「うつつ」

あの戦闘の時。

リーダーの動きを薬で封じてすぐ、衛生長はやはり縄を使って屋上から三階の廊下まで降りた。

その時、出発する時は香水の匂いが微かにしていたリーダーからは既に血と硝煙の匂いしかしていなかった事を悲しいと感じていたが今はそんな感傷に浸っている場合ではない。小さく息を吐く。

身を乗り出して外を覗くと、中庭でかまいたちの二人がヌエと戦っているのが見えた。不意に目が合ったカラスとアイコンタクトで自分の動きを即座に決める。

リーダーでさえ勝てず、精鋭であるかまいたち二人がかりですら手こずる相手だ。衛生長は戦闘能力の低い自分如きに簡単になんとかなるとは思っていなかった。でも今自分の手の中には手榴弾がある。カラスにジェスチャーで外していたガスマスクをするように指示する。カラスは頷いた。かまいたちの長もすぐにカラスを見て察したのか同じ動きをした。

その真上から衛生長は手榴弾を投げ込んだ。

催眠ガス。

その爆発を上から確認すると、衛生長は急いで下に降りた。その間にかまいたちの二人がヌエを縄で縛りあげていた。

近づくとまだ意識はわずかにあるようだ。そしてヌエは衛生長の顔を見上げて小さく弱々しい舌打ちをした。無性に腹が立つ。そのまま顔を蹴り上げそうになったがカラスの手に制される。

ヌエはか細い声で途切れ途切れに言った。


「我々は先ず陰の軍隊であるお前らに勝たないと行動することが難しいと考えた、だから先ずお前らに宣戦布告をしたかった、私が少し派手に動けば必ずお前らが招集されると見込んだ。……私は戦闘が好きなんだ」


「そしてその上であいつをこちら側に引き入れたかった、改めて自分のそばに置きたかった」


「この赤い紐は血管だ。血は肉体であり愛である」


「我々は今、ある神を信仰している。それを人に知らせるために行動する」


そこでヌエは意識を失った。

衛生長は空を見上げた。空を切り裂く古びた建物と無数の紐、その隙間に一番星が見えた。ヌエには二度と外の空気を吸わせたくないと思った。

かまいたちがいなければこのヌエにこそ薬を打って殺してしまいたかった。しかし生け捕りが基本だ。

運が良ければヌエはまた外に出て来る可能性がある。その時、自分がなんとかして監視し、本当に息の根を止めてやりたいと思った。

自分は縛られるよりは自由に世界を裁きたい。

この時、衛生長は外の世界に出る事を決めた。

外から自分の世界を守りたいのだと思った。

それが自分の愛である。

ヌエはヌエで麻酔を持っていた。恐らくリーダーを生け捕りにしようとしたのだろう。だが戦闘中に邪魔が入ったので未遂に終わった、という事だろう。

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