10.遠征隊(お題:くだらない外側 必須要素:群像劇)

「また『インナー』がそっちに行ったよ」


「わかった、ありがとう」


「そっちの調子はどうだい」


「似たようなもんさ。防衛の合間に、襲撃の準備を進めてる」


「懲りないね、お互い」


「そんなもんさ。僕たちが何を言ったって、無駄なことだ」



 ※※※



 マークは強欲だった。

『ここ』での生活にないものを欲していた。

 彼が遠征隊に所属したのも、それが大きな理由だった。


「もうすぐ境界につくぞ」


 一歩先を歩くダニィが振り返って言う。彼はマークの近所に住んでいて、一年先に遠征隊に志願した。そのときの遠征ではいつも通り隊の半数が死んだ。ダニィはその時のことを頑なに話そうとしない。


「いよいよなんですね、ダニィさん」


「……」


「俺たちは、ついに外を見られるんだ。この偽物の空も、たちこめる廃油のにおいもない、ずっとずっと先まで続く、広い空間へ」


「番人どもがいる」


「わかってますよ。外から来る『機獣』と同じやつらでしょ? 俺は9歳のころから駆除に参加してたんですよ。あんなの何百匹きたって問題じゃない」


「……だといいがな」



 ※※※



「ペテル」


 呼びかけられ、彼は目を覚ます。

 白い髭を長く垂らした村長が、いつものように彼の前へとひざまずいていた。


「ペテル、偉大な、強き、ペテル。駆除の日だ。外から害獣どもがやってきた。我らの代わりに奴らを追い払っておくれ」


 ペテルの両の瞳に光が宿る。

 彼が立ち上がると、彼の肩や頭に乗っていた鳥がいっせいに飛び立ち、地面に流れる影が複雑な模様をえがいた。

 怯えるように後ずさる村長を尻目に、彼は境界に向かって歩き出す。


 中にいる小さきものたちを守ること。

 外からやってくる小さきものたちを撃退すること。


 彼の思考は、そのシンプルな二点のみに集約されている。



 ※※※



 なぜ俺はまだ外を目指しているのだろう、とダニィは考える。

 昨年の遠征で、いやというほど思い知らされたはずだ。

 迷い込んでくる機獣たちとはわけの違う戦力に、自分たちは蹴散らされた。

 あの巨人の影を思い出し、体に身震いがはしる。


 遠征隊は、自分たちが見たものに関して口をつぐまねばならない。

 その掟に従って、彼は家族にも自分が見たものを話さなかった。


 いや――掟だけが理由というわけではない。

 家族たちの輝く目を、曇らせたくはなかったのだ。


 そして、おそらく自分がここに再び来た理由も、同じものであるように思われた。


『外』には素敵なものがある。

『外』は美しい。

『外』は内側よりも広大だ。


 そんな彼らの期待を真実にするため、自分たちはいま、境界に向かっているのだ。


「そろそろですか、ダニィさん」


 新入りのマークの能天気な声に、彼はうなずく。


「そろそろだ」



 ※※※



 避難サイレンのボタンを押しながら、村長は暗い目でモニターを見つめている。

 いつまで続けるのだろう。こんなくだらないことを。


「やあ、どうだい」


 スピーカーから声が聞こえてくる。それは敵対しているはずの『外』――隣村の村長からのものだった。


「いつも通りだよ。巨人のペテルを向かわせた。前回と同じく、半数が間引かれるだろう」


「少し多めに殺してくれると助かるね。今秋はどうも作物があまり採れそうにない」


「わかった」


「そちらの襲撃はいつごろになるんだい?」


「そうだな。あと二週間後にしておこう」


「わかった。連絡を待っているよ」


 通信が途切れても、彼はモニターの前から動かなかった。

 外。という言葉がその口からこぼれ出た。


 外。それはどこにあるのだろう。

 向こうの村のものたちは、こちらの村がそうだと思っている。

 こちらの村のものたちは、向こうの村がそうだと思っている。


 いずれも真実ではない。

 どちらも、内側だ。


 きっと今日こちらへ初めて来たものたちは驚くだろう。


 外。


 そんなもの、どこかにあるのだろうか?


「くだらない」


 疲れ切った声で呪詛を吐き、彼は立ち上がる。


 

 ※※※



 マークは見た。

 境界を越えた先にある、変わらぬ偽物の空を。


 ――遠くから、地響きが近づいてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る