4.葬儀という名の反省会(お題:複雑な命日 必須要素:靴の中敷)
確かに死んでほしいと思っていたが、いざ実際に死なれると、なんていうかその、困る。
「主人のご友人ですか」
喪服姿の女性に聞かれ、「ああ、ええ、そんなところです」などとしどろもどろになってしまった。相手は私より20歳も年上だ。友人もへったくれもないだろう。仕事の部下とかいくらでも言いようはあったはずなのに、我ながら情けない。
ただ幸いにも、相手は悲しむことに(あるいは悲しむふりをすることに)忙しいようで、そんな私の不自然な態度を特にいぶかしむ様子もなかった。「それはそれは……大変お世話になりました」などと目頭をおさえつつ頭を下げてくる。私は曖昧な表情で目礼を返し、葬儀場へと歩みを進める。
思いのほか、彼には人望があったようだった。豪勢な祭壇の前に置かれた白木の棺を取り囲むように、黒だかりの人だかりができている。老若男女、バラエティに富んでいる。しばらくそれを遠巻きに観察しながら、私ははてな、と首を傾げた。色んな人がいる。若い女、老人、肉体労働者風の男、ホスト風の金髪……死んだ彼は中小企業の会計職を40年勤め上げた、自他共に認めるカタブツだ。それにしては、来場者の雰囲気がバラエティに富みすぎている。全員が喪服に身を包んでなお、それとはっきりわかるほどに。
それに……なんだか妙な雰囲気だった。
長年の勘が嗅ぎつける。
これはもしや――
「おい」
警戒していたところに、急に背後から声をかけられたものだから驚いた。
「ハハハ……そんなにビビったら自白してるようなもんだぜ、私が犯人ですってよ」
立っていたのは、ごま塩交じりの髪を短く刈り込んだ、剃刀のような目の男だった。
犯人、という言葉に心音が高鳴る。
「犯人? よくわからないな。なんのことです」
とぼけると、彼はぐっとこちらに身を寄せてきた。
「あんたが殺したんだろ?」
熱く湿った息が顔にかかる。
「なあ、正直に言えって。あいつが大勢に目をつけられてたのは知ってる」
「やめてくれ、死者の前で。不謹慎だろう」
「不謹慎ねぇ」
含み笑いをすると、男は身をひいた。「ま、いいや」値踏みするような目が私の体を舐めまわす。
「またあとでじっくり話そうや」
そう言ってくるりときびすを返した。
逃げた方がいいかもしれない。
そう思ったちょうどそのとき、音割れのするスピーカーが葬儀の始まりをアナウンスする。
棺から離れた男女たちを見る。
彼らはいずれも、暗い目をしていた。決して悲しんでいるわけではない。あきらめのような、失望に似た表情。
私は確信する。
こいつら、全員同業者――つまり、殺し屋だ。
きっと私と同じ考えでここに来たに違いない。
ターゲットを自分より先に殺された。
いや。
殺されたのではない。
事故で死んだのだ。
誰が想像する? 地面に落ちた靴の中敷きに滑って転んで頭を打って死ぬなんて。
きっと誰もが、それは何かを隠そうとする同業者の嘘だと思い――そうしてこうやって確かめに来たに違いない。
だが彼らの顔に浮かぶ表情を見る限り――
「見ても無駄だよ」
すれ違いざま、来場者の誰かがそうつぶやく。
「ありゃ、本当にただの事故だ」
肩の力が一気に抜けた。
確かに死んでほしいとは思っていた。
だがこんなタイミングで死なれると、なんていうかその、困る。
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