2.修羅!人妻道(お題:人妻の道のり)

 少子高齢化および未婚率の上昇は、男女の在り方を現代から逆行させていった。つまりジェンダー論は強化され、男は男らしく、女は女らしくという見識が広まるに至った。それは政府からの強制というよりは、老人を中心とした懐古主義の蔓延と、結婚というステータスが強化された結果、その地位を手にするための競争が激しくなったことの複合であった。


 そうして「人妻道」は生まれた。


 人妻としてあるべき貞淑さと、家事をこなす的確さ。親族とのそつのないやり取りから子供の教育までを、極めるべき「道」と定めて体系化した異形の産物は、しかし教育制度に導入されて以来、着々と人気を高めつつあった。景気が後退して久しい昨今、経済的に安定した配偶者はより希少な存在となりつつある。女性にとって、それは少ない資源を我が物にする武器のひとつであった。


 私立岬が丘高校にこの春入学した加納ともえもまた、「人妻道」を志すひとりであった。


「たのもう!」


 学校の裏手にある武道場の扉を勢いよく開いたともえは、強烈な風が全身を叩くような感覚を覚えて、思わず後ずさった。風ではない。これは殺気だ。道場から噴き出す殺気が、ともえの体を後退せしめたのだ。そう気づいたところで、足元にある影に気づいた。思わず身構える。


「あらあら、今年の新人も大したことございませんわね」


 入り口に三つ指をついていた女が、顔をあげ嫣然と笑った。


「この程度の殺意に屈するようでは、姑のいびりは到底耐えられませんわよ?」


 そういって立ち上がる彼女が身にまとっていたのは、人妻道の正装、すなわち割烹着姿であった。薄く化粧をした顔が、高校生とは思えぬほどの円熟した色香を放つ。


「人妻道部二年、香月司ですわ。入部希望の方でいらして?」


 ともえの背筋に冷たい汗が流れた。

 その何気ない所作のひとつひとつが淀みなく、美しさにあふれている。

 凄まじい練度だ。


(これが、全国選手権の常連、岬が丘人妻道部……!)


 尻込みしそうになるのを、しかしともえはこらえた。

 ここで退くわけにはいかない。

 深呼吸をし、よどみない仕草で地面へとひざまづく。そろえた指をそっと地面に沿え、静かに頭を下げた。


「この春より入学しました、加納ともえと申します。本日よりここへお世話になりたく、門をたたかせていただきました。未熟ではございますが、なにとぞご指導ご鞭撻のほどをお願いいたします」


「ふふ……いいわよ。私の殺気を受けて昏倒しなかった時点で、いちおう合格だから。ただひとつ聞いていいかしら……なぜここに入ろうと思ったの?」


 ともえは迷った。本当のことを言うべきだろうか?


「まあ、いいわ。うちは強ければなにも言わない。どんな理由があろうともね。来なさい」


 そういって奥に入っていく香月の後に続きつつ、ともえは拳を握り締める。


 ともえの家庭は、「人妻」に壊された。

 大手企業のサラリーマンだった父は、人妻に篭絡され、私と母を捨てたのだ。

 母はキャリアウーマンで、家庭を顧みる人ではなかった。


 だからこそ、私は復讐をしたいのだ。

 人妻に。

 女に。


 彼女は決意をかため歩き出す。


 岬が丘高校。


 ……ここはれっきとした「男子校」である。

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