11.ステップ(お題:嘘の踊り)

 足の運びはなめらかに。常に笑顔で。身体に触れるときも、一歩ぶんの距離は空けておく。

 男女の駆け引きはダンスに似る。目で語り合い、仕草で探り合い、打算と本心をきれいなドレスで隠し、お作法通りにステップを踏む。二人で描く美しい虚構。私はその過程が好きだ。結果ではなく。


「――俺たち、もう付き合って何年だっけ」


「さあ?」


 とぼける言葉は探りの一歩。

 もちろん私は覚えてる。相手がなんて返すか見たいだけ。


「私も覚えてない」


「……四年だよ」


「えっ? もうそんなだっけ? 早いね~」


 驚いてみせると、哲也は苦笑する。いかつい顔が、くしゃっとなってかわいらしい。そういうさりげない表情がわたしは好きだった。もちろん彼もそれをわかっている。わかっていて、私がそれが好きなのも知っていて、あえてそういう表情をしてみせる。細めた目の奥は笑っていない。


「どうする?」


「なにが?」


「……いや、そりゃ。俺もほら、もうすぐ三十五だし」


 珍しく、ちょっと強引。というか不作法。言葉尻にわずかな焦り。それとも、これも演技?


「だから、なに?」


「いや、別になにってほどのことじゃないけど」

 

 わかるだろ? と目で語る。わたしはそれを見ないふり。

 どうにも分が悪いと踏んだのか、哲也はステップを切り替える。

 ふっと息を漏らして目を逸らす。だけどきっと、横目でさりげなく表情を盗んでる。


「……いいんだ。ちょっと言ってみただけだから」


 なるほど。今度は私が返す番か。


「なによ、気になるじゃん」


 私は笑いながら首を傾げる。自然に、さりげなく。

 

「……いずれ言うよ。きちんと、ね」


 さてこれは彼の本心か。

 おそらくそうだろう。今日はいつもより不器用だ。声も緊張で震えてる。


「わかった。待ってるね」


 そう返すと、彼の顔には安堵の表情が露骨に浮かぶ。

 うーん、不作法。ちょっと詰まんないかな。


 ゴールが見えた。それはいつだってつまらない。

 私はもっともっと踊っていたいのに。


「じゃあ、行こっか」


 彼の言葉にうなずくと、伝票を彼のごつい手がさらっていく。

 飲みかけのコーヒーとカプチーノをそのまま残して、わたしたちは立ちあがる。


「ピアス、また変えたの」


「ああ、これ? そうなの、こないだ見かけて気に入っちゃって」


 言いながら軽くピアスに触れると、彼の表情が変わる。

 何か苦いものを呑み込むような。

 その表情も、わたしは好き。


「そっか」


 歩いていく背中を追いながら。

 私はいつ別れようかと考えている。 

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