難点ね。


 私も去年から、餌がほとんどカリカリになった。栄養のバランスが良いそうで、長生きするらしいわ。

 私はチャームポイントの耳を丹念に毛繕いしながら、最近の食事事情に想いを馳せた。


 キッカケは私のかかりつけ獣医の一言から始まった。


「猫ちゃんは、カリカリだけ与えてれば基本は問題ないですよ」

 最近のカリカリは、猫に必要な栄養素が詰まっているので、他口にしなくても問題ないそうよ。

 でも、カリカリの種類がたくさんありすぎて、どれが私に合うのか飼い主は悩んでいるみたい。


「にゃー(ブラッシングしつこいわよ)」

「気持ちいいの? そろそろ寝んねかな~」


 ほんと、3年も一緒にいるのにいつになったら言葉を理解してくれるのかしら?


「うにゃうにゃ(もういいからあっちいってよ)」

 私は飼い主の腕に軽く噛み付いた。


「いたたっ。わかったわかった、ブラッシングおしまいね」

 飼い主は私の側から離れて、パソコン操作を始めた。

 またネットショッピングかしら。インターホン鳴るから利用してほしくないんだけど、ま、伝わらないでしょう。

 私はお気に入りのキャットタワー頂上まで駆け上ってから、毛繕いの続きを始めた。


 ふと、思う。

 最近カリカリばかりで、生の感触を味わっていない事を。

 どんなに栄養が豊富だからって、あんなカリカリだけ提供されても困るわ。


 私は肉食動物よ?

 人間だって、全ての栄養が詰まったサプリだけ食べられればそれでいいの?


 肉、肉の食感が欲しいのよ。あの血の匂い、噛みちぎって頬張る時の高揚感、全てを食べ尽くした後の征服感。

 あぁ、恋しいわ……。


 私は窓の外を眺めながら、過去に味わった肉の味を思い出しながら眠気を待つことにした。


 ーーーーー


「にゃー子、ごはんだよー」

 飼い主の合図をキャッチした私は、部屋の見回り中にもかかわらず駆け寄った。

 第一優先は食事よね。


「はい、どうぞ」

 私のお皿にカリカリを盛って、私へ食べるよう促した。


「……にゃー(またカリカリ? いい加減生肉欲しいんだけど)」

「にゃー子、食べないの?」

 いつもならお皿のカリカリを夢中で食べているところだけど、今日は気分が乗らないの。

 私は一口も食べず、カリカリに向かって砂をかけるフリをした。


「えー、昨日は食べてたじゃない。お腹空いてないの?」

「にゃ、にゃ(違う、もうカリカリは飽きたのよ)」

「置いとくから、お腹空いたら食べてね」


 もう、違うのに……。

 こうなったら、抵抗し続けるしかないわね。


 私は、その日からカリカリを食べるのを辞めた。


 ーーーー


「にゃー子どうしたの、ご飯いらないの?」

「にゃー……(生肉食べたいの、生肉。わかる?)」

「具合悪いの? にゃー子大丈夫?」

 一口も食べない私を心配した飼い主は、私の体を探るように撫で始めた。

 私は空腹を紛らわせようと、その辺に転がっているおもちゃにしがみつき、キックを食らわせてやったわ。


「元気はあるみたいだけど……病気かなぁ」

 飼い主は私から離れてパソコン画面を食い入るように見つめ始めた。

 生肉をあげましょう、なんてアドバイスがあればいいけど。

 私は、これでもかという程おもちゃをキックした後、部屋の見回りをすることにした。


 キッチン、よし。

 寝室、よし。

 リビング、よし。

 洗面所、よし。


 ふう、今日も異常無しね。


 それにしても、お腹空いたわ……。


 私はふらふらしながらもキャットタワーまでたどり着き、駆け上る気力はないからその場で眠りについた。


 ーーーーー


「ただいま、にゃー子」

 私が眠っている間に、飼い主は出掛けていたみたい。買い物袋をぶら下げて帰宅した。

 飼い主の声で起きた私は、うーんと体を伸ばして飼い主を出迎える。


 私の頭を撫でた後、買い物袋を漁って何かを取り出した。

 見たことない袋から棒状の何かを取り出して、私の食器を用意していく。


「これなら食べるかな、はい、どうぞ」

 コトン、と置かれた食器には、何かの液体のようなものが入っていた。

 あきらかにこれはカリカリじゃない。お水とも違う、香ばしい魚の香りが私の鼻先をくすぐる。


 この香りは、まぐろね!

 私は謎の液体へ顔を近づけ、とにかく匂いを嗅いだ。

 なんてとろけるような香り……。まるでまぐろをすり身にして液状化させたよう。


 少しだけ、舌を液体へつけてみた。

 冷たい。カリカリのような粉っぽさも無いし、素材そのものの味が私の舌先から広がっていく。


 これは美味しいわ!

 私は無我夢中になって謎の液体をなめ回した。空腹感に押されて、普段より早いペースで液体を舌ですくっては飲み込んでいく。

 喉を通るなめらかな食感、少し生臭い香り、私が求めていたごはん、まさにそれだった。


「よかった食べてくれて。やっぱり毛玉がお腹にたまってたのかなぁ、しばらくは水分多くして、食物繊維増やさないとね」


 あっという間に舐め尽くして、お皿は綺麗に空っぽ。

 カリカリ程の満腹感は得られなかったけど、満足感は想像以上だわ。


「にゃーう(やっとわかってくれたのね、嬉しいわ)」

「ブラッシングはもっとたくさんしてあげるからねぇ」

 飼い主は私を撫でた。


「にゃう、にゃーん……(なんでブラッシングたくさんするの? 別に換毛期でもないし……)」

「甘えてるの? もうにゃー子可愛い」


 まったく会話にならないけど、久々のごはんに満足したから、まぁいいわ。

 これからも生肉たくさん食べたいから、栄養に気を付けてくれるのは嬉しいけど私が肉食動物ってところ、忘れないでよね?

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