&3 登頂直前とつなぎ少女

 鳥居とりいをいくつかくぐり、山頂にある神社まで残すところ目の前にある数十段の階段だけとなっていた。登っていこうとする先、いかにもゴールだというオーラが漂ってくるのをたくみは感じていた。


「はぁ、はぁ……。や、やっと俺たちは来たのか」

「やっとというか。まぁ、1時間半くらいの登山ダったけど」


 巧の先ほどの言葉にハルートは、なんとなくの想像をしてしまう。

 それはRPGであって、主人公は町3つほど冒険をしてラスボス戦に挑もうとしている。危なくも勝利を修め、家に帰っていく―――。

 完全にクソゲー判定なところである。たぶん、主人公とはある農村の民であって、悪役とはそこを統治している領主。主人公は、不当な年貢ねんぐ上げに反発しようとした村の代表で出向いたに違いない。そして、交渉の結果(内容は特に考えない)勝ち取って帰ってきたのだろう。


「おい、ハル。どうしたんだよ、そんなあわれんでいるような顔は」

「タクがさっき言ったことに合いそうな背景を考えていたンダよ。随分ずいぶんバカらしいものになるけど」

「良くはならないのかよ。でも、最後はハッピーエンドなんだろ?」

「それには間違えない」

「そんならいいんじゃね。それよりも、さっさと登り切っちゃおうぜ。飲み物がそろそろ限界だし、椅子に早く座りたいしさ」


 巧はこちらも限界が近づいている足を、一歩一歩と目の前の階段に上げていく。その歩みは既に手すりがないと危なっかしいものではあったが。ハルートは巧の後を追いかけるように登って行った。

 そしていよいよ、山頂に来たのであった。登った先はその神社の本殿ほんでんがあり、お参りできるようになっている。普通なら参拝さんぱいをして達成感を味わうところだと思われるが、巧にとっては足の限界がそれを拒んだ。近くにあったベンチを目が捕捉し、迷うことなくドサッと座る。


「そうだよ! こんな瞬間を待っていたんだよ。すべてをやり切った後の休憩きゅうけいというのは、ご褒美ほうび甘味かんみを食べたときみたいに感動するよ~!!」


 だらしなくベンチに座って、いかにもこれは俺の場所だと態度で言っているように見える。


「ほら、ジャマになるよ。それに、誰が座っていいって言った?」

「はぁ?」


 なにそれと言わんばかりに、なまける巧。しかし、ハルートが無言のまま彼を見続けると、焦りへと変わっていく。そして、考えられることすべてをリストアップするかのように巡らせていく。


 (え、参拝しろっていうことか? いや、そこまで細かく言うやつではないし。じゃあ、柔軟じゅうなん体操をしろっていうことか? 運動後に何もせず、すぐに休むと筋肉にとって悪い状態って前にハルが言っていたしな)


 彼は、横に立ってずっとこちらに半笑なかわらい顔を送ってくる友人を見る。先ほど考えいたことは、今回は違うだろう。

 では、彼が望んでいることは何なのか?

 巧が再思考に入ろうとネタを探していると、先程、ハルートが言った言葉を思い出した。


《誰が座っていいって言った?》


 言った本人は、荷物を置くことはせず、さらに座ることもしない。

 まさか―――。

 巧は嘘だよねというような顔をして尋ねた。


「ここって、ゴールだよな?」

「やっと気づいたか。うん―――」


 ハルートから〈うん〉と聞こえた時点で、巧は良かったと緊張を解いたのだった。しかし。


「この先、もうちょっと行ったところがゴール。木でできた休憩スペースで、景色も良いンダよ!」


 終わった。すべてが暑さの中に消えていくんだ。

 たくみの頭の中が白く塗り替えられていく。幸せを表すものは消え去っていくのだった。


「もう限界だ! ほら見てよ。足がピクんピクんてお助け信号を上げてる。ここで休憩してもいいんじゃないか?」

「まぁ、ここでもいいと言えばそうダけど……結局はこの先の駐車場を目指すンダよ。さっき言ったところは途中にあって、それ以外にトイレと自販機がある。たしか、ペットボトルが空になりそうって言っていたのは誰ダったっけ?」

「くっ!!! そんなうまい話が―――」

「あるンダよな~。ですよね?」


 ハルートはベンチがある空間の横にあったお守りなどを売っているところの人に尋ねる。巧からもその人を見ることができ、そして、彼がうなづく瞬間を見てしまう。


「じゃあ、行きますか」

「くそー! こうなったらヤケだ。行ってやろうじゃないか!」


 ここが巧のいいところだ。勢いよく立った彼は、隣に投げ捨てていたザックを肩に掛け、準備を終える。


「よし、行くか」

「行こうか~」


 2人はまず、自販機を目指してそこを出発しようとした。ハルートが巧から行き先に向き直り、歩き出そうとする。顔を上げた瞬間、彼はしまったと思った。


「っ!!!」


 目の前には人が立っており、先程到着した人らしい少女だった。

 歩き出そうとしていた彼は少女とぶつかってしまい、その勢いで彼女が倒れてしまう。


「ダ、大丈夫ですか?」


 ハルートは直ぐに彼女へ申し訳というように手を伸ばす。そんな時、彼は彼女の服装に目がついた。


(あれ? どうしてつなぎ?)


 彼女の服装に違和感いわかんを持ち始めたハルートは、ジッと全体を見つめてしまう。それに気づいたのか、少女は体を守るように丸めて、恥ずかしいとのように姿勢をとる。そして、「なに見てるのよ!」と言うかのような顔を向けてくる。

 そんな彼女の一部始終にハルートが気づくとともに、後ろにいたたくみが彼の頭を勢いよく叩いた。


「ばーか! レディーをガン見するとかありえないだろ。恥ずかしがっているじゃないか」

「いや、彼女の服装が―――」

「そんなこと関係あるか。どういう理由だとしても、自分の恋人以外の女性を見続けるのはマナー的にヤバいだろ」


 巧が久しぶりにまともなことを言った。先程までの行動がうそのようである。

 ハルートは彼の注意に感嘆かんたんしつつも、確かにそうだと反省をする。そして、もう一度少女に向き直り、手を伸ばす。


「さっきはすまなかった。そのままダとあれだから……立てるかな?」


 少女は依然いぜん警戒心けいかいしんを解こうとしなかったが、ハルートと巧が笑顔を向けると、ゆっくりだが手を伸ばしてハルートの手を取る。そして、彼女にあまり負荷ふかがかからないよう、立ち上がるのを手助けする。


「僕は倉橋くらはしハルートっていうンダ」

「俺は野々米ののまいたくみだ。先程は俺の相棒あいぼうがすまなかった」


 2人は短くだが自己紹介をする。それは、少女の警戒心は依然とあるため、まずは自己紹介から始めようというところだ。そんな考えの彼らに、受け入れたわけではないが、彼女は首をかしげてしまう。

 その反応を返された2人は彼女を背にして内緒話ないしょばなしを始める。


〔おい、また変なことをしたんじゃないのか? ちなみに俺は何もしていない〕

〔僕もダよ。単純たんじゅんに自己紹介していたのは、君も聞いていただろ?〕


 そんな話をしていると、次第になすり付け合いが始まる。しかし、かたわから彼らの様子をうかがっていると、いかにもじゃれ合っていくようにしか見えなかった。

 完全に範囲から外された少女は、どうしたものかと声を出そうとしていた。


「@*"#」


 彼女の声は彼らの言い合いの前には響くことがない。

 今度こそ無視された彼女は、先程の何倍かの声でもう一度言う。


「@*"#▽$β#▽&\☆!!!」


 彼らは振り向いた。

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