第7話

「結局3人前も食いやがって・・・」

「ナポリタンがおいしいのがいけないのです」

「さいですか」

 結局学の分まで食べたシャロは相変わらずの無表情なのだが、満足そうな雰囲気を出している。

 ちなみに学はサンドウィッチ(もちろん自作)で我慢した。それを食いしん坊メイドが見ていたが、あえてスルーしたのは正解だろう。

「サンドウィッチも食べたかったです」

「まだ食べたいのかよ。そんなに食べたら」

「朝練、倍」

「・・・おーけー分かった。それ以上言わないからそれだけは勘弁してくれ」

「さすが学様、物分かりがよくて助かります」

「知ってるか、それ場合によっては脅迫だからな」

 学は思い出す。同じようなことを言った次の日を。1時間に2回気絶することってあるんですね、とシャロに言われたのを忘れてはいけない。

 乙女心はデリケートなのだ。

「次はゲンさんのところでしたっけ」

「ん、ああ。そうだよ」

「あのゲンさんがよくオッケー出しましたね」

「ん?いいひとじゃん、ゲンさん」

「初日にゲンさんの話題についていける人は普通いないです」

「そうか?」

 学は不思議そうにそう言うが、シャロとしては呆れているということが伝わるような声を出している。

 そんなやり取りをしている間に一軒の店にたどり着いた。

「ゲンさん」

「・・・おう、きたか、学坊。それにメイドの嬢ちゃんも」

 その店の中には鍋やおたま、包丁など様々な道具が置かれている。

 要するに道具屋である。

 やはりというかなんというか、料理も好きにはなってきたが、物も作りたいと思った学はハンスに相談するとここを紹介してもらった。

 この店は『道具屋』。まんまなのだ。

 その奥にはハンスとは違う雰囲気だが、堅気のおっさん、いかにも職人という風貌をしている男がいた。

「悪い、遅くなって」

「そんなに遅くなってねえから気にするな。まあ、その分の仕事はきっちり時間までにやってもらうがな」

 そう淡々とつげるこの男は散々学とシャロが名前を言っていたゲン。

 ゆえにただの『道具屋』なのだが、常連からは、『ゲンさんの道具屋』と言われている。

「了解。何からやる」

「鍋の修理だ。とりあえず20」

「・・・多くないか?」

 こりゃ、急いでやらないと間に合わないかもと思う学。

「私は店番してますね」

 シャロはレジの前の椅子に座った。

 これが学がここに来てからの店の風景だった。

 この店でこのように学たちが働くことになったきっかけはハンスだった。


 それはハンスの店で働いて一週間がたった頃だった。

 パキン。

「おっと」

 綺麗な音をたてたのは厨房にある学がよく使っている中華鍋だった。

「あーこりゃひび入ってんな」

「うあ、すみません」

「いいんだよ。結構年季の入った鍋だったんだよ」

「そうよ。客が入ってなかったから使う頻度が少なかっただけでちゃんとうちの店が繁盛していればもっと早く割れていたはずだもの」

「おい!」

「あら、本当のことじゃない」

「く・・・」

 申し訳なさそうにしている学を見たハンスとケイナはあっけらかんと笑いながら話していた。

 しかし、学はやはり気にしているのか、

「いや、本当に申し訳ないです。気を付けてなかった自分のミスですし。新しいの買ってきます」

 とハンス達に言っていた。

 そして、新しい鍋を買いにいった学たちが紹介されたのが、この『ゲンさんの道具屋』だった。

「すみません、風見鶏の宿の者です。鍋の修理と新しい鍋を買いに来たんですが・・・」

「シャロと・・・なんだ、新入りか?」

「はい、一週間前にハンスさんのところで働いている学です」

「ああ。鍋の修理ならそこで待ってろ。5分でやってやる」

 鍋を受け取ったゲンは鍋の具合を見てそう言った。

 そして、鍋を奥にもっていくゲン。そして、じゅうと熱する音が聞こえてくる。

 そのあとリズムカルな槌の音が聞こえてきた。

 そわそわ。そろー。そわそわ。

「学様」

「な、なんだよ」

「そんなに気になるなら見に行けばよろしいのではないかと」

 いつもと同じ表情にもかかわらず、呆れたように聞こえるシャロの声。

 その原因は学が奥の工房の音が気になってしょうがないのかそわそわしっぱなしなせいだ。

 見に行くことを勧められた学だったが踏ん切りがつかず、

「い、いや、仕事の邪魔になるだろ?」

 そわそわしながらも遠慮するように言う学。

「なりませんよ。ゲンさんいいですよね?」

「ああ。面白くはねえだろうが」

「まじか!見てくる!!」

 それを聞いた学は工房の方に嬉しそうにかけていった。


「・・・まさか、そのあと何時間もいてゲンさんに気に入られると思いませんでしたよ」

 そのことを思い出したのかシャロは少し学の方をみて言う。

 少しいつもよりジト目のように見えるのは、あの後夜遅くまで話が盛り上がり、自分がほっとかれたことを根に持っているからではないはずだ。

 そんな一件もあってこの世界での道具作りにもついに学は取り組むことができるようになっていた。

 仕事ではなく本人たっての希望で手伝いたいと言っていたこともあり、最初は手伝いということになっていたのだが、

「スキルも使わずにそのスピードで仕事されたら、金をやらんわけにもいかん」

 と1日3時間程度仕事にきているのだ。

 そのおかげなのか、道具屋に来る人が増えたらしい。

 4割ほどはシャロが店番をしているかららしいが。

 そんなことを思い出していながらも鍋の修理をする学。

 ノルマの鍋の修理はほぼほぼ終わっている。

「ゲンさん、他に直したり作ったりしないといけないものあるか」

「大丈夫だ。それ終わったら休憩しておけ」

「え?いいのか」

「・・・3時間で終わるギリギリのノルマ終わったやつに休憩与えんわけにはいかん」

「ならそうさせてもらう。作業みせてもらっていいですか」

「学様、私の代わりに店番」

「しない」

「・・・勝手にしろ」

 そして、静かに槌が響き、道具屋の時間は過ぎる。

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