&19 軒下での昔話

 多くの声が市場全体に溢れる。

 ある者は気になる店の前で止まり、ある者は知り合いと話し、そしてある者は食事をしていた。ある店からただよってくるにおいは、お昼時の腹には効果的である。


「こ、ここが、ライヴェ通りの市場です。国内で一番大きい、んですよ。品物も―――」


 他の人にぶつからないように進んでいる中で、屋台から何かを焼いているにおいがリーネの鼻をすき通る。話している途中でも、顔がそっちに行ってしまう。


「食べる予定の店は、もうちょっとで着くの?」

「はい。もう、看板は見えています。だからこそ、今我慢している状態です」 


 もう笑うしかない。これは、早くしないと話もできない状態である。

 歩みを止めることなく、一直線にそのお店まで進んでいった。そして、最後に大きめの馬車が過ぎることでいざ道を渡ろうと、店の入り口に視線を向ける。

 すると、そこには子供を2人連れた家族が待っていたらしく、店員に呼ばれて入っていくところだった。

 まさかと全員が思う。しかし、行ってみなければわからないことなので、リーネの代わりにたくみが走って店の中に入る。

 後の全員は歩いて向かい、到着してからはドアを開けて中の様子を見る。


「大変申し訳ありません。こちらにお名前を書いて、お待ちください」


 店員さんは、気持ちがいいほどの笑顔で残酷ざんこくな宣言をしてくれていた。


「う、そ、でしょ……」


 リーネはひざから地面に落ちていった。やはり、さっきの家族でちょうどだったのだ。

 スマホの時間は12時55分。王女はベンチ行となった瞬間だった。


「お、お店を変える? それだったら、空いてるかもしれないし」

「……普段だったらそうしますが、今日は……今日はここでと思っていたので」


 そんな時、先頭が一向に進まないことを不思議に思ったケティ―が分け入ってくる。そして、目の前で崩れ去った少女を見かける。


「はぁ。巧君、すまないが名前を書いておいてもらえるかい?」

「わ……わかりました」

「リルたちはこの子をベンチまで頼む。このままだと、どうしようもない」


 ケティ―が段取り良く周りに指示を始めていく。言われた通り、巧は自分の名前をそのまま書き、ウミーリルたちは手慣れた感じで彼女の背中にリーネを乗せて移動する。

 自分と巧を除いて、全員がテキパキとしていることに違和感しか感じない。


「こンなこと、よくあるンですか?」

「あるも何も、あの子の性格はこれって決めたら最後までやり遂げたいっていう感じなんだよ。先王陛下もそのような気質の方だったから、しょうがないんだけどね」

「凄いような、大変なような……」

「良いことであるのは確かなんだけどね。でも、たまにああやって固執こしつし過ぎたり、大きな失敗もしたりする。君たちみたいに」


 ケティ―の言葉に、一瞬はてなマークが浮かんで、首を傾げる。そんなことはあったっけ。


「ほれ、現在も君たち2人は帰れない状態じゃないか。あの子がやり過ぎてしまったいい結果だ」

「いい結果って。楽しいことじゃないですよ!」


 ニヤニヤと話すケティ―にどのような反応が良いのか迷うも、反論だけはしておく。

 話をしている間に名前などを書いていた巧は、お店の人に何かを説明していたようで、それが終わって合流した。話によると、やはり自分の名前を漢字で書いていたことから読み方を教えていたそうだ。

 この店のベンチは外の軒下に準備されていて、人気店である証拠に10人が余裕を持って座れるほどあった。そして、入り口に近いところに深刻な顔の少女が座る。


「……いいにおいが。これは……リパリエ特製とくせい、コテコテ鍋ですね」


 においを嗅ぐだけで商品名を言ってしまう部分が、常連感をより確かにさせる証拠である。

 そんな彼女を見てか、巧がフォローするように口を開く。


「今日の町見学がお忍びじゃなければ、王様っていうのですんなり入れたかもしれないな」

「……いえ、それだけは―――」


 彼がそう言うと、今まで顔を下げていたリーネは上げて少し笑いながら首を横に振った。


「今までの態度は大袈裟おおげさにやっているだけですよ。すごくお腹が空いているのは本当ですが―――」


 口の片端が少し引きつっている。これは、言葉の掛け方によっては地雷に変化してしまうだろう。

 近衛のウミーリル達といえば、周囲を注意していますと言うかのように、立って周囲を見渡している。完全に丸投げされたと言っていいだろうか。

 あなた方の王女様でしょうが。

 しかし、言葉にする訳にもいかなく、心の中と視線だけにしておくことにした。


「ご心配、ありがとうございます。しかし、大丈夫ですので」


 彼女がそう言うと、城を出発する時のような笑顔をする。

 それを見て、先ほど巧の呼びかけへの反応がなんとなくだが気になり始めた。彼女は最後まで言うことなく、言い淀んでいたが。

 僕はそっと彼女の左側に座る。それを追従ついじゅうするように、リーネが顔を向けてくる。

 ちょうど今、時間はあるわけで。彼女と落ち着いて話をすることにする。


「……タクがさっき言ったこと。何か引っかかることがあったかな? 僕としても、リーネが王女ダってお店に言えば、直ぐに席を準備してもらえると思うけど」

「おいおい、突然どうしたハル」

「いや、聞いてみたくてね。王様っていう身分についてなンかなって」

「……お前、いつもの悪いが出てるぞ」


 悪い根の趣味とは失礼だな。そんなものを持ち合わせてはいないと自分は思うので、あえてリーネからの返答だけに集中することにする。

 そんな回答を求めた相手は、これまでに見たことのなかった真剣な顔でジッと見られた。それは、数十秒続く。普通なら、この状況で何かしら話し掛けるところであるが、今回は待つ。

 しかし、彼女はその姿勢を崩そうとしない。

 そうしていると、一部始終を店の扉反対側から観ていたケティ―が近づいてきて、口を開く。


「私も聞きたいな。君が王女になった式典時に聞いた宣言は理解しているが、今の君が思うところを聞いてみたい」


 彼女にそう言われ、リーネは少しムスッとした顔をする。


「意地悪ですね。どちらの味方なんですか。……まぁ、今の言葉からしてハル達だと理解してますが」


 ケティ―に文句を言うと、リーネは改めてこちらを見てくる。

 そうしてもう一回、ジッとみられる。心の中を見られているかのようだ。

 こちらも彼女の目をしっかり見ていると、彼女はいきなりため息をした。


「判りました。話します、話しますよ」


 頬っぺたを少し赤くして恥ずかしがり、横を向くリーネ。

 これを待っていたのか、ケティ―が口を開く。


「さて始まった、フィオリーネ王女の『王とは何か』演説! 滅多に聞くことができないよ」

「ほらやっぱり! いつもこうなんですから!!!」

「まぁ、良いじゃないか。彼らが気になっているそうだし。……それに、私も本当に聞いてみたかったことなんだよ?」


 「わかりました。わかりました」と右手をケティ―に振る。

 あくまで、今までの会話は僕たちだけの間で聞けるような声で話しているのであって、周りには気づかれないようにしている。

 彼女は空を向いて、足を前後にユラユラし始める。そして、口を開く。


「私の年齢、ハルは覚えていますか?」

「うん。僕たちの一個下の17歳だよね」

「そうです。17歳の今、こうやって国を治める役をしているんですが、昔からではありません」


 リーネは一回呼吸を整える。


「私が王女になったのは、つい1年ほど前のことです」


 彼女は今までのことを思い出して、物語のように話を始めるのだった。

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