9.異聞・大江戸浮世草子(お題:絵描きの殺し)
『大工殺すにゃ刃物は要らぬ 雨の三日も降ればよい』
なんて言葉をちぃっとばかし昔ァよく言ったもんだが、いまのご時分、大工どころの話じゃねえや。お天道さんにあれこれ指図して、雨の三日も降らなくなったまではいいが、かわりに日照り続きで誰も彼もがカラカラに干からびちまうって寸法で、どうにもやりきれねえご時世になったもんだ。ええ?
それもこれも、あの陰陽師とかいう奴どものせいよ。
徳川サマの世も十代は続いたってこのご自分に、平安時代からおっつけ蘇ったような公家方ふうの青びょうたんどもが、どういう手管かお上に取り入りはじめて、いろいろおかしくなりやがった。
というのも、どうもやつら、よくわからねえ妖術を使いやがるようでな。
陰陽道っていやァ、紙で人形こさえ、五字切り九字切りで呪文をとなえて、鬼や妖怪、魑魅魍魎を使役するってのが相場だが、どうやら勝手が違うらしいんだな。
奴らは妙な絵を描く。
そいつァなんていうのか、浮世絵とも春画とも水墨画とも違う、なんだか子供の落書きのような、だけどおっそろしく手の込んだ代物でよ。俺もちらりと見たが舌を巻いたね。しかもそいつぁ、御伽草子のごとくひとつらなりの物語になっているってんだから、ますます手が込んでる。しかもこれが、何百年も未来のわしらの姿だと触れ回ってるわけだな。
こいつがよゥ……認めたかないんだが、面白いんだわ。
お陰様で、みんなここらは最近、めっきりと仕事をしなくなった。
陰陽師が毎日に配るその雑誌を読み貪っては、あれこれと次の筋立てがどうなるのかを話し合ったり、出てくる登場人物の好きなところを語り合ったり(時おり刃傷沙汰になったりもするんだコレが)。最近じゃあ、続きを待ちきれない奴らが陰陽師の真似をして、自分らで勝手めいめいに先を書いては売り出す始末。三丁目のサブ、ありゃあ元々はしがない日雇い人足だったのがよ、いまじゃあご立派に店構えて、まるで学者だかのセンセイ並にえらぶってやがる。ケッ、気に食わねえ。
今度の十二月にゃあ、とうとう御前での展覧会が開かれるって話で、誰も彼もが浮足だってるよ。なんてったtって将軍様の目に留まりゃあ、莫大な金で買い取ってもらえるうえに、下手すりゃあの陰陽師どもの一員になれるかもしれねぇって言うんだからよ。誰も彼もが新刊こさえて、やっきになってるぜ。
そんなわけでな。いまこの江戸の街といやァ、猫も杓子も絵描きってわけだ。
あんたも見たところそうだな? 噂を聞いてやってきたわけか。
ま、がんばんなよ。
俺か? 俺はかかねえ。昔っから絵心だきゃなくてなあ。
だがそのおかげでこうして儲けてるんだから、悪くない話だろうが?
……陰陽師と組んでいち早くタダで同人誌を配ったのはいい判断だったぜ……ってのァ、内緒の話しだぜ、兄ちゃん。
もしあんたが自分の書いた絵を売りたいって言うんなら、うちに来な。
格安で仕立ててやるぜ、うちの印刷屋でな。
『大工殺すにゃ刃物は要らぬ 漫画の一冊があればいい』
いい書き手になること、期待してるぜ? 兄ちゃんよ。
まいどあり!
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