ようこそあの世のお役所転生課へ
コマゴメ美味椎
プロローグ ようこそ転生課へ
『えー、えー、本日はお日柄も良く、お集まりの亡者の皆様には大変良い転生日和になったことと存じます』
講堂のステージにて繰り広げられている雄弁な演説は、亡者たちに何かを想起させる、何処と無く懐かしいものであった。
「なんだろう……」
「なんだ……この既視感……」
「あれだ、校長のそりゃあまあ長いお話」
「それだよそれ」
ざわざわと傍聴席からひそめく声がたちあがっているのは、まあ無理もないというか、講習会において比較的頻繁に起こることなので、お立ち台に立っている人物は特段気にした様子も見せずに話を続けている。
『えー、ですからして、皆様には素晴らしい次生について、しっかりと考えて頂きたい所存でございまして』
「課長、すごいですよね。あんなにざわざわしている状況で、顔色一つ変えずに笑顔で演説を続行させるメンタル……」
「あれだろ。前世が校長職かなんかだったんだろ。ああいう手合は、演説が最早聞いてもらう物ではない事を前提としている場合が多い」
「そんなもんですか?」
講堂に用意されたパイプ椅子に座する大勢の亡者達を眺めながら、背中に翼を背負った二人の男性職員は、半ば退屈そうに雑談を交わしていた。広すぎる講堂に物珍しさにざわめく大勢の亡者、そしてここは講堂の真後ろ。二人で雑談したところで、特段問題となるような雰囲気ではなかった。
「にしてもこれ、毎度毎度意味があるんですか? 誰も真面目に聞いてないですけども」
「馬鹿だなあ、こんなの、上の課への目眩ましみたいなもんだってよ。亡者の数が爆発してから、転生管理課の仕事も杜撰さが露出しはじめたからねえ。ま、意識改革ってやつよ」
「ですか」
「にしても職員が出席する理由はよくわからないんだにぃ」
間延びした女性の声が割り込んできた。彼女もまた、同じ職場の職員である。
「言ったろ? 意識改革って。亡者側はあくまで死んだばかりの亡者なんだからさあ、改革するもへったくれもないじゃん? 結局は職員に聞かせたい話をああして得々と語ってるに過ぎないのさあね」
「でも俺らも聞いてないですよ?」
「それ~」
「なんてたって、これもう出席35回目だからな」
「暗記レベル~」
『であります。以上で、私の話を締めとさせていただきます』
どうやら話は終わったらしい。拍手喝采。聞いていない話でも終わったとなればついつい拍手してしまうのは、日本人の性とでも言おうか。
「ん~終わった終わった。じゃああず先に帰るね~きゅーけーの時間だし」
「じゃーねー小豆ちゃん」
「ちゃんと休憩終了には帰ってきてね小豆ちゃん」
「あーい」
無事に亡者転生講習会を聞き届けた職員の『
「気楽な奴だねえ小豆ちゃんは。こっちまでふわふわしてきそうだよ」
「先輩、既にしてますから。大丈夫ですよ」
「そうそうヨッシー、俺今日講堂のお片付け当番だからさ、お前も先戻ってていいよ」
「了解です。お昼あります? 弁当買っときましょうか?」
「んじゃあ、ブルーベリージャムパン」
「好きですね」
「果物は素晴らしいよ、素晴らしいんだよヨッシー。特にジャムは素晴らしい。とろとろに煮詰めるだけで接種できる量が増えるわけよ」
「あれは砂糖でかさ増ししてるじゃないですな」
同じ部署の先輩でジャム狂いの『
ここはあの世の役所。現世で死んだ諸々の生物達は、無事にあの世裁判で転生の決定、もしくは天国への居住権を獲得した後にここにお世話になる事になっている。
亡者だけではない。天国地獄、はたまた現世の古今東西様々な種族、主に妖怪達の管理統率も、ここで行われている。
田中義経が勤務しているのは、そのなかでも転生のみを主軸に扱う転生のプロフェッショナル集団、転生課である。
神様から賜る意見書には、現在この世で余っている、つまりは転生の余地がある生物の名前が列挙してある。転生課は転生の決まった亡者に、その中から裁判結果を重視しつつオススメのプランを提示し、無事に亡者の転生を見守るのを職務としている。
彼らは主に、『転生プランナー』と呼ばれていた。
「転生プランナーって。結婚コンサルタントじゃないんだから。式場決定じゃないんだからさあ」
「あらあら義経君。今日はお弁当自前じゃないの」
「おばさんこんにちは。今日寝坊しちゃいまして、えへへ」
「あ、また朝ごはん抜いてきたんでしょ。駄目だよ食べなきゃ」
「すみません、ありがとうございます」
これは、そんな彼らの役所仕事に密着した、愉快なドキュメンタリーである。
ようこそあの世のお役所転生課へ コマゴメ美味椎 @komagome_oishii
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